75.第十八章 弁明と説得力
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「違うんですよ。別に私達はエッチな事をしようとしてた訳じゃ無いんです。」
ミレイユ王女が目撃したのは、暗がりで右往左往しているイザベラ大司教と。
半裸の侍女達に抱き着かれたまま床に正座して振るえているアレス王子だった。
更に言えば、アレス王子は両手で男の急所を隠している。鎧は着てる。
ヴェルーゼ皇女の時は未だ取り繕えた彼女であっても、流石に想い人が押し倒されかけた状態で話されては剣呑な目を向けざるを得ない。
「では、何故あの方々は私の婚約者から離れようとしないので?」
「あの、服が破れた状態で引っ掛かっているので……。」
「ところでこちらの方は、私達を助けに来て下さった方という解釈で間違いないのですよね……?」
「それが分かっていて何故?」
「ひぃ!」
「落ち着いて下さいミレイユ王女殿下、明らかに状況が不自然です。」
「え?」
「で。何故そこであなたは震えたまま動かないんですか、女好きのアレス王子。」
ぶっちゃけミレイユ王女がいてくれて助かったヴェルーゼ皇女の問いに、アレスは震える声で答えた。
「お、俺は女好きだもん……。
だから振り払わないだけだもん……。」
(((いやこの光景でそれを主張されても……。)))
「アレス、君未だ克服出来てなかったのか……。」
割と途方に暮れている一同の後ろで、呆れた顔のアストリア王子が溜息を吐く。
「取り合えずその人達に上着を羽織らせてから、場所を変えよっか。」
取り合えず上着を羽織らせた効果は絶大だった。
一瞬で侍女達の間から抜け出したアレスは、爽やかな笑い声を上げながら別人の様な紳士的な振る舞いで一同を部屋の外に連れ出した。
手早く侍女達に着替えを渡して空き室の扉を閉じる手際は見失う程に鮮やかだ。
「お初にお目にかかる、私は義勇軍軍師アレス・ダモクレス第二王子です。
イザベラ大司教とお見受けしますが、相違ありませんか?」
「アレス王子、聖戦軍軍師です。義勇軍の頃は総大将でしたでしょう?」
眩いばかりのイケメンオーラはどうやら不発に終わった様だ。
要約すると。イザベラ大司教は侍女を含めた数名の御伴達と〔大聖堂〕内を逃げ回っていて、厳密には未だ捕まっていなかったのだ。
大聖堂内には幾つもの秘密の隠し部屋や隠し通路があり、非常時の籠城用設備が何ヶ所も存在している。それらを渡り歩く事で、大司教達は今迄辛うじて暗黒教団の魔の手から逃れ続けていた。
「ですがそれも限界が来ました。彼らは聖堂中を虱潰しにして兵を配置し続けて、移動中の私達の退路を断って追い詰めたのです。
私達は神聖魔法【封印結界】を専用の部屋に施して中に籠城していましたが、彼女達は道中に負傷して予備の服が用意出来ませんでした。
幸い水だけは確保出来ましたが、食料は尽きており明かりもありません。
そこで数日間耐え凌ぎ、今日争う物音が聞こえ、力尽くでは解けぬ筈の結界を解放して現れた方こそ、そちらのアレス王子だったという訳です。」
簡単な軽食を取りながら事情を話すイザベラ大司教は、実の所妙齢の女性だ。
ゲームでは大司教服でほぼ顔の形しか分からなかったが、濃い目の金髪を後頭部で編み上げて束ねている。若干人妻感はあるが未婚、中々整った顔立ちの淑女の様だった。ミレイユ王女とは案外親しい関係にあった様だ。
結婚に制限のある宗教では無いので高根の花過ぎて婚期を逃した感じだろう。
微妙にミレイユ王女の婚約を聞いて引き攣っていたのを、残念ながらアレスは見逃していなかった。まぁ勿論触れないのが紳士だが。
侍女達は扉を開けた相手が明らかに暗黒教団とは無関係な王子然とした美形青年が姿を現した事で、やっと助かったと感極まって抱き着いただけだ。
ただ冷静では無かったので服が破れている事を忘れてしまっていた。
そしてアレスが悲鳴を上げて逃げ出そうとしてしまった事で、破れた服が絡まり現在に至るという訳だ。
「実はダモクレスで入浴文化が広まったのは、アレスが広めたここ数年の話でね?
