吉川京
心利が洗面所に駆け込んでいったのを見て、ハルは今まで蚊帳の外だった京を睨んだ。
京もその視線に気づいたのか、ハルに向かってニ、と笑った。
「今更何しに来た。吉川京」
ハルのその目には、明らかな憎しみが篭っている。
しかし、そんな視線を向けられても京はヘラヘラと笑う。
「今更って程でもないと思うけどね、ハル君」
「今更だ。父親に言われて来たのか」
「自分のお父さんをアイツ呼ばわりは酷いものだね。
まぁ、当たらずとも遠からずってところだよ」
京は楽しそうに言う。
「今回はね、あの人に言われて来た、っていうのもあるけど、面白い話を聞いてね。
あの天照ハルがいれ込んでる女の子が居るって」
「っ…心利に何かあったら…」
「そんな怖い顔をしないでほしいな。僕は何もしないよ。
それより、まさかいれ込んでた子が音子家の娘だとは思わなかったよ」
京は緑のビンを取り出すと、それを揺らして喉の奥で笑った。
「ククク…あんなことがあったのに、彼女は君に心を許してるようだね。
いや、違うか。彼女は何も覚えていない。ショックが大きすぎて、忘れてしまったほうが――」
「黙れっ!」
ガッと椅子を蹴倒して立ち上がり、京に掴みかかろうとするハル。
しかし、後ろから聞こえた声に、頭が一気に冷める。
「どうか、したの?ハル」
ギリ…と歯を食いしばり、ハルは椅子を起こして再び座る。
「えっと…何か、あったんですか?京さん」
問われた京はヘラッと笑い「何でもないよ、心利ちゃん」と言った。
何でもないことはない、と思いながらも、心利は口を出せずにいた。
「あ、えっと…そ、そうだ!ハル、ジャンヌや福沢さんどうしたのかな?まだ通路に居るなら迎えに行かなきゃ」
無理に明るい顔を作って部屋の扉に向かう心利。
そんな心利に、ハルは言った。
「ジャンヌと福沢は、もう居ない」
「…え?」
歩を止めて振り向く心利。
その瞳は驚愕に見開かれている。
「あの二人も同じ文字化けだ。
もう、居ない」
「…嘘だ」
「嘘じゃない」
「だって…助けてくれたんだよ?自分の身を省みずに、私も、ハルも、京さんも…」
「無理なんだ。
文字化けは存在しないモノ。いくらズレた世界に居たとしても、世界の均衡が崩れるか、二人の存在が消える。居なくなったことになる」
「そ、んなの…」
ぽた、ぽた…と頬を伝って涙が零れ落ちる。
「だって…お礼も何も言ってないのに…恩返しも、してないのに…」
こんな別れなんて、嫌だ。
あれ、ちょ、目から変な汁が… ていうか、なかなか文字化け編終わりませんねぇ。一気に今日更新したんだけどな…