79.第十九章 聖都攻略戦・混戦
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パトリック王子は無策でシャラーム軍に勝てると言った心算は無い。
確かに挟み撃ちとなれば、パトリック達湖上攻略部隊に勝ち目は薄い。だが彼の優れた戦術眼は、その事態は防げると確信を以って言えた。
その第一の理由として、湖の先の陸地は断崖絶壁の如き城壁がある。
つまり帝国の兵は、城壁を降下しない限り対岸の戦場には関われないのだ。
聖都の三日月湖には、それこそ伝説にある様な超遠距離魔法以外には届かない程の広さがある。
それこそ、少し湖上に兵を集めたくらいで弓矢が届く事も無いくらいの距離が。
そして第二の理由として、敵の総軍は分かっている限り走り鶏による騎兵隊しかいないのだ。無論兵種に限れば騎士も魔法使いもいる。
むしろ砂漠での戦闘に於いて、走り鶏と魔法使いは必須の兵種。他とは重要性が段違いであり、決して侮れる戦力では無い。
だが魔狼ガルムと違い、湖上を走る事は出来ないのだ。
聖都攻略用に用意された数人乗りを中心とした小舟、それらを運ぶのに費やした小型船の総数は。
合せて数千艘に達していた。
対岸から壁までを一直線に繋げる数を揃えた歩兵上陸用の小型船は、戦闘を考えなければ全歩兵を避難させるだけなら十分に可能だった。
「な、何だと?!何だこの無数の小舟の数は?!」
つまり。敵と相性の悪い兵種だけを湖上に逃がした上で、湖に陣取った魔法使い達が湖岸に集まる兵を一方的に攻撃する。
湖岸に魔術師達を集めれば、機動力に長けた騎兵達が斬り込み物理で削る。
だからと湖岸に盾持ちを集めれば、先に射程ギリギリから彼らだけが狙われる。
けれどもし。彼らが湖から離れて陣取れば。
聖戦軍は全ての湖上兵力をシャラーム軍にぶつける時間が稼げる。
湖に攻め寄せたシャラーム軍別動隊五千は、包囲する筈の自分達こそ死地に誘き出されたのだと理解せざるを得なかった。
帝国軍を守る筈だった湖の壁は今、帝国の援軍に対して牙を剥いていた。
一方で。シャラーム軍を率いる歴戦の将アミールは、ギリギリまでパトリックの湖面部隊に近付いたものの、全軍を差し向ける事は無かった。
後を任された副将は油断していたかも知れないが、アミール将軍から見れば船舶をある程度魔法で沈めさえすれば十分な援護だ。固執する必要は無い。
シャラームは帝国と共倒れする必要は無いのだ。
最も気にすべきは帝国中央方面軍の命運では無く、ベルファレウス帝国第三皇子と漆黒騎士団の視線だ。
もしシャラームが形だけ、上辺だけの援軍に終始すればベルファレウス皇子は何の躊躇も無くシャラーム軍の殲滅に回るだろう。
その上でシャラーム現王スルタンを討ち取り、国を属国化、傀儡とした上で聖王国にぶつけるだろう。
それが出来るだろうという確信が、ベルファレウス皇子からは感じられた。
(我々は所詮中堅国、お前達にとっては脇役に過ぎないというのか……。)
屈辱的だが、両国の動かした桁外れの戦力に疑念の余地は無い。
聖王国も今でこそ敗戦により弱体化したものの、かつて帝国と正面から剣を交え十万規模の軍勢をほぼ単独で動かしている。
今も連合軍とはいえ、同程度の戦力を聖戦軍として率いている。
真っ向勝負では決して渡り合えない現実がある。
(シャラームの国土に今以上の発展は無い。
平穏を望む聖王国には、このまま弱体化していて貰おうか!)
シャラームの望みは聖王国と帝国の共倒れだ。どちらか一方の一人勝ちではなく自分達が国土を拡大する間の、不干渉を選ぶ程度の弱体化だ。
帝国の求心力は弱まり、今は聖都の復権こそがシャラームの障害となる。聖戦軍を壊滅させられるとは思わないが、可能な限り戦力を削っておきたかった。
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へげげげげげげげげげッッッッ?!?!?
貴様、ベルファレウス皇子だろう?!絶対そうだろう?!
この、戦略盤面破壊男っ!!
分かってるんだからね?!帝国である程度自由が利いて、各国に影響力を行使出来て行動力が伴って、それでいてこっちの急所を的確に狙い澄ませる戦略眼!
他に絶対有り得ないんだからね!
お前だけだからな正史から滅茶苦茶外れまくった行動を取っているのッ!!
伝令を聞いたアレスが最初に取った事は、軽く腹を抑える素振りに見せたボディブローだった。いやぁ、胃袋で動揺を広める訳には行かないし?
