転校生
呆然とするハル。
しかし、一松はヘラヘラと笑うだけ。
「うちも有名みたいやねぇ。ハジメマシテ、うちは夜河一松。よろしゅう」
そう言って差し出された手に視線を移し、ハルは何かを言おうと口を二、三開閉させたが、すぐに黙りこくってその場を立ち去った。
一松は手持ち無沙汰になった手を軽く振り、唇を尖らす。
「なんや冷たい人やねぇ」
「え、えっと…そんなことはないんだけど……」
慌ててフォローしようとする心利。
しかし、一松は心利を制す。
「ええって、別に」
そう言いながらハルが去って行った方を見る一松の瞳は、驚くほど黒かった。
瞬間的に口を閉じた心利だったが、底冷えするような寒気が消えなかった。
「まったく天照さんは」
そんな雰囲気から抜け出させてくれたのは、腕組みをして怒っているジャンヌだった。
「初対面の方にあの態度はないでしょう!
ねぇ、心利さん?」
呼ばれて、私は慌てて「そうだね…」と言っておいた。
さっき一松から感じた寒気はいったい何だったのか。
ジャンヌはそれを感じなかったのか。
いろんな疑問が浮かんだが、私は思考を中断させた。
ハルのあの様子だと、何か一松について知っているのだろう。
そして、それはまた、自分が踏み込んではいけない世界なのだろう。
心利は諦めたように溜息を吐くと、チラッとハルの歩いていった方を見た。
あの事件以来久しぶりにハルと口をきいたが、嬉しさがこみ上げると同時に、話しに行くんじゃなかったと思った。
自分は話せて嬉しくても、ハルはそうじゃなかった。
ハルにとって、自分は迷惑でしかなかった。
そう考えると、涙が出そうになった。
しかし、一松が居るこの場では泣くこともできず、心利は唇を噛んで二人の顔を見た。
「教室、戻ろうか」
そう言った瞬間、自ら糸を切ってしまった気がした。