73+1.間章 スリ師の手袋
※割り込み投稿です。後編もこの後即投稿いたしますのでご注意を。
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グラッキー領の領都ダグラスター。
闇組織ブラッドロアを壊滅させたアレスは、事実上の代官として様々な決済と進軍の為の下準備に係り切りになっていた。
嘗ての代官はブラッドロアからがっつり賄賂を貰っており、前グラッキー大公も非常時の汚れ役として彼らの暗躍を黙認していたと判明した。
実は暗黒教団の事も薄々察していた気配があり、アレスが持ち出した資料の類は迂闊な相手に確認を任せる訳には行かなかった。
幸か不幸か対価として、押収物の扱いは全て自由にして良いとの合意を得たので決して悪い事ではない。何より中には非売品を初めとした貴重な魔具が紛れていたのだから、アレスとしても文句は無い。正直得したと思っている。
だが中にはやはり、扱いに困る品々も存在する。
「う~ん、〔スリ師の手袋〕か……。」
〔スリ師の手袋〕とは原作ゲームで敵に攻撃した際、時々金銭を盗む魔法の手袋と、その対となる小袋だ。
低確率で金銭の代わりに回復アイテム、「アサシン、忍者、バルバロイ」からは攻撃アイテムを盗める財テク系の便利装備だ。
ぶっちゃけ他に必要な装備が多過ぎて今まで使う機会がなかった。そう、非売品アイテムなのでアレスが既に持っているのだ。
だが逆に言えば、予備があるので秘蔵する必要が無くなった。
何なら原理の研究用に一つくらい譲渡しても問題無い。むしろするべきだろう。
という訳で、魔導具の研究者でもあるジルロックを呼び出したのだが。
「ボクとしてはこっちの〔バルバロイの紋章〕の方が気になるかなぁ。」
「〔バルバロイの紋章〕か……。」
これはその名の通り、バルバロイに転職するための呪具だ。
用いると刺青として肉体に刻まれる、紋章に似た効果を持つ呪具だと言える。
一旦刻めば解除出来ない代わり、錬金術師なら量産も割と容易いという。
「詰まりコレさえ入手出来れば誰でもバルバロイに転職出来るのか。」
クラスチェンジは紋章持ちにしか儀式を行えないが、ゲームでは終盤に進むほど立場無関係に昇格済みの者しか現れなかった。
だがこの世界を参照してゲームが出来たとすれば、少々不自然な話になる。何せ昇格は貴族が配下に褒美として行う秘術でもあるのだ。
帝国関係者なら未だ話は分かる。
〔中央部〕も没落貴族やらを考慮すれば、ギリギリ有り得る。
けれど一介の盗賊達が全て昇格済みなのは、流石に不可解過ぎる。
本来ハイクラス化後に逃亡した者以外、ハイクラスの犯罪者が現れる筈は無いのだから、ハイクラスの犯罪者は全て賞金首であってもおかしくないのだ。
そういう意味でもバルバロイという道具一つで転職出来るクラスは、それが他のハイクラスより一段劣るとしても有益だ。
故にゲームの都合だけでは無く、何か裏の転職ルートがあると見るべきだろう。
そこでふと、アレスは片手間で読み進めていた書類を一つ取り上げる。
「っと。コレ、手掛かりだな。
どうやら連中〔裏教会〕って下請け組織から仕入れてたらしいぞ。」
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現地で部隊を動かせるよう巧妙に別件で手配して、複数個所に派遣する形で包囲網を形成する下準備を終える。
(教会。確か唯一神と精霊を崇める神官達の組織で、神の教えを正しく伝承し神に与えられた神聖魔法を広める事を教義としている。だったか。
公式には王族紋章を保有していないため、簡易版の基礎クラスしか出来ないって話だったけど……。そんな訳ないよなぁ?)
