兄
敵とは言っても、それをどう表現すればいいか分からなかった。
ただ、そこに居るという感覚を頼りに、手探り状態で敵に挑もうとしていた。
それが急に、声を発した。
『久しぶりだね、天照君』
そいつが声を発するたびに、その姿ははっきりとしてくる。
「お前いったい――」
その先は言えなかった。
現れたその姿に、息を飲む。
『天照君。もう僕を忘れたかな?』
控えめに笑むその姿。
忘れるはずが、ない。
「…音子心玖」
ギュッ、と鉄パイプを握っている手に力が入る。
目の前の人物はあの頃と変わらず、黒く短い髪・黒い瞳で立っていた。
しかし、少し違和感も覚える。
(体が…否。
雰囲気が、違う…)
心利が大好きで、子どもらしく元気に外を遊びまわっていた少年は、容姿も少し大人びて、独特の雰囲気を醸し出していた。
『覚えてくれてたんだね』
「っ…お前は、もう――」
『死んでるよ。
でも、なぜかこうしてココに居る』
今にも消えてしまいそうな儚い声で、目の前のやつは話す。
『君達と話すことが出来るのなら、それを活用しない手はないと思ってね。
この世のモノでなければ、僕は干渉できるから』
今まで黙り込んでいたジャンヌの肩が、微かに跳ねた。
『一番憑きやすいモノがコレだったからとり憑いたんだけど…
ちょうど良かったみたいだね』
そう言って、心玖は俺の前まで歩いてくる。
『僕が憑いていられるのは僅かだ。
だから、手短に用件を話す』
真剣なその表情に、ゴクリと喉が鳴った。
『今回のこの事件は、序章にすぎない。
もっと大きな事件が、君達を待ち受けている』
「…もっと、大きな?」
『いずれ、天照君も立ち向かわなきゃいけなくなる。
君の、家族についても』
「なっ…お前どうして――」
どうしてその事を、と言おうとした瞬間、心玖の姿がぶれた。
心玖は自分の姿を見て、顔を顰める。
『時間だ』
徐々に、心玖の体が薄れていく。
『天照君。
あの時君が言っていたことを、守ってくれていて嬉しいよ。
そして、これからも。心利を頼んだよ』
「ふざけるな!おいっ!」
心玖を問い詰めようとして伸ばした手は、空を切った。
「ふざけ、るなよ…」
残されたハルは、俯いて下唇を噛む。
「……ハル様。早くしなければ――」
「…あぁ、分かってる」
心玖が消えたと同時にそいつが消えたのにも気づいて、俺は荷物になる鉄パイプを放り投げた。
「ハル様、乗ってください!」
ジャンヌの声と共に、馬に飛び乗る。
周りに居た雑魚共は、ボスが消えたことにより仲間割れを始めていた。
「ジャンヌ、急げ」
「はい、分かっています」
もう目の前に、屋敷は見えていた。