それまでは川で水浴びが精々だったんだ。で、当然ながら川に子供だけで入らせる訳には行かない。親がいない場合、幼子は女達が面倒を見る事が多い。
王族入りには時間がかかったんで、最初は平民の養子と一緒に過ごしていた。」
説明を引き継いだのは、呆れた顔の義兄アストリア王子だ。
「言っちゃなんだが、アレスはモテる。王族となってからは相応の扱いになったんだけど、その前は露骨な優良物件だった訳だ。
今なら紋章の事を隠そうとしてたのは分かってるんだけどさ。当時は殆どの者が知らされていなかったから、女性陣は挙ってアレスの面倒を見たがった。
うん。まあ、紋章は死守した分、大抵下は脱がされて追い回されてたよ。」
全員から生暖かい視線がアレスに注がれるが、アレスは笑顔を崩さない。
「あなた良くそれで女好き名乗れましたね。」
「女好きだもん!美女もオッパイもケツもくびれた腰も大好きだもん!
単に複数人の裸女に追われるのが駄目なだけだもん!」
服を着てれば大丈夫だが、裸で複数人に掴まると流石に震えが来る。子供の力で興奮した大人に対抗するのは普通に無理だ。下手に前世知識があるだけにはっきりと身の危険を理解出来てしまった。
とはいえ温泉が完成し、一人で入れる様になってから段々落ち着いたのだが。
「女好きを自称するあなたが側室を拒んだ理由が、やっと理解出来ましたわ。」
「違うよ?二股に対する拘りがあるだけだよ?」
因みに向こうに悪気が無かったのも分かっている。というか本気でビビってたと知ってちゃんと謝罪もされてる。そもそも夫がいる人達も普通に居たので、単なる悪乗りでしか無かったと頭ではちゃんと理解している。
まぁ、前世で男に迫られた時のトラさんがぶり返したのかも知れないが……。
「因みに女装に何か意味は無いんですよね?」
「別に女装に拘りは絶対に無いかな。」
(((あ。そっちにも何かあるんだ。)))
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全員人心地付いたので今後の展望を聞くと、やはりというべきか聖戦軍に身を寄せる方を選んだ。総本山の復興のためにも各地に散った神官達との合流は不可欠だからと、何より聖王家の面々が揃ったところで重大な話があると語った。
この辺の流れはゲームと大きく変わっていない様で少し安心した。
「では大司教様も医療班の一角として〔教会神官団〕を率いて頂くという事で。
担当は輜重隊の一環、戦後の救護班をお願いする形になると思います。」
「任されました。」
正直に言えば大司教が戦死している可能性も本気で警戒していたのだ。
何せこの総本山はゲーム未登場要素が想像以上に多かった。
〔大聖堂〕からは『浄化』スキルと同種の、それも遥かに上回る神々しい気配が漂っているし、建物内には【封印結界】と思しき魔力がそこら中に張り巡らされている。実際あれだけ中で魔法を使ったにも関わらず、聖堂自体には全く傷が付いていなかったのだ。
壊れた物はあくまで聖堂とは別個の、交換可能な建具や私物などだ。
隠し通路や隠し部屋、罠も数多く揃えられており、単調な円形の広間を囲む廊下と小部屋しか無かったゲームとは違い、迷路の様な複雑さがあった。
その半数近くにアンデッドが蠢いていれば、本当に無事なのかと疑いたくなる。
とはいえ残敵の掃討も終わっている。持ち出す物が無いかはイザベラ大司教にも確認したので、恐らくこれ以上は何も無い筈だ。
日を跨いで麓に戻ると、流石のカトブレス大公は既に再編を追えていた。
足の速い部隊で切り離したので、別ルートで帰国させる部隊の方が聖戦軍よりも後にカトブレス領入りする形になりそうだ。というかなった。
ゲームでは普通に帝国軍の大部隊と交戦となっていたカトブレス領だが、こちらは兵力も殆ど残っておらず、主力は逃亡を図り野盗化した部隊くらいだった。
カトブレス大公の積極的な協力もあって、掃討は数日であっさり終わる。
(さて。この辺に大したイベントは無いんだよな。)
強いて言うなら後は帰還中だ。帝国が最初に進軍して来て、先代聖王が討たれた因縁の地が今は〔死霊渓谷〕としてダンジョン化している。
