それは、
朝。痒志は目を覚ますと、
「私が起きたぞ!」
と叫び、枕元のボタンを押した。すると、痒志の寝ていたベッドがバネによって跳ね起き、痒志はその力によって部屋の屋根を突き破って飛んで行った。
これは痒志のモーニングルーティンである。
痒志は朝が弱い。そのため、起きたらそのことを自分に宣言し、強制的に学校に飛ぶことにしているのだ。痒志は空を飛びながら、あらかじめ持っていた制服を着て、着地の準備をした。
しゅた、という音と共に、痒志は着地した。
「ろくでもないね。」
鞄の中から手が伸びて、親指を立て、またすぐに引っ込んだ。
痒志は常識人である。少なくとも、相対的には。だから、周りの人間がどれだけ狂っているか理解していた。
しかし。空は依然、綺麗なままである。
痒志は胴体よりも前に膝が出ないような姿勢で走り出した。指数関数的に速度を上げていく。いつもなら周りの人間の方から避けていくのだが、今日は避けない人間がいた。痒志はもちろん激突した。
ぶつかられた方の人間は空高く吹っ飛び、星となって消えた。
「あぁ、星になってしまった。」
と痒志が言うと、
「星になってねーよ!」
という声とともに、さっき飛んで行った人間が痒志の元に飛んできた。
『痒志が飛んできた相手が途轍もなく怒っていることをその鼻息から感じることができる距離』にまで二人が近づいた次の瞬間、痒志は飛んできた相手をひらりと見事に避け、当たる相手を失った人間は校庭に激突し、頭から地面にめり込んだ。足が伸びてプルプルと震えている。
多分、脳震盪だろう。
痒志は、流石にスルーはできないと思い、地面から出ている両足を掴み、力を込めて上に引っ張り上げた。すると、ぬるっ、と音がして、地面にめり込んでいた人が救出された。
痒志は常識人なので、空から飛んできた相手に対し、
「ぶつかってくるとは何事だ。非常識じゃないか。危ないだろう?」
と諭したのだが、相手は、
「先にぶつかってきたのはそっちだろ!」
論点をずらすばかりで、反省しようとしない。
痒志はその態度が気に入らなかったようで、その相手の足を再び掴むと、がっつりと地面に埋めた。
人に言われた指摘は、素直に受け止めろよ。埋めるぞ。
痒志はとても怒っていたが、六・五秒数えた後、地面に埋まったその人に対して、
「あなたの名前は何ですか?」
と聞いた。怒っていても、コミュニケーションは大事である。
相手は、地面に埋まったまま、こう答えた。
「矣沢而男。」