王家の身内に神官が存在するのだ、教会に紋章が流れない訳が無い。
そもそも王家の手を借りたとは考え辛い。例えアカンドリの様な犯罪天国国家であっても、いやだからこそ権威の裏付けとなる武力は独占する筈だ。
そして絶対に腐敗しない組織など有り得ない。教会にも相応の腐敗があると見るべきだろう。例えば、献金次第で色々優遇してくれるような。
しかも教会には表向き国境が無い。神の教えを広める事が目的だから俗世の政治とは距離を置くべき、というのが教会側の公式見解だが。
(全世界規模の完全統治は聖王国だって不可能と判断し、現地任せにした程だ。
何処かの教会が権力や金銭に溺れたって分かりゃしない。)
だが実の所教会は、とある理由で監視がし易い。
実は教会には建てられる土地に制約があるので、適当な場所に建てて済ます事が出来ないのだ。
だからこそ教会の周辺には民家を始めとする建物が集まり易いのだが。
「ヒャッハー!御機嫌よう犯罪者諸君っ!
御用改めだ神妙に致せェッ!!」
首尾良く職務からの脱走を果たしたアレスは、事後承諾で現地の密偵方武将達を巻き込んで。
地元型暴力組織〔ダグラスタリオン〕をガルム部隊で包囲して強襲した。
「ててて、てめぇら何処の組織のもんだ!
俺達〔ダグラスタリオン〕に手を出したらどうなるかってぎゃぁ!」
「出てくる奴らは片っ端から〔投網〕に放り込め!
身の潔白は連行した後だ!この建物内にいる時点で全員灰色だというのを忘れるなよ!ココに貴族が居たら絶対に逃すな!!」
「や、やべぇぞ、アレス王子だ!早く逃げねぇと!
バカ、〔ブラッドロア〕を血祭りにあげた連中だぞ!勝ち目なんかあるか!!」
おっと冷静ですね、だが無意味だと用心棒を手際良く切り伏せる。
建物の中に一斉に〔眠り玉〕と〔煙玉〕を放り込むと、中から怒号と悲鳴と乱闘が始まって阿鼻叫喚の大騒ぎだ。
「う~ん、金の暴力ここにありだね。」
ジルロックはアレス共々ノリノリで投げ込んでいるが。
〔防塵マスク〕で顔を隠した二人のアサシン、クレイドールとジョニーは目付きだけで分かる味わい深い表情で、小店舗同然の密売組織の惨劇を傍観している。
真昼間の町中で襲撃されると思っていなかった彼らは混乱の最中にあり、一方的過ぎて組織だった反撃すら出来ない。
慌てて飛び出した連中は、一斉に投げ散らされる〔投網〕の餌食になっていく。
前世だったら眠り薬の使い過ぎが気になっただろうが、こっちではどれだけ吸わせようが後に引かない優れものだ。
お陰で麻痺薬の類は殆ど発達していない。
とはいえいつまでも外で見てる訳にも行かない。
この手の建物は隠し通路で脱出するのが定番で、〔防塵マスク〕は聖戦軍よりも彼らの方が専門家だ。
「まぁハイクラス軍隊に攻め込まれたチンピラ組織がどうなるかなんて、考えるまでもなく分かり切っているよね。」
隠し通路までは無かった。精々が裏口や隠し出口、地下室程度だったので本当に一人残らず捕縛出来ました。
まあ流石に建物周辺にいなかった連中には手が及んでいないが、この手の組織の定番として刺青がある。関係者は次々と検挙されていた。
「く、くそ。お前ら如きお貴族様に話す事なんて何もねぇぞ!
大体お前ら証拠があってここに踏み込んでんだろうな!」
「黙れ悪党!そういって何人の罪無き人々を苦しめた!」
ノリでぶん殴ると後ろから服を引かれた。しょうがない真面目にやるか。
明らかに真っ当じゃない用途の地下室は、今彼ら自身を拘束するために使われている。長々と時間をかけるつもりもないので、この場で尋問するためだ。
「証拠も何も我々が最高権力者だぞ?お前達暴力組織を討伐するのに命令以外必要無かろう。それに証拠は現在進行形で押収している。
後はお前達が素直に吐くかだけだ。勿論抵抗してくれて良いのよ?
