さて
痒志は海に来ていた。
而男も海に来ていた。
つまり二人は海にお出かけに来たわけである。
「綺麗な景色じゃないか。そうは思わんかね而男?」
痒志は一般的な日本男児である。海を見たら綺麗だと感じる。
しかし而男はそうは感じていなかったようだ。
「肝心の海がルッコラで埋め尽くされてるなんて、綺麗に感じれるわけないだろ!」
そういって怒る。彼には彼なりの美学があるようだが、しかしここはマジョリティの世界。海を見たら綺麗と思わなければマイノリティである。
「なあ而男。逆張りでカッコつけたい気持ちもわかるが、やはり口先だけでも周りに合わせるべきだぞ?ほらお前に向けられている白い眼を自覚しやがれ外道。」
痒志がやさしく諭しているにも関わらず、而男は泳ごうともしなかったのだった。
帰りの電車で痒志は、暗くなっていく水平線を横目に、寂しそうな顔をしていた。
「どうした?遊び足りなかったのか?」
心配して声をかけるが、痒志は首を振るばかりであった。
「いや、今日はとても楽しかったよ。」
而男が、じゃあ何でそんな悲しげなんだと訊ねる、その前に彼が口を開いた。
「だけど、もうすぐお別れだからな。」
「ああそういうことか。」
確かに、この旅も終わりが見えてきた。
しかしそれは、二人の終わりではない。
「また会えるさ。必ず。」
而男は確信をもって言った。
そして、それを聞いた痒志は嬉しそうに而男に銃口を向けたという。
二人は、終着駅で別れを告げると、逆方向に歩きだした。
少しの寂しさ、不安を抱えながら。しかし、彼らの心には。心には、明るく輝く希望があった。
いつか再会するその時まで、さよならだ。