78.第十九章 聖都攻略戦・序
※振替休日投稿です。
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聖戦軍が包囲網を解き、主力を正面に集結させ始める中。
布陣の変更を見下ろす帝国軍は、遂に来るべきものが来たと覚悟を決めていた。
帝国からの増援は期待していなかったと言えば嘘になるが、皇帝は既にダンタリオンに結果を出せねば皇太子の座を降ろすと宣言している。
例え帝国に余力があったとしても、見捨てられる可能性は低くない。
だからこそ。戦果も無く帰国すれば待つのは粛清による処刑のみ。
高位の帝国将兵ほど、腹を括って聖戦軍の進軍に備えていた。故に武将達の動揺は殆ど無かったと言って良いのだが。
逆に末端の兵士達には包囲網に隙が出来たという事実が、激震となり。
瞬く間に動揺が広まっていった……。
「ふん。流石に全軍を正面に集めるほど馬鹿じゃ無かったか。
だが力押しだけで聖都が落ちるなら苦労はせん。はて、噂のアレス王子とやらは一体どんな奇策を用意したのやら。」
聖都城下町の防衛大将クラスター将軍は城壁の上で戦場を見下ろしながら、副将に向けた問いを独り言のように発する。
「正面にいるのは数を偽装している様ですが、実態は三~四万程度。
どうやら戦力外の雑兵を減らして帰国させたようですが、それを踏まえても七~八万はいる筈です。
半数近くは行方不明という状況ですな。」
なにより彼らは、兵が欠けているという報告に安堵すらした。
旧義勇軍のアレス王子は優れた策略家であり、無策の力攻めは有り得ない。
なにより彼らは兵が欠けているという報告に安堵すらした。何故なら旧義勇軍のアレス王子は優れた策略家であり、無策の力攻めは有り得ない。
ここで伏兵が無いと報告される事は、敵の策を一切見破れないという意味だ。
圧倒的な劣勢下に於いて完敗していないという事実は、彼らの精神的負担を少なからず軽くする。
だが大軍である筈の別動隊の、尻尾が掴めない点は聊か問題だ。
「兵の一点集中は恐らく伏兵の存在を隠す意味もあったのでしょう。
密偵が潜入していると承知の上で、将兵には指示だけ飛ばしたのだとすれば辻褄は合います。
これから報告が届くとしても、間に合う可能性は低いでしょうな……。」
深刻な顔の副将に対し、クラスター将軍はにやりと口元を歪める。
「何、そう難しい話では無いぞ?
何せ聖都は遠目で見張り易い様、山の周囲は開けた畑に囲まれている土地だ。
伏兵を隠せるとしたら、そもそも湖の外側以外には有り得んのだ。」
将軍の言葉におぉ、と小さな安堵と期待の声が混じる。
聖都攻略には奇策の入る余地が極めて少ないのだと、彼らも信じる事が出来た。
故に。
「ほ、報告!聖戦軍の別動隊が、湖の対岸に現れました!
主力はガルム隊一万程度、歩兵合わせて総数三万前後!
ですが只今、小型の舟を大量に湖上へ投入中!どうやら敵は全軍の一斉渡湖を目論んでいる模様です!」
「な、何と!この短期間にそれ程の舟を集めたというのか!」
何らかの奇策はあると踏んでいたが、別方向からの物量押しは単純に帝国側の対応力を超えかねない。
厳しい戦いになると、帝国武将達は臍を噛み。
「ほ、報告!報告です!
南方の平原に、中央部南砂漠の雄シャラーム王国軍が北上中との事!
