83.第二十章 白月城決戦・聖都外の決戦
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シャラーム軍総大将アミール将軍にとって最大の誤算は、リシャール第二王子の聖都突入が余りに早過ぎた事だ。
聖戦軍が聖都入りする前に背後を強襲すれば、敵は城内に全力で雪崩れ込む事が出来ない。それは聖都に立て籠もる帝国軍への十分な援護となっただろう。
であれば頃合いを見て撤退しても、何一つ文句を言われれる筋合いはない。
まさか聖都という鉄壁の守りを前に、一日で陥落するという事態は有り得まい。
全軍を集めて背後に陣取るだけで、敵軍への圧力となる。敵が自分達へ軍を分けるのであれば、距離を取って引き込んでから討ち取ればいい。
増援として参戦したシャラーム軍にとって、勝利とて必須条件では無いのだ。
だが間に合わなかった。
殆ど全軍が聖都に突入する状況では、下手に背後を突けば自分達も聖都に突入しなければ止まれない恐れがある。
そうなれば最悪帝国軍との同士討ちだ。
そうでなくとも市街戦は消耗戦に成り得る。それでは事実上の敗北だ。
シャラーム軍の勝利条件は聖王国軍を可能な限り弱体化させた上で、より多くの同胞を自国へ生還させる事だ。
それもあくまで、帝国に納得される形で。
アミール将軍は騎手を巡らせ、背後からの追撃部隊を迎え撃つため軍を整える。
副将には無理をせず程々で明日に備える様に言ってあるが、この短時間で壊滅という事態は無いだろう。
自分達に追い縋れたという事は、第三王子軍は隊を二つに分けたと見て間違いはあるまい。読みを致命的に外した訳では無い。
元々間に合わない可能性があったから隊を二つに分けたのだ。
彼らも二手に分かれたというのなら、数の利は分散されたと見てよい。
この追撃部隊を相手に戦いを挑めば、流石に聖都に突入しなくても手を抜いた等とは非難出来まい。
背後を突かれる危険を無視するなど、只の愚将の行いだ。
だが。
「……ほう。第三王子自ら追撃とは、中々に気合を入れている。」
好ましくない展開だ。敵は副将達の攻撃に対し、余裕を以って対応している恐れすらある。もしくは聖都への奇襲は、囮の罠であった可能性も出て来た。
そうだとしたら、第二王子殿がこれほど早く聖都に突入出来たのも納得だ。
(であれば。連中にとっては我々に背後を突かせぬ事こそ、一番の戦略価値を見出しているのかも知れぬ。)
正面対決や消耗戦を挑まれて困るのは、シャラーム軍の方だ。
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シャラームの副将部隊は、必然的に湖に対し広く軍を広げざるを得なかった。
理由は単純に、後方の部隊が戦力外と化すからだ。
参戦兵士が少なければ、数の利が敵に傾く。
物量で潰されないためには敵を分散させて、多くの味方を敵と交戦させる必要がある。場所ごとの兵は薄くなるが選択の余地は無い。
端に兵を集中させれば自然と敵も、味方を守るために兵を動かす。
徐々に両端を広げる心算だった副将の目論見はしかし。
パトリック王子が湖の戦いをカトブレス公に任せ、主力を率いてアミール将軍の追撃を目指した事で頓挫する。
一見して陸地でのみの戦いはシャラームにとって優位だった筈だ。
だが今は兵を湖沿いに広げ、分散してしまっている。
兵を集めるには一手遅れる上に、王子への追撃を仕掛ければ背後をカトブレス公の部隊に晒す事になる。
だがパトリック王子が本当にアミール将軍の追撃のために軍を動かしたか、この段階で確信は持てない。
副将達の背後に回り込まれたら湖を背にして一方的に蹂躙される。かといって隊を更に分けられるか。否だ、総戦力は明らかに負けている。
副将達に取れる選択は、湖から離れながら王子を緩やかに追撃するくらいだ。
必然、容易くパトリック王子達に振り切られる。
副将達の選択肢は、カトブレス公の部隊と陸で睨み合うか。
或いは再び湖に攻撃を仕掛けるかの二択に絞られる。
だが帝国の目を考えれば、事実上の一択。
副将達は、苦渋の消耗戦を選ばざるを得ない。
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シャラーム軍が早々に兵を二つに分けた時は既に伝令を走らせた後であり、内心かなり慌てたが。反面パトリックから見てシャラーム軍は、決戦を挑みに来たとは到底信じられなかった。
何せ現状、籠城しているのは帝国側なのだ。戦局でどちらが劣勢かは明らか。
帝国に弱みを握られていたとしても、今迄積極的に介入して来なかったのは戦力的な限界があるからだ。少なくともシャラーム単独で聖王国に勝機は無い。
