82.第二十章 白月城決戦・建物越しの攻防
※春分の日投稿です。続きは22日予定。
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マーメイド隊が運んだ旧義勇軍は、水路を経由する事で城壁の死角に到達する。
彼らが最初に行った事は、白月城の水堀に備え付けられた水門の解放だ。
これにより柵で閉鎖されていた水路が開かれ、中庭限定ではあったがマーメイド隊が直接城内へと侵入可能になった。
ここでバードマン隊がマーメイド隊と城内から城門へ殺到。奇襲により門を陥落せしめて旧義勇軍を城内へ招き入れる。
門に聖王国の旗が翻り、火の手が上がったのはこの時だ。
「忘れるなよ!ここは聖王国の城、我々は奪還軍だ!
聖王家の旗で身内の虐殺や略奪を行ったなど、我らの恥にしかならん!
城内の非戦闘員を、我々は救い出しに来たのだっ!!」
多くの兵士にとって本来、戦争で訪れる異国の城など殆どが敵国だ。
略奪を見逃す国はまだまだ多いし、民間人への虐殺こそ禁じるものの、王城などの宝物庫は組織的に強奪する事など常識ですらある。
そもそも他国から援軍を招いても、兵士だけは城下の駐屯所へ留め置いて城へは招き入れないのが、この世界に共通する一般的な味方への対応だ。
同盟国であっても兵は兵、軍は軍。機密は機密なので、他国人が入れるのは接待用の区画だけに限られる。
従来の常識では招き入れた方が、侵入された方が悪いのだ。
だが今回に至っては絶対にやってはいけない、味方への背信行為だ。
何故なら相手は聖王国であり、目的は奪還作戦。如何に原型を留めているかと、各種財宝を残しているかが本作戦の成果となる。
レギル王子は、傭兵達にも念入りに厳命し処罰も徹底すると宣言させた。
「胸に刻め!今日の戦いは確実に歴史に残る一戦である事を!!
我ら聖戦軍の、誇りを!帝国軍とは違うという事を、行動で証明するのだ!!」
「「「ぅおおおおっっっ!!!!!!」」」
義勇軍を始めとした多民族軍が勢い付き、劣勢を肌身に感じた帝国軍が動揺し、戦意を失っていく。それもその筈、彼らの主力は大部分が城下に散っている。
総大将の回りには、必要最低限の数しか残せなかったのだ。
総大将の守りを厚くするのは、外壁が陥落して敗残兵を収容してからで良い。
まさか防壁が一切陥落せずに門が開き、それより先に敵兵が雪崩れ込む事態など想定しようも無かった。
王族しか知らぬ隠し通路の存在は想定していたが、同時に大軍を投入出来る筈も無い。出来たら逃走経路として失敗作だ、追撃が容易くなってしまう。
事実。旧義勇軍が突入したのもあくまで水路周りの王城傍、外部だ。
王族専用の隠し通路は道中の、ほんの一部しか使っていない。
帝国は単一種族の脅威こそ警戒したが、それらが一つの意志で連携し他国と同一の軍隊として動けるとは想像出来なかった。
他種族に対する偏見や差別意識は、帝国にも存在するが故に。
要は、義勇軍という枠を図り損ねたのだ。
「御用は無事済んだ様ですな、アレス王子。」
「いやゴメン全く無事では無いんだ主に心が。」
レギル王子はちょっと殴りたくなった。
が、一同の顔色を見て絶対に詳しく聞きたくないなと、素直に労う事にした。
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合流したアレスは〔聖王の鎧〕、ミレイユ王女は〔聖王の盾〕を装備している。
というか〔聖王の鎧〕には所有者を選ぶ機能があり、アレスとアストリアの二人しか現状では装備出来なかった。
まあリシャール殿下に譲渡した場合、前線に立てないので最悪死蔵になる。
流石にそれは何かと都合が悪いので、建前上は〔鎧〕は先陣を切る者の証という扱いで押し通そうと結論付けた。
幸いにも〔聖王の盾〕ならダモクレス兄弟二人の他にミレイユ王女、ヴェルーゼ皇女、イザベラ大司教が装備出来ている。
血統も無関係ではなさそうなので、多分殿下達も大丈夫だろう。
使用条件に現場にいるとか、ありません様に。
白月城城内に突入すると流石に組織立った抵抗があり、混乱する中を正面突破と行ける程都合良くは進まなかった。
「奮起せよ!狭い廊下では数の利など一切無意味!