アレス達別動隊が聖都攻めに動き出したのは、聖都包囲軍が正門前に集結した時と同時だった。別動隊の総数は旧義勇軍を中心とした約五千。
別動隊を義勇軍の兵で固めるのは問題もあったが、アレスの奇策に慣れている分動揺も少ないし、多くの軍を関わらせればその分情報が漏れやすい。
それに今回の奇策の要はマーメイド傭兵軍五百との合流が含まれており、聖都の周辺領地の住民には異種族に対する偏見を持つ者も多い。
無駄に騒がれるよりはと、早々にまとまれる部隊で編成させて貰ったのだ。
そしてアレス率いる別動隊の現在地はと言えば。
「落ち着け、今から戻るためには半日はかかる。
ここに伝令が届いたのは彼らがマーメイドだからだ。同じ道は使えん。」
水路に隠された地下道、王族しか知らぬ脱出路。その一つだった。
「しかし!聖王家の方々が滅ぶという事は大陸が滅ぶという事だ!
全てを諦めてでも聖王家の皆様を救い出すのが我々の役目でしょう!」
「我々が戻るという事は、王都攻略を諦めるという事だ。
今回使った全ての計略が露見すれば、それこそ正面衝突以外には有り得ない。
来年には帝国から十万を超す援軍が加わるかも知れないと、聖戦軍を上回る物量が聖都に合流する事も有り得ると、理解した上での発言なのか?
そもそも、我が婚約者は既に聖王家の者では無いと?」
「そ、それは……。」
「不測の事態に取り乱すのは分かるが、無暗に騒ぐな。
貴殿一人の存在が大敗の引き金になったとあれば、そなた一人では済まんぞ。」
苛立たし気に口を挟んだのは、聖王家の最強騎士こと守護騎士エルゼラントだ。
ミレイユ王女降嫁の際に伴いダモクレスに、聖王国の家臣が腹心として同行する事になる。流石に王女ともなれば、生身一つで移住とはいかないのだ。
降嫁に同行が決定している家臣団の中には、田舎への移住を不服として事ある毎に騒ぎ立てようとする者もいる。
とはいえそれは、実家が無事であればこそだ。
何より自分が抗議している相手が誰か、漸く理解出来たのだろう。
「……左遷という形にはなりますが、彼の要望には応えましょう。」
「「「……。」」」
というか、主君が誰にベタ惚れかを忘れた臣下に情けなど無い。
絶対零度の視線を前に、余計な事を言わなくて良かったと皆の心が一致した。
「というかだ!ぶっちゃけ今からなら城を奪還する方が戻るより速いしな!
白月城に突入してしまえばそれ以上の援護は必要あるまいさ!」
「「「そそそ、そうですな!いや、アレス王子の言う通りですともッ!!」」」
皆の心が一致した。
「……取り合えず偵察は済んだわ。道中に敵の伏兵は無かった。
まあ帝国軍が、湖の下に通路がある事を知っているとは思えないけど。」
「一応水路の存在には気付いてても不思議は無いからな。
帝国がマーメイド族を従えようとした件を踏まえれば、薄々は察していてもおかしくは無いんだ。城の中枢には兵が居ると思った方が良い。」
そういうものかと納得したマーメイド族王女マリリンは、今は先行偵察隊として人の姿で軽装の鎧に身を包み、マーメイド隊を率いて参陣していた。
下半身の魚体を種族の秘宝〔マーメイドリング〕によって人の二本足に変化した彼らは、いつでも魚体に戻せる様に全員スカートの様な姿をしている。
だが彼らが下半身丸出し種族だと思ってはいけない。何故なら魚体時の彼らは鱗か鰭で肝心な場所は隠されている。
水中で服というか防具が必要なのは、上半身だけなのだ。
更に術具を使用中に付けていた装備は、全て〔リング〕に格納されるという凄い機能があるのだ。下着も靴も、脱ぐ必要無く格納されるのである。
勿論再び腕輪を使えば、格納された服は全自動で纏う事が出来る。着替えは人型の時にすれば良い。
というか装備格納中は、別の誰かが使用する事は出来ない。
もしかして《王家の紋章》の源流は、彼らの持つ秘宝にあるのではなかろうか。
尚、ゲームで在った入手個数分マーメイド部隊を雇用出来るという効果は、全く魔法的な裏付けが無かったと判明。
人族には『水中呼吸が可能』という機能しか使えなかった。
だが人族にこれが与えられるという事は、その者に海中を訪れる資格があると認める事であり、水中での自由を許すという権威的な意味合いがあるらしい。
要はマーメイド族にとっての貴族称号なのだ。
つまり、ゲームであったアイテム効果は、あくまで王女様の承認あっての話だ。
アイテム本来の効果とは、全く全然関係無かったというオチだ。
例の同盟話が、実に重く圧し掛かるオチである。
閑話休題。
王都地下の水路は予想以上に複雑で迷路状になっており、下水道と上水道が互いの道を遮る事もあった。
意外にもマーメイドであれば中に入れる場所は、全く無い。
この点一つとってもマーメイド族は、裏で相当聖王国に警戒されていたのは間違いなさそうだ。