(これ程の数を捻出した以上、自国の戦力にはさぞ不安が残るだろうな。)
聖戦軍の戦力を知らず集めた数ではない。であれば嫌々、帝国に脅されての参陣とみるべきだ。
戦意が思ったより高いのは、対価が大きいのだろうか。
(ビンゴだ。敵は兄上への追撃より俺達との防戦を選んだ。
つまり向こうの狙いは戦果より実利だ。)
聖王国と帝国との泥沼の消耗戦。そんなところか。
聖王国にとってシャラームに対する政策は非介入、無関心が正しい。
支援を度々求められてはいたが、労大きくて益が少ない。別段他国より優遇する理由も無い。
だが周辺国への侵略は咎められる彼の国にとって、眼の上のたんこぶであった事は察せられる。
流石に聖王国とて、隣接国同士の本格衝突まで無関心ではいられない。
聖王国にとって中央の安定と自国に協力的な国を害する国を、邪魔に感じるのは当然だろう。向こうも理解した上で、反旗を翻したのか。
あるいは帝国が野心を囁いたのか。
広い平原に布陣すれば、平地での戦いを最も得意とするのは聖戦軍。
一方で全軍が陸兵最速の乗騎で揃えたのはシャラーム軍。
一点集中すれば翻弄されかねない聖戦軍に対し、正面対決を挑めば蹂躙されかねないのがシャラーム軍。
けれど援護したい味方を抱えているのは双方同じ。
睨み合いは長く続かない。
「前進だ!左右からの包囲陣を敷く!」
「機動戦だ!聖都の方角に敵を押し込む!」
パトリック軍一万は二手、南側と中央を担当して進軍。聖都北側に遅れる形で旧義勇軍五千が進軍する。
揃って西へと軍を動かすが、南程早く、徐々に距離が開く。
アミール将軍率いるシャラーム軍はあくまで五千、一軍に拘る。
聖都前に陣取って緩やかに東へ前進。慎重に引き付けて、両者の距離が狭まってから加速しつつ転進。
中央から南軍を目指して一斉に走らせる。
但し狙うは南軍の更に南、その側面と背後。
「南軍加速!敵を聖都に戻らせるな!そのまま突破しろ!」
「く、振り切られると見て後続だけでも潰す心算か。
構うな!後続は南に走り、敵との距離を稼げ!接敵に拘る必要は無い!」
南軍の前進によってアミール軍は弧を描く様に伸びて層が薄くなり、引き換えに南軍側面が眼前に迫る。
だが一方で遠目に距離が縮まらない、中央パトリック軍の動きが将軍の視界に疑問を投げかける。だが悩めば側面を突く好機を逃す。
「っいや、全軍加速だ!北東を目指し、パトリック軍の北側面を突く!」
「アミール様?それでは後続が……。」
部下達とて歴戦の戦士だ、疑問を投げかけながらも前方の異常に気付く。
南軍の前進に合わせパトリック軍は西への真南、将軍達の正面を封鎖。
南軍の背後を通過して、アミール軍よりも南に軍を進めていた。
「敵から距離を詰めてくれたぞ!南軍は敵の背後を封鎖!
我々は敵の逃走経路を塞ぐ!」
パトリックの指揮に、聖戦軍が勢い付く。先程よりも両者の距離は近い。
今からアミール軍が南に抜けようとすれば、西に抜けた南軍と南を塞ぎにかかるパトリック軍に挟まれる。
一撃離脱でパトリック軍と衝突しつつ、東を目指す以外に活路は無い。
では旧義勇軍は。
最も遅れて東を目指した最後尾の部隊は、今。
当然、アミール軍の進路を塞ぐ東前面。幅広く展開した横陣だ。
「魔法隊!最大火力で叩き込め!逸って敵の動きに惑わされるなよ!」
最前列のナイト部隊が【バスター】で初撃を相殺し、後方から魔法が放たれる。
イストリア東央王が総指揮を取る旧義勇軍は、聖王国軍や大公軍と違ってアレス王子の奇策や不測の事態に慣れた分、手柄よりも命令の厳守を重視する。
手柄に逸れば数の優位を容易く失う事態を幾度も見聞きしたし、一見して不明瞭な指示も指揮官視点では明確な意味を持っている事も知っている。
足を止めて迎え撃てと言われれば、敵の挑発も無視して戦線を維持出来る。
「くそ、せめて此方を包囲する様に動けば振り切る事も出来るものを!」
乗騎は容易に転進が出来ない。加速と後続の数が多いほど高い練度が必要になるのだが、それは兵に限らず乗騎である走り鶏をも含まれる。
はっきり言えば騎兵は乗騎と深い信頼関係がある方が無茶や強引な指示に従ってくれるものだ。忠誠心は、人だけの話ではない。
例え訓練されていようが、昨日今日乗り合わせた程度では訓練通りの動き以外は殆ど出来ないと言って良い。
どんな馬でも乗りこなすのは、精鋭ではなく天才の所行だ。
故に両者の距離に余裕があるほど、相手の進路を抑え易い。
一対一で退路を断つより三対一で塞ぐ方が、手柄が分散する分優位を保てる。
手柄に逸らない軍隊は、敵にとってはより手強い。
だが。アミール将軍は決して凡将では無かった。
「南だ!敵正面部隊の南側を、強行突破で捻じ伏せる!」
「お、お待ち下さいアミール将軍!
