悪夢
『心利、早く来いよ』
私の目の前に大きな手が出される。
それを私の小さな手が掴んで、おぼつかない足取りで一歩ずつ踏み出す。
いつの記憶だろうか。
自分の体を見下ろしてみると、水色のスモックを着ていて、昔お気に入りだった赤い靴を履いている。
『まってよぉ。おにいちゃぁん』
場面が切り替わって、前を走る少年の後を追う私。
少年は笑いながら、『遅いなぁ、心利は』なんて無邪気に笑っている。
少年が道路の向こう側の公園に走って行った時、私の視界がガクンッと低くなった。
転んだのか、と理解すると、突然私は泣き出した。
『ふぇぇえん…いたいよぉ……おにぃちゃぁん…っ』
その泣き声を聞きつけたのか、慌てて少年がこちらに向かって走ってきた。
やめて。
『あしいたいよぉ…』
こないで。
『おにぃ――』
「こないでぇモガッ!」
叫び声をあげそうになった私の口は、白くて綺麗な手によって塞がれた。
「バカッ、静かにしろ!」
その聞き覚えのありすぎる声に振り向くと、濃い緑色の瞳とぶつかった。
「ハ、ル…?」
あれは夢、だったのか…?
最悪だ。なんて夢を見てるんだ、私は。
「大丈夫か?ケガはないだろうな」
「あー、うん。多分…」
今だ覚醒しない頭で返事をすると、心なしかハルの表情が和らいだ…
「お前にケガされると、後で慰謝料取られそうだからな」
気がした。
気がしただけだ。
やっぱりこんな奴大っ嫌い!
「って、何でハルが慰謝料なんて出さなきゃいけないの?
別にハルのせいじゃ……」
「………」
「おい、こっち見ろ」
視線を反らしているハルの頭を掴み、無理矢理こちらを向かせる。
ゴキッ、とかいう音がしたけどそんなことしるか。
こちらを向かせたにも関わらず、ハルは視線を合わせようとしない。
「正直に言ってよ。
この変な出来事はハルが起こしたの?」
「…起こしたというか、その、間違えたというか」
何をどう間違えたらこんなことになるのか是非聞きたい。
心利は呆れたように溜息をつくと、ハルの頭をペシッと叩いた。
今のハルはイタズラをしてそれがバレて怒られた時の子供のようだ。
だから、強くしかることもできない。
いつものあの、自信満々な態度はどこへいったのか。
「あんまり詳しいことは聞かないけど、この状況、元に戻せるの?」
「それは大丈夫だ。この中からボスを見つけ出せればいい」
「ボス?何そ――」
「ギャァァァアッッッ!」
心利の声を遮って、叫び声が校舎内に響き渡った。
とっさにハルが反応し、隠れていた用具庫から飛び出す。
「ちょっと…っ」
心利も立ち上がるが、先程の釜茹で寸前の光景を思い出し、立ち止まる。
しかし、その間も悲鳴は止まらない。
「…しょうがないなぁ」
意を決して、心利は飛び出した。
向かうは悲鳴の上がる一階!
過去編みたいな。