とはいえ城の人間がこの防衛網を把握して無ければ、結局は時間の問題だったと発覚したのも今だったりするが。
幾度も通路に上陸し水路に戻るという手順を繰り返す事で、やっと城下町を越え白月城シャルルマーニュの水路に到着したという報告が入る。
これで後は〔地下聖堂〕に突入し、探索するするのみだ。
「ではレギル王子、部隊の指揮権をあなたに預けます。」
「ああ、任された。」
北部代表の一角レギル王子は、今やほぼ最古参の義勇軍武将の一人だ。
〔地下聖堂〕は聖王家の秘儀にも関わるため、流石に全軍で探索とはいかない。
だが捜索中ずっと待機させる程戦局に余裕も無いため、探索に回る主力以外は先に城下へ突入し攻略戦を始めて貰う方針に切り替えたのだ。
彼がアレス達の代理として、最も実績がある者の一人なのは間違いない。
「それではこちらへ。絶対に逸れない様にお願いします。
そうなれば私にも救助出来ませんので。」
ミレイユ王女が〔聖王家の紋章〕を門の隠し錠前に嵌めると〔紋章〕が錠の中に沈んで裏返り、〔地下聖堂〕の扉が左右に開く。
全員が中に入ったところで〔紋章〕を引き抜くと扉が閉まる。
取っ手はどちら側にも存在しないので、アレスの【紋章】か彼女の〔紋章〕以外では開けない仕組みの様だ。
「そういうの止めませんか?アレス。」
「や。つい本物かを確認したくて。」
「ならせめて黙って試すのを止めなさい。」
「ハイ。」
初めて入る場所の正解ルートを把握しているというのも奇妙な話だと思ったが、進む内に理由を理解出来た。
「成程、〔紋章〕の正式な形はこれが無いと分からないから……。」
「流石ですね、アレス様!その通り、この通路の形は(モゴ。)」
「迂闊ですよミレイユ、此処には聖王家の方以外にもいる事をお忘れなく。」
「いや。この中に入っている時点で手遅れじゃ無いか?」
「馬鹿ね、だからって気付かせるのと勝手に気付くのは違うでしょう。」
耳を塞いでも無駄だと思うんだけどなぁレフィーリアさんや。
とはいえ無暗に恋人達の反感を買う趣味も無い。
正直単に、気付いてしまった不安を紛らわせたかっただけなのだ。
何せここはゲームにマップがある場所であり、当然敵も出現する。
出てくる敵はと言えば――。
「全員止まれ。あそこの彫像は全部〔メイルゴーレム〕だ。」
……まあちょっとした騎士団位の数が並んでる。
いや、モブ敵ならそんなもんかも知れないけれどさ。
〔メイルゴーレム〕。遺失魔術で生み出された鎧を付けたゴーレムだ。
遺跡の魔力で動いており、特定の場所でしか出現しないがLVとステータスは様々。魔法は使えない代わりに魔法の武器を持たされる場合が多い。
(とまぁ、ここまでは普通の情報なんだが。)
実はこの設定情報、さり気に罠が隠されている。
魔法は使えないが、忍術や魔剣技等は使えるのだ。
魔剣技等は、使えるのだ。
最初の情報は前マップで入手出来るため、物理対策を優先するとトンデモない事になる。原作が名作とは呼ばれない所以の一つだ。
「全員〔破魔の盾〕を忘れるなよ。」
〔破魔の盾〕は数値にして+3p程度だが、原作ではほぼほぼ唯一の購入可能な魔防上昇アイテムだ。
先日招聘に成功した〔錬金術の店〕で、辛うじてこの場の全員分を買い揃えた。
お陰で防具は大半が〔名工の鎧〕止まりだが、ゲームならともかく現実では十分破格の装備だろう。
敵ゴーレムがこちらの様子に反応し、次々と台座から降りて来る。
一同が緊張感に包まれる中、ミレイユ王女が周囲を警戒し続け乍ら口を開く。
「アレス様、此処でなら〔聖王の盾〕でも問題無いのでは?
伝承によると〔破魔の盾〕以上の対魔性能を誇っていた筈ですが。」
「え?そうなの?」
イベントアイテムだから装備出来るとは思わなかったなと、急いで〔破魔の盾〕と交換すると。
〔メイルゴーレム〕達が一斉に武器を仕舞って敬礼の姿勢を取る。
「「「…………。」」」
全員が何となくアレスの傍に集まると、メイルゴーレム達はそのまま元の台座に戻っていく。
〔聖王の盾〕から一定以上離れている者だけ、敵認定される仕様の様だった。
「そっか。普通に考えるなら〔盾〕は城から出る時に持ち出すから、ここに来る時には持っている訳か……。」
「本当に増えているのね、聖王家の秘宝が。」
ヴェルーゼの言葉にイザベラ大司教が胃を抑え、ミレイユ王女が頭を抱えた。
シャラーム軍副将部隊としては、湖に追い込んで帝国軍と挟み撃ちしたかった。
けどシャラーム大将アミール将軍としては、別に湖上に足止めさえすれば良いので付かず離れずで一撃離脱し続ければ十分という判断力の齟齬。
帝国側は城壁に取り付いてくれないと何も出来ません。
聖都の設計者的には湖の広さ舐めんなって感じなのでw
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