彼らが掲げているのは、我ら帝国への援軍旗ですっ!!」
「な、何と!それは誠か?」
思わぬ事態の急変に、帝国諸侯は喜びの声を上げた。
峻険な山道を走破した軍勢が全ての天幕を畳み終え、最後の休息を終える。
泰然と丘の上に君臨して進軍準備を進める彼らは、総員が全身を隠せる外套に身を包み、軽装の鎧を纏った騎兵のみ。
規律正しく整列した軍勢は、旗持以外の長得物が殆ど見当たらない。
その数凡そ一万という大軍ながら、大陸の常識からは外れた異様な空気を漂わせ視界に入った聖都を見下ろしていた。
「どうやら間に合ったようですな。
如何に至れり尽くせりとはいえ、連中次第では無駄骨も有り得たが。」
大陸の戦争の常として、騎兵のみの軍隊は本来成立しない。
何故なら騎兵に用意出来る兵糧の数は知れており、乗騎の機動力を生かすには大量の荷物は邪魔。
輸送隊を引き連れて進軍した時点で足並みは歩兵隊に揃い、必然的に騎兵のみで進軍する利点は失われる。
騎兵だけを先行させるのは一見話こそ速いが、補給を道中で確保出来ねば現地に辿り着く事すら困難になってしまうのだ。
であれば要所だけで騎兵を運用し、平時の進軍は歩兵と共に進めば良い。
よって総軍としては全体の三割を越えていれば多い方だ。騎兵であれば乗騎分、兵糧は余分に必要となるのだから。
「確かにな。如何に進軍が速かろうと物理的な距離は如何ともし難い。
だがこれだけのお膳立てが出来たのだ、元々勝算はあったのだろうよ。」
シャラーム王国軍が精鋭〔砂鮫騎士団〕を率いるアミール将軍は、帝国の皇子が提案した非常識な対価に思いを馳せる。
『聖王国軍の背後を突いて頂けるのであれば、前金として出陣した兵の総数と同数の〔走り鶏〕を差し上げましょう。』
数千の増援で戦況が変わるとは思わぬとのシャラーム王の返答に対し、彼が言い放った言葉は少なからず宮廷の者達に動揺を与えた。
他の土地ならともかく砂漠に最も適した乗騎は、間違いなく〔走り鶏〕だ。
シャラームでは彼の家畜は供給が追い付かず常に品薄状態にあり、王が例え兵が敗走しても犬死にならない戦力として上げた数、それが一万騎だ。
一度に要求する乗騎数としては、極めて非常識な提案であったのだが。
「どうやら欠けずに参られた様だ。出陣した時に予備戦力のお話が無かったので、全員が到着出来るのかと冷や冷やしておりましたよ。」
シャラーム随一の将軍の前に姿を現したのは、赤髪赤目の美青年。
帝国第三皇子、漆黒騎士団長ベルファレウスだ。
「当然だ。我らは負け戦をしに来たのではない。
慣れぬ山道だろうが戦場以外で脱落者を出す程、甘い兵を従えた覚えはない。」
彼らが経由したのは道幅こそ軍勢が進軍出来る程に広いが、高低差も激しく過酷なため今は放棄されて久しい、大陸開拓期の古道であった。
〔三奏山脈〕を経由した東部山中を進み、古道は幾つかの洞窟を経由して森の中に続いており、知らねば空からの監視も碌に及ばぬ視界の悪い難所続き。
聖王国の中でも極一部の限られた商隊のみが知る峻険な山道を走破出来たのは、彼らが軽装且つ機動力に長けた騎士団で有った事と無関係では無い。
だがその道には過酷さに釣り合う利点がある。
それこそが、ゴールの聖都までの距離の近さと隠密性。
「替えの乗騎は気に入って頂けたようですな。
残念ながら後の距離は強行軍となる。何せ既に、聖王国軍は戦を始めてしまっている。ここからは敵が対応する前の、時間こそが勝負となる。」
「弱気だな。噂のアレス王子はそれ程までに手強いか。」
「かなり。私が直接介入出来れば未だ打つ手はあったのですが。
生憎皇帝陛下に置かれましては、必要以上の助力を禁じられておりまして。」
この補給地点を用意したのは帝国軍を率いるベルファレウスだ。
用意した乗騎は、支払われる分も含めて合わせて二万。
これ程の下準備を以てしても尚も予断を許さぬと断じる皇子に、アミール将軍もターバンを整えて内心での警戒心を上げる。
「どちらでも良い。前金は確かに受け取った。
我々は負け戦をしに来た訳ではない。聖王国の息の根を止めに来たのだ。」
(全く、油断ならんのは敵に限らず同盟国も同じだな。)
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〔中央部〕諸国最後の中堅国にして、国土面積に限れば二番手に上る大国家。
シャラーム王国が今の今迄中央部での戦争で無視され続けたのは、彼の国の介入には著しい障害が存在していたからだ。
その最たるものとして、彼の国が国土の大半を不毛の砂漠地帯で占められた交易国家である点が挙げられる。
彼の国は生産力に乏しく、交易――特に食糧輸入を絶やすと容易く村々が滅びかねない、外征に著しく向かない国家体制なのだ。
よって外部からの援軍要請には、先ず食料の提供が必須条件。
加えて聖王国との間には例のクラウゼンやドールドーラの救援の障害として立ち塞がった大連峰〔三奏山脈〕が聳え立つ。