質で勝る我らに負けは無いッ!!」
「雑魚に構うな!最早帝国軍など数だけの雑兵!
物量で優位に立てなくなった今、我ら聖戦軍の敵ではない!」
別動隊の一翼を担っているカルヴァン王子の姿が見えた。
数で言えば五分で、一進一退の接戦中だ。だからこそ、帝国軍に勝機は無い。
今の今迄所在地を明らかにしていなかったアレスは、この場で【救国の御旗】を発動させると聖戦軍にその癒しの恩恵が広まっていく。
と同時に【御旗】の副次効果としてアレスの現在位置が朧気ながらに伝わると、白月城の方角、或いは城内にあると知れ渡る。
状況を理解した聖戦軍から、津波の様に歓声が上がる。
本来であれば戦いの初期から掲げられている事が多いこの恩寵が、今迄伏されていた理由も現在位置を踏まえれば納得が行く。
アレスが今いる場所が、王城の方角で掲げられたという事実が。
奇襲の成功と勝機の到来を全ての聖戦軍将兵達に、互いの歓声が確信させる。
そして今まで事態を把握していなかった帝国軍を、愕然とさせるのだ。
聖都に上がる煙の存在を、自分達の退路、逃げ場に昇る火の手の存在を。
本来であれば未だ戦況は確定していない。各部署が連携を密に取り合い、各防衛拠点を死守すれば。兵の一部を白月城の防衛に差し向け背後を突けば。
だがそんな冷静さは、一丸となって白月城を目指し始めた聖戦軍の前には何一つ発揮される事は無かった。
アレス王子がいる。不敗の英雄、至高の王子、聖王国の救世主。
現れた戦場全てで勝利し続け、〔中央部〕に上陸以降は周辺国を瞬く間に聖王国の色に染め直し、この聖都以外の帝国軍を全て敗走させた張本人。
この期に及んで帝国の勝利を信じられる者など、帝国軍には存在しなかった。
――帝国軍の、敗走が始まる。
遠くの戦場での出来事は未だアレス達には伝わらない。
確かなのはカルヴァン王子とその旗下が、アレスの到着に気付いた事だ。
アレス軍が背後を突き、カルヴァン王子が確実に帝国兵を追い詰める。瓦解するまでかかった時間は、彼らの敵将が討ち取られた時間と等しい。
再び城内で歓声が上がる。
それを〔中央方面軍〕総大将ダンタリオン第一皇子は、苦々しい想いで聞いた。
「右側面の兵を下げろ。敗走した兵は全部隣の広間に集めるんだ。」
敗走した兵が城外に逃げ出せば盾にすらならない。
ダンタリオンは自分達の懐に直接招き入れるのではなく、近くの大部屋に治療用の空間を作る事で、敗残兵の回収と共に退路を断った。
彼らが聖戦軍と戦って勝てるとは思っていない。ただ側面からの奇襲の邪魔をし敵の足を鈍らせてくれたらいい。
聖戦軍に隙さえ作れば、最悪強行突破して城を脱出するという手もある。
(尤もそうなれば、今度は弟が粛清部隊として討伐しに来る恐れもあるか。)
どの道聖都を失った自分に未来は無い。精々が聖都を奪還出来る道筋を立てての脱出劇を用意しておくくらいか。
その時はあのアレス相手でも、多少の裏くらいかけるかも知れない。
(尤もあくまで無事に脱出出来たら、の話だがな。)
絵空事以前に、恐らくは敵の精鋭と正面対決になるだろう。
こっちも最精鋭の一流の騎士団、武将達を揃えて迎え撃つしかない。
「か。全く、誰も彼も気に食わない。
力押ししか出来ない無能共に、才能だけで人の苦労を飛び越える化け物共も。」
玉座に座り、戦術地図を並べ。
愚痴を堂々と吐いたところで誰も気にしない。
ある意味当然だ。ここにいるのは側近中の側近、ダンタリオンの腹心だけだ。
ダンタリオンが皮肉屋なのも知っているし、誰も彼も劣勢を自覚し、自分が敵将の裏を掻けるなど誰も期待しない。
堅実に数を揃え、敵より優れた将を集める。それ以外にダンタリオンの勝算など無いと、知っている者達しかこの場にはいない。
ダンタリオンは何処までいっても、政治畑の人間。
戦いにおいては凡将なのだから。
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帝国軍将兵と切り結ぶアレスは、脳裏の城内図を踏まえながら着々と自軍の進軍位置を調整し包囲網を狭めていく。
