時計
『――え』
声が聞こえた。
『――くえ』
誰かを捜しているかのように、悲痛な声で。
『いく――』
「起きて、心利ちゃん!」
いきなり体を揺さぶられ、心利は勢いよく飛び起きた。
「……何?夢?」
額に張り付いた前髪をかき上げながら、心利は目の前に座る少女を見た。
しかし、その顔を見た瞬間、ザッと後ろに後退する。
「え、ちょ、あなた!」
「な、何?心利ちゃん」
おろおろしながら、その少女は不安げな顔でこちらを見つめてくる。
「何って……だってさっき!」
「さ、さっき?ごめんね。私気づいたらここに居たから」
「ここって……教室?」
あれ?私って廊下に居た、よね?
そんなことを思いながら辺りを見回すと、濃い靄に紛れてうっすらと黒板や机が見えた。
「……本当に、何も覚えてないの?」
「お、覚えてないよ」
それを聞き、心利は少し肩の力を抜いた。
いったい何が起こっているか知らないが、ただ一つ、分かっていることはあった。
「また訳の分からない世界に……」
頭を抱えながら、心利は次何をするべきかを考え始めた。
「……寒い」
意識がはっきりしてきて開口一番、ジャンヌはそう呟いた。
周りには濃い靄が立ちこめ、視界には白しか映らない。
状況を確認しようと起き上がろうとしたが、体はなぜか動かない。
「ウグゥゥゥゥッ!」
声を上げて体に力を入れるも、指一本ピクリとも動かない。
「……ハァッ」
諦めて体の力を抜き白い世界を見つめる。
誰か来ないかな、なんて希望を持ってみたが、その希望を打ち砕くかのように、ボーンボーンと時計が鳴った。
「もう12時か……ん?」
自分で言った言葉に、ジャンヌは疑問を抱いた。
なぜ自分は今、12時だと分かった?
この学校に音がなる時計なんて無いし、時計が鳴ったのかどうかも分からない。
全く別の物が鳴ったかもしれないじゃないか。
それなのに、なぜ自分は時計が鳴ったと思ったんだ?
「-―それはね」
「っ!」
ふわりと、その場に着地した人物に、ジャンヌは目を見開く。
黒いシルクハットに、白いタキシードとマント。
右手には金の、左手には銀の懐中時計を持ちながら、その人物はこちらを見つめてニィ…と笑った。
「ハジメマシテ。いや、お久しぶりかな?」
「何であなたが……まさかっ!」
何かに気づいたようにハッとしたジャンヌに、そいつは正解、とでも言うように笑みを濃くした。
瞬間、凍りつくジャンヌの表情。
「待って…お願い…もう少しだけ……」
必死に懇願するも、その人物は躊躇わずにシルクハットに付いていた紅色のバラをブチッと引き抜くと、床に落とした。
途端、光り出す花弁。
その光はどんどん強くなり、ジャンヌの体を包み込んでいった。
「待って!待っ――」
パァッ!
一層強い光がジャンヌを飲み込んだ。
それが消えると、ジャンヌの姿はそこから消えていた。
ジャンヌが居た場所を見つめ、そいつは言った。
「もう十分すぎるほど待った。タイムリミットだよ、ジャンヌ」
言うが早いか、そいつはマントを翻すと、その場から消え去った。
一枚。
残った紅い花弁が、落ちていた。
謎のシルクハット登場!一人は出したかったんだ…こういう明らかに人じゃねぇよ、みたいなキャラ←