逃亡劇
教卓の裏で息を殺して暫く。
どれくらい経ったかは分からないが、不意に冷気が少し修まった。
が、それと同時にミシリ、ミシリ…という音が教室に広がる。
その音は徐々にこちらに近づいてきて……。
嫌な汗が頬を伝う。
背筋を何かが這いまわるような感覚が襲う。
背後にいるハルも、体を強張らせていた。
ミシ、ミシリ……
すぐ側で止まったその気配に、ギュッと目を閉じた。
「いやぁ~、熱々ですね。お二人さん」
「……へ?」
そぉ…っと目を開けてみると――
「久しぶり、心利ちゃん」
「……京、さん?」
相変わらず空気を全く無視して爽やかに笑う吉川京さんがいた。
「な、何でここ」
口を開いた瞬間、ドゴッと鈍い音がして京さんが壁に吹き飛ばされた。
「っ……たいなぁ、ハル君」
顔を歪ませてお腹を押さえる京さん。
私は隣から発せられる怒気と殺気に体が強張るのが分かった。
「お前か……」
「ハハハ、何のこと?」
「お前があいつを……」
「だ・か・ら。何のことか分からっ」
京さんの言葉を最後まで聞かず、再びハルは京さんに殴りかかった。
が、次は拳を受け止められ、ハルは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「血気盛んなのはいいけど、そんなことしてていいわけ?
早くしないと、また彼女が――」
意味深なことを言いながら京さんは薄く笑み、ハルの手を離した。
忌々しげにハルは京さんを一瞥すると、私の手を掴んで教室の出口に向かって歩き出す。
「えっ、ちょ、ハル?どこ行くの?」
「逃げる。学校から」
「逃げ……っていうか、京さんは」
引っ張られながら振り向くと、教卓付近には誰もいなかった。
「え……何で?」
確かにさっきまでそこに京さんはいたのに、一瞬のうちで誰もいなくなった。
辺りを見回してみるものの、教室内には私とハル以外誰もいない。
訳が分からず首を傾げるが、その理由を今ハルに尋ねることは無理そうだと思い、引っ張られるまま私は廊下に出た。
「あー……まったく、思いっきり殴りやがって」
さっきハルと心利がいた教室とは反対側の教室の壁にもたれ、京はグレーのポロシャツを捲った。
白い肌とは対照的に、腹には青黒い痣が出来ていた。
「加減ってものを覚えてほしいもんだね……っ」
微かに顔を歪め、その場に座り込む。
殴った本人の顔が頭をちらつき、ついつい口角が釣り上がるのが分かった。
あの子の周りでは何て面白いことばかり起こるんだろう。
あぁ、楽しい。
楽しくて仕方がない。
思わず笑い声が漏れそうになるのを堪える。
これから一体どんなことが起こるのだろう、と想像しながら。
一方、京が反対側の教室にいることに全く気付かず、ハルと心利は階段を駆け下りていた。
先程まで弱くなっていた冷気は、階下へと向かうごとに、再びその強さを増していた。
おそらくさっきの女は一階にいるのだろう。
この冷気は女が近くにいればいるほど強くなった。
つまり、冷気の弱い場所にいれば安全だろう。
しかし、それでは学校を抜け出すことは出来ない。
朝になってこの騒動が終わるとも限らない中、学校内に居続けることは自殺行為だ。
それにこのまま朝になって生徒が登校してくれば、騒ぎは更に拡大するばかりだ。
ならば結論は一つしかない。
ハルは後ろから必死に後を追ってくる心利を見て、唇を引き締めた。
何よりも先に、彼女を守るために。
やっと続き書けました。これだけ書くのにどれだけ時間かかってるんだ、自分ww すいえば、第一シリーズなんですが、現在裏で加筆修正中です。前からちょくちょく書いてますが、何話かにまとめちゃいます。けっこう大幅に加筆が増える可能性があります。申し訳ありません。それでは。