南はパトリック軍に挟まれる恐れがあります!ここは一軍のみを突破すれば済む北側へ突撃を仕掛けるべきかと!」
慌てた側近が進言するが、アミール将軍は首を横に振る。
「さすれば聖都の壁か、湖が我々の進路を塞ごう!
見よ、前方の敵騎兵が南に厚く集っている。あれは我々が北に突撃した時、敵の背後から北へ回り込むための部隊だ!
逆に奴らを削れば、我々の後を追える部隊は激減する!」
おぉ、と納得の声が周囲の士気を取り戻す。わざわざ必要のない戦術論を周囲に聞かせたのも、部下達に安心感を与えるためだ。
強行突破する以上、兵達のやる気は攻撃力を左右する。
「突撃だ!敵の罠を食い破れ!」
「「「ぅおおおおおっ!!!!!!」」」
高らかに喊声を上げて、アミール将軍が先陣を切る。
「敵騎兵隊の、側面を突け!」
「「「ぅうおおおおおッッッ!!!!!!」」」
「なっ!」
アミール将軍率いるシャラーム騎兵隊の側面に、聖王国の旗を掲げた魔狼騎士団が突撃を仕掛ける。
彼らが現れたのは、パトリック軍の背後。いや、本隊。
パトリック第三聖王子率いる近衛騎士団だった。
先陣同士の衝突ならともかく、大将旗周辺での乱戦が始まれば部隊の進軍どころではない。そこら中で斬り合いが始まり、騎兵達の足が止まる。
「ぐっ!この状況で、近衛部隊を投入するだと……。」
この状況に陥った以上、勝利の芽はない。どう転んでも敗走か痛み分け。
そして痛み分けに持ち込むためにはと、飛来する矢を弾いて睨み返す。
「久しぶりにお目にかかる、アミール将軍。
折角の再会だ、その首置いていって貰おうか。」
「パトリック王子殿下……。相変わらずの戦術眼でなによりです。
ですがその突貫癖は何とかした方がいい。我々にとっての勝算は、まさにあなたの首一つだというのに。」
アミール将軍の言葉に、はははと笑って〔神憑りの太刀〕を引き抜くパトリック第三聖王子。
獅子の様な金髪碧眼の大男は、重厚な甲冑を軽々着こなして剛腕を誇る武人肌の聖騎士パラディンとして広く知られる。
パトリックにとって己の天職は、聖王ではなく武将、騎士だと思ってる。
「何、俺の首一つ取ったところで戦況は変わらんよ。
兄上の元にはアレス王子がいる。聖都の奪還は今日中に果たされるさ。
むしろ全ての旗が兄上の元に結束し、邪龍に与したシャラーム王国に断固とした処断が下される。
まさか背後を二度も突かれる危険を冒して帝国を先に討つとは、おまえ達だって思えないだろう?」
軽口の間に徐々に二人は馬を近付け、自然と両者の間から人が減る。
武将、それも指揮官同士の一騎打ちには、全軍を背負った名誉が圧し掛かる。
無論それらは両武将の合意によってのみ成立するが、第三者が割って入れば前言の撤回という不名誉を広め、時に全軍が敗走するよりも酷い結果を生む。
その有様に、アミール将軍は内心で舌打ちせざるを得ない。
単に退路を断たれただけではない。シャラームにとって聖王国との全面対決は何よりも避けたい事態だった。ここは只の救援だけで済ませたかった。
だがパトリック王子は、アミールを帰国させる気は無いのだろう。それは既に、シャラームへの進軍を踏まえた上での判断だ。
(やれやれ、どうやら我が国は完全に虎の尾を踏んでしまった様だ。)
「侮られては困りますな。兵の物量ならともかく将の力量なら我らが勝つ。
聖王子殿下には、己の慢心を悔いて貰うしかなさそうだ。」
アミール将軍。クラスはジェネラル。
《鉄血の紋章》を継承する名門貴族家に生まれ、かつては魔騎士として幾多の戦場で名を馳せた砂漠の赤髪、流血将軍。
他国にすらその名を轟かせた猛将が〔達人の剣〕を引き抜き狙いを定める。
王都外戦。【救国の御旗】の射程外なので、彼らに王都の戦況は分かりません。
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