ゲ~~~スゲスゲス。」
ちょっとこの建物で押収した怪しい毒物の資料がありましてですね?
何でも拷問用のお薬らしいんですよ。効果の程を、確かめてみたいなぁ~って。
「ク~~ズクズクズクズ。
アレスアレス、ココに処分に困った有効期限切れの回復薬があるんだ。
これを彼に使う序でにちょっと作ったはいいけど使い道の無い、尋問用魔法薬を試させて貰えないかい?」
「ちょっと止めてくださいよ!アンタ等人間を何だと思っているんですか?!」
「「人権を失った死刑確実の犯罪者達だろう?」」
幹部達が青褪める傍らで、真顔になった髭の右腕幹部が必死で抵抗を試みる。
だがお試しに麻薬と思しき薬を飲ませて痺れ薬を浴びせ、止めに被れ薬をズボンの中に放り込んで一旦効果が表れるまで壁の脇で放置する。
詳しい話は後で聞き出せばいい。まるで芋虫の様に暴れたが、その分他の薬が効き始めると泡を吹いて崩れ落ちる。
「げ、外道!お前達には人の心が無いのか!」
「馬鹿野郎!よくも白々しくもそんな事が言えたな!
お前達が無理矢理借金を負わせて何をやってたか、自分の胸に聞いてみろ!」
顔面を殴るとまた裾が引かれる。
いや今回は駆け引きなんだけどと、流石に視線で抗議しようと振り向くが。
裾を引っ張る誰かは、見当たらない。
「どうしたアレスの旦那。」
「いや、何でも……。」
クレイドール達は後ろで壁に背を預けながら周囲を警戒している。
仕切り直して。
「人の事言えた義理かこの外道共め!
お前らが何を密輸してたか分かっているのか!」
「なんで殴り直した!」
ボディブローの直後裾を引っ張られ、即振り向くが誰もおらず。
反対側のジルロックかと顔を向けると、当の本人は無言で顔を下に向けて、袖を指差した。
裾が重みでやたらと下がっている。どうやら引かれた訳じゃなく、何かが入れられたらしいと気付いて裾の中の小袋を取り出す。
「それ、〔スリ師の手袋〕の片割れ?」
「ああ……。」
そういえば攻撃した相手の所持品を盗むアイテムだったかと気付き、少々気拙い内心を隠して中身を取り出すと。
先ず金貨や宝石類が少々と、攻撃アイテムが幾つか。
その中で一際異色を放つのが短剣状の鍵と、花柄表紙の装飾本だった。
「え、何これ。」
「なっ!ば、バカな!それは隠し金庫の鍵?!
俺の家の床下に隠した筈なのに!」
金庫番の幹部が慌て出し、傍らでボスが見る間に青褪めていく。
「何々?えっと、月見るメルシー?
……今日の星空は花柄模様、まるで笑顔が素敵な君のよう。
キラキラ輝く星屑が綺麗?お月様が笑ってる?」
「ぉぉぉぉ鬼!悪魔!外道!人殺しィィィィッ!!!!!!」
花柄本を読み上げたアレスが頭を捻る前に、ボスが絶叫した。
「え?あ、ポエムノート?持ち歩いてるの?」
「いやアレス、物理的に隠せなくない?」
ジルロックと顔を見合わせ、視線が小袋に集う。
そもそも彼らの話を総合すると、当人の宝物が距離関係なく指定されている様な違和感を……。え?そんなん術式で再現出来るの?
