文字化け
「ところで、何で広辞苑の字が無かったの?」
問われて、ハルは広辞苑を机に置く。
そして、棚から青い液体が入ったビンを取ってくると、ピンク色の液体が入ったビンと並べて机に置いた。
「新しい薬の開発をしてたんだ。そしたらその実験途中にフラスコが割れて薬品がこの広辞苑にかかった。そしたら、書かれていた文字達が一斉に溶け出して実体を持ち始めた。
俺はその実体を持った一つ、黒服の男に追われてたんだが…そこにお前が来た」
「でも、私がここに泊まってた間は何も起きなかったよ」
「めくらましをしてたんだ。部屋全体を異次元に隠してた」
「い、異次元…」
またスケールが大きいな、と思いながらも、すんなり受け入れている自分に驚く。
「あっ、そういえば…何で街や学校に人が居なかったの?」
「干渉できないからだ。本来存在しないモノだったあいつ等―俺は文字化けと呼んでるが、文字化けは現実には干渉できない。だから、少しズレたこの世界に居た」
「え、じゃあ私は…」
そう聞くと、ハルは溜息をついて言った。
「お前は、ココに居たからズレた世界に行ってしまった。
この家は普通の次元とは違う、ズレた世界にあるからな」
そのことを聞いた瞬間、顔が青冷める。
「じゃ、じゃあ…私もう元の世界に…」
「いや、この薬を飲めばいい」
差し出されたのは黄色い液体が入った小ビン。
「え、これ…飲むの?」
「帰れなくていいなら飲むな」
コト…と机に小ビンを置くハル。
帰れなくなるのは嫌だ。
しかし、これを飲むとなると…
「ま、まずい?」
「………そこそこだ」
その間が恐い。
いつまでも迷っていても仕方がないので、私は小ビンを持つと、一気に飲み干した。
ゴク…と最後の一滴まで飲み干し、コンッと机に小ビンを置く。
「はぁはぁ…あれ、これ以外に……うっ!」
慌てて口を押さえる。
不味い…不味いどころじゃない…
「洗面所は奥だ」
ハルが指差すほうに、急いで走る。
これは人類が飲むものじゃない。
絶対違う!
あ…そういえば、京さんの存在忘れてたなぁ。
それにジャンヌや福沢さんはどうなったんだろ?