帝国兵達の逃亡用に、敢えて城門の一つは開け放たれたまま放置してある。
武将達の逃亡までは見逃す気は無いが、雑兵であれば逃亡してくれた方が敵軍の圧力が減る。死兵を産み出すより余程やり易いからだ。
自身も最前線に立ちながら、しかし戦況にちょっとした疑問も過る。
敵軍に強行突破による脱出を図る動きが、全く見られないからだ。
軍は数が多ければ多い程一枚岩では動けない。聖戦軍とて様々な思惑を誘導して一つの大目標だけを順守する形で結束を演出している。
今迄の実績があるから全員従っているだけで、敗走が続けば当然独断で動く武将も増えるだろう。
その動きが城内で迎え撃つ帝国軍からは感じられない。普通に考えれば武将の誰か彼かは降伏を申し出たり脱出を図ったりしていい頃間だ。
であれば何を仕掛けるか、仕掛けられるか。
「……さて。敵はこっちが城内図を何処まで把握していると見るかな?」
目に見える場所だけが迂回路ではない。階段だけが昇降口でも無い。
例えば只のバルコニーとて、降下用の縄梯子一つで裏道となる。けれど少数精鋭に賭けるには戦況が悪い。
アレスは聖王家の旗下で突入している。隠し通路に詳しい可能性は無視出来ないだろう。各個撃破される恐れのある現状、物量で圧せる奇襲がしたい筈。
であれば相応に兵が詰められて、アレス達が意識外に除外する理由のある場所。
「レギル王子とカルヴァン王子に伝令を。敵伏兵へ奇襲を仕掛ける。」
「て、敵襲!聖戦軍の襲撃です!只今第三部隊が交戦中!」
「何だって?!第一と第二はどうしたんだい!報告来てないよ!?」
慌てて転がり込んで来た伝令に、咄嗟の怒鳴り声が応える。
三階ダンスホールに待機していた魔女ブロンコ将軍は、本来真っ先に報告がある筈の階段側に控えさせてた部隊の様子を問い質す。
そもそも少し前の報告では敵部隊は、一階に突入して制圧を開始したばかり。
二階へと突入した報告も無ければ城内庭園を利用した奇襲への合図も無い。
「い、いえ。敵軍が突入して来たのは四階からです!」
「ほ、報告!隣塔の屋上庭園が奇襲により陥落!
噴水回りからの襲撃により階段側が先に制圧され、部隊は壊滅。敵は既に城内に突入した後であると負傷兵からの伝令が!」
報告を遮る様に現れた伝令の話を聞くに、屋上部隊の伝令はここに辿り着く事も叶わなかったらしい。
騒音は其処彼処で響いており、物音で戦闘場所を特定するのは不可能に近い。息を潜めていれば尚の事だ。そして奇襲された位置を踏まえると。
「伏兵が読まれたか……。
お前達、全伏兵隊をこの部屋に集結させな!ここで敵を迎え撃つ!」
「「「は、ははぁ!」」」
歯軋りするが仕方が無い。物量で勝負するためには相応の広さが必要だ。義勇軍の合流した聖戦軍に質で勝っているなど、ブロンコ将軍には到底信じられない。
このレジスタ大陸において、ヒューマン以外の他種族は長所と短所を同時に持ち合わせた存在としてゲームに設定されている。
バランスを取っているというのは間違いないが、例えばバードマン達は『飛行』スキルを持つ反面、装備がLV1上限。重武装が出来ない。
リザードマンは水地形で高い移動能力を発揮し魔法系の職業に制限があり、偶に『氷弱点』スキルを有している。実はランダムで『鉄心』『鉄壁』スキル、《怪人の天稟》のどれか一つを有して仲間に加わる確率が高い種族だ。
マーメイド族は特に長所と短所が明確だ。
水地形を地上同然に移動可能であり、魔法適性が高く神官適性は無い。更に種族全員が『アクアブレイク』『火弱点』スキルを常に有している。
実はこの『アクアブレイク』というランダムで通常攻撃を魔力ダメージにするというスキルが曲者で、ゲームとは最も扱いが違う種族能力だった。
実は彼女らの扱う『アクアブレイク』は水流を操り濁流化して放つという、地形に威力が左右される代物だったのだ。
周囲に大量の水があれば事実上制限無く、拳で殴る程度の気安さで放てる反面。
水辺が無いと物理打撃に匹敵する威力はとても出せない。魔力を溜める時間まで必要となる、実用性が激減したスキルと化すのだ。