だがこちらは聖都奪還の後の方が良いだろう。
ベンガーナでパトリック王子との合流を果たし、クラウゼンに帰国する一団を見送りながら聖都包囲軍の元へ東に反転。
遅れて単独で制圧に回っていたブラキオン大公が後から合流した。
これでようやく二万程度の軍勢となって、聖都ジュワユーズを目指す。
ブラキオン大公はさぞ焦った様だ。何せ指揮系統が統一されていて一番足が速い筈の老獪公が一番進軍が遅いなど、ワザと遅らせたかと疑われる状況だ。
進軍距離で言えばアレス達と大差無い。実際旧グラッキー領に突入した時は五分だったが、半月程度でグラッキー領を後にした時点で相当に驚いただろう。
進軍速度で言えば最短距離を進んでいたパトリック王子と概ね同程度、事前調査で奪還を決めていた砦は小さい物が中心でそれぞれ十数ヶ所。
但しパトリック王子が担当する地域は聖都包囲時の進軍経路だった事もあって、どう足掻いても二桁は無い。実際にはベンガーナへ兵を返す事が最大の目的だった部隊と進軍速度がほぼ同じという、驚異的な進軍速度だ。
加えて教会総本山の奪還という、要衝の攻略まで済ませている。
手を抜いたとは絶対に言い様が無いどころか、聖王国南側はモルドバル城塞から兵が引いた分重要度が下がり、先の戦闘の際に殆どが引き上げている。
多分大公は、単純に進軍するだけでも一月は掛かると踏んでいた筈だ。
(まあそれでも聖都到着前に間に合わせる辺り、侮れないのは間違いないがね。)
カトブレスが千程度になった以外は北方面軍の兵力はそのままだ。
パトリック殿下の諸侯は少ない砦で手柄を奪い合う形なので、旧グラッキー軍と聖王諸侯が南北で別々に攻略したと聞く。まあクラウゼン五千が減っただけで残りは聖都に合流してから包囲網側と半数ずつ帰国予定。詰まり一万以上。
ブラキオン大公は南西の端にある自領の制圧は帰国させた別動隊に任せ、自身の率いる三千だけで先行して合流していた。
制圧していない場所を制圧済みの様に言い張る。そんな真似が出来るのが単独軍の強みであり、自領を到達点にした場合の強みだ。
だが実の所、競争という形を演出したのは制圧を急がせるためだ。短期間で聖王国領土を奪還したという体裁さえ整えば良い。
老婆公の選択は正にアレスの望んだ通りの決断だった。
(ブラキオン公には実質未到達という弱みが残った。
カトブレス公もダモクレスに後れを取った以上、軽んじる事は出来ない筈。これで二大公より優位に立てた。)
これで聖都攻略の間は主導権を握る事が出来るだろう。
予想外はそれなりに有ったが、許容範囲だ。それに嬉しい報告もあった。
「何、帝国からの援軍は来ない?本当か?
帝国は本気で皇太子を見捨てる心算なのか?」
合流したアレスの報告に、リシャールは驚きを隠せない。正直アレスは聖都奪還前に増援軍を先に叩くのが本命だと思っていた。
実際アレスもその可能性はあると思っていたのだが。
「正しくはその余裕が無くなった、という状況です。
只今帝国では、旱魃による大飢饉が発生しています。
夏の初めに皇太子の為にと大量の兵糧を掻き集めてしまった今、彼の地では圧倒的な食糧不足が発生しているのです。
進軍以前に帝都では食糧価格の高騰が続き、十倍だろうと即座に売れる始末。
最悪今年の冬で住民の数が半減する試算すら出ています。
我がダモクレスの商会も山林に潜伏し、人里での商売を控えさせました。」
(((んん?ダモクレスの商会は、帝国領内に隠し砦でも築いているのか?)))
そう言えば前に食料を買い漁り食料価格を釣り上げているとか何とか。
あと皇太子用に掻き集めた兵糧を、全てベンガーナ攻防戦の際に回収し聖王国の懐に収めたとか……。
「今回の聖都攻略の際、海底のマーメイド王国との国交を樹立し国家として認める代わり、マーメイド族傭兵を味方に引き入れたとの事だったな?」
「「「なぁっっっっ!!!!」」」
「はい。初期段階の交易はダモクレスが主導しますが、聖都奪還後には聖王国でも正式に公表して頂ければと。」
「お、お待ち下さい!《紋章》の無い集団を国家として認めるなど前代未聞です!