緊急事態を訴えるには、常に物理的な進軍難易度と距離があり過ぎた。
故に彼の国は平時の同盟相手としては有益であっても、戦時の繋がりは乏しく途絶えがちであった。
過酷な砂漠で鍛えられた兵は確かに精鋭揃いだが、彼らに支払う対価程の価値が見出せるかと言えば。
凡その国々は否、と答えるのが常であった……。
シャラーム王国軍の進軍を聞き、聖戦軍一同に動揺が走った。
何故なら今アレス王子は別動隊を率いて出陣済みで、既に本陣を離れていた。
元々ダモクレスも勢力を拡大したのは近年の話であり、聖王国に密偵網を拡大したのもここ数年の話だ。
既に使われなくなって久しい古道の情報など、当時を知る者が居なければ地元民から聞き出す事も出来ない。郷土史や歴史書の調査など、現状では夢のまた夢。
アレス王子が知らなければ当然、優先順位は下の下になる。
そしてやはりアレスの知る原作に、現段階でのシャラーム王国の介入は無い。
正門側、聖王国軍が城壁に向けて遠距離攻撃を開始する。
旗の数や未使用乗騎による輸送物資の運搬などで土煙を演出し、実数より多く見せてはいたが、生憎帝国の陽動を誘える程の効果は上げられなかった。
正面軍を率いている総大将リシャール第二王子は近衛三千を本陣に、ブラキオン公一万、聖王諸侯軍五千、旧義勇軍五千、クラウゼン五千ドールドーラ五千。
計三万三千を率いて聖都攻略に当っていた。
城門を開くための兵は潜入済みとはいえ、敵の気が逸れる前では直ぐ奪還される恐れのある程度の少数の手勢。注意が乱れるまでは迂闊に動けない。
少なくとも開門と同時に突入出来る程度には軍を攻め寄せ、敵陣の指揮に乱れが生じる程度の動揺を与える必要があった。
「不味いですな……。
本来であればパトリック王子の突入こそが、我々が強行突破を図る好機だった筈なのですが。」
LVの恩恵が大きいこの世界に於いて、大将が本陣に残る事は必ずしも利点にはならない。部隊最強の武将が劣勢を覆す事など珍しくは無いからだ。
よってブラキオン公の様な自身の戦闘力に不安のある者は、指揮は副将に任せて後衛で全体の統括に努めるのが常で。
基本的に各国の武将は本陣を側近に任せ、ドールドーラのリシュタイン姫の様に自ら軍を率いている。
故に今、作戦の全権はリシャール王子の双肩に重く圧し掛かっていた。
「一万、か。あのシャラームがこれ程の大軍を出陣させるとは。」
「こちらの聖戦の呼びかけにも応じなかったシャラームが、帝国の救援には応じた所を見ると、やはりかの王の即位の後ろ暗い噂は本当であったのか。」
今論じるべきではない話も紛れているが、出現した敵兵力は戦況を覆しかねない大軍だ。無策で応じれば敗北も有り得る。
特に湖側を率いているパトリック一万、カトブレス公一万、旧義勇軍五千。
計二万五千の兵力では背後を突かれた時点で一溜りもない。
であれば正門を攻める兵を減らしてでも、軍を分ける必要がある。
リシャールは覚悟を決め、ブラキオン公に対応を命じようとして。
天幕に慌てて駆け込んで来た伝令によって、喉まで出かかった言葉を一旦飲み込む事になる。
「パトリック王子より伝令!
『こちらに向かっている増援は、全て我々の手勢だけで引き受ける!
兄上は作戦通り、正門の攻略に集中されたし!』
との事です!殿下から証文を預かっております!」
伝令の言葉に動揺が走る。何より追加でもたらされた報告には、敵増援が全て湖のパトリック王子の方へと攻め寄せたとある。
益々以て状況に予断を許さなくなった一方、証文を呼んだリシャールは唇を固く噛み締めて弟の伝文に納得してしまう。
中には。
『オレはアレス王子が本当に気付かなかったとは思えない。
だがアレス王子が居ない今、重大局面での決断をして見せれば兄上がアレス王子の傀儡などと嘯く陰口も無くなる筈だ。
そして俺の軍は元々奇策に見せた、囮部隊だ。』
そう、記されていた。
(有り得ない、とは言えないな。
私の総大将としての資質を問うて見せる事で、聖王家に対する不安を払拭する。
確かにアレス王子の考えそうな策ではある。)
事実、本当の意味での決戦戦力はアレス王子の率いる別動隊であるとも言えた。
当初の予定は、どの方面からも決定打に成り得る作戦。
であるからこそ、不測の事態を予測していたとも取れる。
どちらを動かしても構わなかったからこその沈黙だとしたら。
「良かろう!敵増援への対応は、全てパトリックに任せる!
向こうは増援の動向にのみ注視せよ!」
「「「っ?!」」」
息を吸い込み、リシャールは総大将として決断する。
「敵増援がパトリック達と接敵したタイミングで、全軍で正門に攻め寄せる!
突入の好機は、我々で用意するぞ!」
「「「は、ははぁっ!!!!」」」
※振替休日投稿です。
聖都は周辺の見晴らしも良く、本当に奇策の余地が少ない場所です。尚w
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