だが水中であれば彼女らはその水流制御能力によって、垂直の滝登りすら可能とする。ゲーム画面は平面なので、戦術の変化など考慮すらされてない。
簡単に塞がらない広さのある上水路なら何処でも移動可能、屋上の噴水下に集合するくらい容易い話だ。
後は物陰から様子を伺い、噴水の水で階段回りの敵を最初に薙ぎ払いながら一斉攻撃を仕掛ければいい。
そして水流を利用すれば人を抱えて屋上まで往復する事も、少し大変ではあるが問題無く熟せる作業となる。
レギル王子達歩兵部隊を屋上に引き上げたら、マーメイド達の役目は一旦終了。休息を取りつつ奇襲部隊に参加するかは各自の判断に任せた。
流石に武装集団の移送は結構な負担だろうと思っていたが、レギル王子達が三階に到達する頃にはマリリン王女率いる一団が追い付いて来た。
「も、もう良いのですかマリリン王女。無理をなさらずとも……。」
「御心配無く、我々が連れて来たのは非戦闘員では無く戦士です。
陸であろうとも戦場で後れを取る心算はありません。」
凛とした佇まいからは隠し切れぬ可憐さに、レギル王子はその横顔に一瞬見惚れてしまう。その水の如き美しさを鮮血で汚してしまうのは心が痛む。
だがその覚悟は否定すまいと気を取り直した。
「ですが御身が種族にとって大事なものであり、魔術師である事も事実です。
先陣は騎士である我々にお任せ下さい。」
「承知しています。ですが、乱戦になる前に我々から一矢を。」
「「「【中位竜巻刃】ッ!!」」」
崩れた部隊の後ろで殿を引き受けようとする部隊に、王女の指揮に合わせた竜巻の渦が一斉に荒れ狂って一時視界から隠す。
流石に城内を守護するハイクラス部隊が一度の魔法で力尽きる事は無いが、膝を付く者も大勢現れる。
「【中位竜巻刃】ッ!
繰り返しますが、我々は戦士です。過度のお気遣いは……。」
「ぅ、うおおお!皆の者、マーメイドの方々が好機を作って下さったぞ!
この機を逃さず、我らの力を見せよッ!!」
興奮したレギル王子がマリリン王女の警戒に全く気付かず、最前線に走り出す。
釣られたレギルの騎士団も主を守りながら、そこかしこで【魔剣技】の炎や鎌鼬を巻き散らす。
彼らもマリリン王女も流石に薄々察し始めている。
「……あのカルヴァン王子?」
「はい。多分、御心配なされた様な事態にはなっていないかと。」
種族の垣根を一番無くしたいのは、どうやらレギル王子の方なんだな、と。
「流石に未だ、そこまで考えている訳では無いんですが……。」
人魚は男を惑わす術に長けているとか嘘だ。というか迷信だ。
単に種族の垣根を超える情熱のある者達だけが成就させたから、その努力が評判となって語り継がれているだけだ。
少なくともマリリンは異性に情熱的に口説かれた経験は無い。
同族で紳士協定が存在する程の大人気振りだというのは、本人だけが知らない。
あと同性にもかなり人気なので、色恋の知識は本当に必要最小限しか教えて貰えない。異性に対する免疫は、実は駆け引き以前の問題だ。
王女の無垢は、一致団結して護られている。
マリリン王女誘拐の一件、実はかなり危なかったのでは無いかとカルヴァン王子は思う様になった。というか。
(これマリリン王女にとって一番危険なの、同族の方々なのでは……?)
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「くそ!ブロンコ将軍が討たれただと?!
しかもマーメイド族まで味方に付けたというのか!」
戦略どころか戦術単位でも凌駕されている。これで一体どんな手が打てるのか。
皇太子ダンタリオンの苦悩は、聖戦軍には届かない。
※春分の日投稿です。続きは22日予定。
「流石はアレス王子!まさか帝国の敗走まで想定していたとは!」
(え?何それ、ていうかその段階で帝国軍崩れちゃったの?
ダンタリオン皇子まだ健在では?)
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