聖王家の正統性が失われてしまうではありませんか!」
「そうだ!流石に越権行為が過ぎるぞアレス王子!そんなものは単独で決めて良い事では無い!何故先に会議の場で検討せぬ!」
「そうだ!人族以外を国家として認めるなど在り得ぬ話だ!」
聖王諸国が一斉に反発するが、義勇軍側はむっとするが驚かない。そもそも彼らは把握していない様だが、既にバードマン王国承認という前例がある。
「そうか、やはり誤解があるか。では改めねばならんな。
そもそも聖王家は、《紋章》によって正当性を主張している訳では無い。
聖王家は、邪龍ヨルムンガント討伐を以って世界を統一した統一王朝である!
《紋章》の有無で聖王家の正統性が覆るなど、言語道断!履き違えるなッ!!」
「「「っ?!」」」
リシャール第二王子の喝に、アレス達ダモクレス、聖王家以外の各国諸侯全員が驚愕しながら姿勢を正す。
「《紋章》はあくまで聖王家が各地諸侯への統治権を認めた証である!
世代の継承によって王家以外にも《紋章》が溢れたが、紋章所有者の数だけ統治者が増えた訳では無いのを忘れたか!
お前達の王家が全て聖王家の承認を得ている事を、忘れた訳ではあるまいな!」
「「「い、いえ!滅相もありません!」」」
「殿下、諸侯の中には長年の戦火や世代交代で一部伝承を失伝した国も有ります。
当時他種族の王朝があったとは確認されていなかったとお聞きしますが、実際の国家承認の手順はどの様になっているのか。
これを機に改めてご説明頂ければ幸いです。」
アレスが恭しく一礼し、一同の代弁者役を務める。だがこの発言一つにも諸侯を動揺される一文があった。
(((な、何?他種族の王朝が存在しなかった?
まさかそれが他種族の王家が存在していない理由だというのか?!)))
「良かろう。そもそも聖王国の国家承認とは、大陸の代理統治権である。
いわば各地の王家とは、聖王家にとっての代官だ。
《紋章》は各王家に与えられた、武力と血統の裏付けであった。故に《紋章》が無くとも相応の力があると認めれば、バードマン王国の様に統治権を承認する用意が聖王家にはある。」
((ば、バードマン王国の国家承認は、既に済んでいる?!))
「マーメイド族に関しては、実は聖王家としても悩ましい点があった。
聖王家は大陸以外、つまり海底に国家が成立しうる可能性を考慮していない。
そもそも海の現状は把握出来ていないからな。だが独立国家として扱う場合に、人族への自由な搾取を認める事は出来ん。
そこで交易によって先ず双方の情報交換と権利から保障しようという提案が持ち上がったのが、今回の一件だ。
結論から言って、邪龍ヨルムンガントに協力する事が無いと確約出来るのなら、国家承認に問題が無い、という結論を聖王家は下した。」
「で、では我々に説明が無かったのは……。」
「その説明こそが、今だ。
秘密裏に、というよりマーメイド族の国家の代表者と接触が取れたのが最近で、仔細はこれからの話となる。
前段階の交渉をダモクレスに任せ、形が出来たから皆に公表した。
先ずダモクレスとマーメイド国で国交を樹立させ、次に聖王家側で問題点を洗い出して正式な検討を始める。
これはそのための手順である。」
自分達が決定から排除されていた訳では無いと分かり、諸侯の間に安堵の空気が広まるが、同時に緊張感を増す諸侯もいる。
詰まりマーメイド族の傭兵参戦は、聖王国にとっての品定めだと気付いたのだ。
「という訳だ。アレス王子、マーメイド傭兵参戦の件、正式に許可する。
見事聖都奪還を果たして見せよ!」
(((はっ!まさかコレは聖都攻略の秘策?!
アレス王子は最初からマーメイド族の準備が整うのを待っていたのか?!)))
「はっ!必ずやご期待に応えて見せましょう!」
(((い、一体何処まで準備を済ませているのだ、アレス王子はッ!!)))
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「お待たせしました、イザベラ大司教。
それで、我々にしか話せぬ一大事というのは?」
あれす「諸君。計算通りと計画通りの間には、断崖絶壁が存在するという事を覚えておき給え(吐血)。」
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