「「…………。」」
二つある〔スリ師の手袋〕を見比べると、アレスが今使っていた手袋の方は。
……心なしか、表面の術式が只の模様になっている様な……。
「「………………………。」」
「ふむ。〔裏教会〕について知ってる事を洗い浚い喋って貰おうか。
後で嘘や誤魔化しが発覚したら、分かっているね?」
自分でも分かるくらい味わい深い表情で、アレスは〔手袋〕の件を保留した。
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「結論から言って、〔裏教会〕ってのは元々の教会を地上げして中身が組織の幹部達と入れ替わった偽教会の事らしい。」
昔には裏社会で復権を図ろうとした元王侯貴族もいた様だ。
身を持ち崩した《紋章》持ちにとって、破落戸相手に武力勝ちする事はそこまで難しくは無かったという事か。
とはいえ公然と武力を持てる国と犯罪組織では、真っ向勝負するのも難しい。
下手に国を支配下に置いてしまえば、犯罪で弱体化した国など他国のカモだ。
貴族以外の《紋章》持ちなど王位継承権を危うくする存在なので、実は平民より罪状が重く割と簡単に処刑される。
《紋章》を封印する手段は大国にしか伝承されておらず、重罪人貴族が助かる為には降格か剥奪の上で身元引受人に補償金を立て替えて貰うしかない。
身元引受人は国境を選ばないが、用意出来なかったら処刑一択だ。
「つまり希少ではあるがドロップアウトした《紋章》持ちが犯罪組織に加わると、クラスチェンジ儀式で勢力を拡大出来る。
そのために乗っ取った教会全般を指して〔裏教会〕って呼んでた訳か。」
つまり特定組織を指した用語では無かった、という話だ。
まあ少なくとも大部分が暗黒教団の事を知らない連中だというのは朗報だ。
とはいえ昇格儀式を行える土地は、何処でも良い訳じゃない。
近隣一帯に強い精霊の力が必要であり、全ての国が確保出来ない程度には貴重な土地なのだ。
だからこそ昇格儀式を行える土地は、必ず国か教会が確保している。
治安回復のためにも犯罪者如きに、自由にされて良い場所じゃない。
「ああ。んでもってこの手の組織は地元権力と繋がる事で安全を確保している。
正当法で罪に問えばあっさり逃げるか無罪になるから、強権任せに殲滅するのが一番安全で確実なのさ。」
領都ダグラスター内で儀式が行える場所は二ヶ所。
一ヶ所は当然グラッキー大公家の管理下だが、問題のもう一方は本来教会管轄下にある筈の土地だった。
だが何代前かの大公が戦火で近隣が焼かれた際、敢えて復興せずに荒れるに任せ教会が諦めて手を引くまで放置したらしい。
そして廃墟となりスラム化した土地に放火して残る人々を追い出し、廃墟に迷彩した隠し砦を築いて私物化。
記録に残さない極秘部隊を編成するため、犯罪組織を結成し隠れ蓑にした。
「……此処まで説明すれば凡そ推測は付くよな?
ブラッドロアなんて組織が領都内で幅を利かせられていた訳が。
あの組織の真の黒幕であり、連中をスケープゴートにしていた存在が誰か。」
領都外れの森林地帯、通称〔廃墟林〕。
隠し砦のある森を包囲して封鎖するのは、アレスが突入した騒動に気付いて駆け付けた聖戦軍の将兵達だ。
部隊を率いていたカルヴァン、レギル両王子は疲れた顔で事情を聞いている。
いや、どちらかと言えば巻き込まれたくなかった顔か。
何せアレスは今の今まで乗騎を走らせながら説明していたのであり、包囲網の理由は今理解したところだ。
当然城に居るヴェルーゼ皇女、ミレイユ聖王女両名はアレスの現在位置は愚か、失踪した理由も知りはしない。
後で何が起きるか、察するに余りある。
「つまりあれか。
俺達は黒幕であるグラッキー大公一族を失った、〔裏教会〕の連中が妙な暴走をする前に討伐する。
そういう話で良いんだよな?」
「「「…………。」」」
空気を読み損ねた義賊クレイドールが、頭を捻りながら現状をまとめる。
そうなんだよ。既に連中の後ろ盾を先に討ち取っちゃったから、隠し砦の連中が今何を考えているのか。
全っ然読めないんだよなぁ……。
申し訳ありません!コレ、本来教会奪還作戦の前に投稿する筈の分、前半です!
適切な場所に差し込むため、今回予約投稿しておりません!
普段通りの投稿分は別に投稿させて頂きますので、どうかご容赦を!
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