フェリカ、ひと肌脱ぐ
「オイオイオイ。ちょっと待て、冗談じゃねぇぜ。世界を守る? なに言ってんだ、お前」
あまりのくだらなさに、間の抜けた声しか出ねぇ。
「たしかにこの世界には魔王っていう脅威もあれば、モンスターどもが人間の住んでいる場所を荒らし回ったり、そりゃもう悲しくて残酷な出来事がいくつもあるさ」
「ええ、知ってる」
「でもよ、世界の危機なんて聞いたことがねぇ。誰かが禁断の魔法に手を出したか? それとも危険度SSS級ダンジョンの最奥部にいた巨大ドラゴンが目を覚ましたか? ンなこと、冒険者だの王国騎士だのに任せておけってんだ。少なくとも懲罰房にいる荒くれ者に頼むことじゃねぇだろ」
「残念だけど、そのどれとも違うわ」
フェリカとかいう聖女は鍵を取り出して、懲罰房の鉄格子を開いた。
看守もいなければ、屈強な男が護衛についているわけでもない。
いったいどんな手を使って鍵を手に入れたのやら。
しかも懲罰房の極悪囚人にたった1人で面会ときた。
手枷があるから大丈夫、という薄っぺらな安堵も彼女からは感じられない。
「もし俺が逃げようとしたらどうするつもりだ?」
「逃げないでしょ?」
この女は並外れた度胸がある。
悪くねぇ、気に入った。
「ご明察。お前の言うことが気になってきたからな」
「ついてきなさい」
思わぬかたちで懲罰房から脱出できた俺は、早足で歩くフェリカの後を追った。
不思議なことに看守の姿が1人も見えなかった。
囚人は全員眠らされており(おそらく魔法で強制的にだろう)、監獄は廃墟のように静まり返っている。
「おいおい、人払いにしてもやりすぎなんじゃねぇか?」
「現在、クレイダニア王国全域に避難勧告が発令されているの。看守を含む一般職員は皆、地下のシェルターへ避難したわ。囚人は反乱防止のために眠らされただけのようだけど」
「いったいなにが起こるってんだ? 魔王軍が攻めてきたか?」
「いえ、敵は空から現れる」
外に出ると、フェリカは空を指さした。
暗雲に包まれた空を引き裂くように、巨大な渦がそこには広がっていた。
やがて渦の中心から巨影が出現。
「ンだ、ありゃ!?」
さすがの俺でも驚いた。
それはこの世のあらゆるモノよりも巨大で、禍々しい瘴気を纏った怪物だったからだ。
「あれが私たちの世界を破滅へと導く、超巨大生命体――超幻獣よ」
俺たちの生きている世界から明らかに外れたスケール感のそれは、王城の2倍以上の体躯を城下町に降ろす。
大地が揺れ、建物が崩れ、轟音が響き渡る。
土煙の隙間から見える六つの翼に鋭く伸びた甲殻――ドラゴンと形容するのが一番近いか。
「急ぐわよ。アレを倒せるのはマギアしかいない」
「だからなんだよ、マギアって……」
俺の問いに答えるよりも先に、フェリカは走り出した。
「10年前、クレイダニア王国の地下ダンジョンで発見された謎の物体。この世界の技術では再現不可能な超テクノロジーの集合、それがマギアよ」
監獄を抜けて市街を駆け、やってきたのは街外れの教会。
「マギアは高度な魔法技術で建造され、内部には高純度のマナが流れている。それこそ人体に有害なレベルのね」
教会の床が隠し通路に繋がっており、そこから地下深くへと進んでいく。
「超高純度のマナ、通称を浴びた人間はそのほとんどが死亡する……だけど、あなたは違う。ステータス、見せてもらえるかしら?」
「あ? いきなりなんだよ……」
初対面でパーティーを組むわけでもないのに、人にステータスを見せてくれと言ってきた人間は初めてだ。
「いいから」
「わーったよ。どうせあんなのタダの数字の羅列さ。ステータスオープン」
ステータスオープン、そう言えば自分の身体能力やらスキルやらを開示することができる。
【名前】アキト・ルーベル
【職業】囚人
【HP】276 / 410
【MP】0 / 0
【筋力】30
【技量】5
【知力】5
【敏捷】19
【魔力】31
【耐久】42
【幸運】1
【称号】凶悪犯
【装備】囚人服 / 手枷
・スキル
《マナレス》
MPの最大値が0で固定になる。成長による上昇もない。
《魔法知識 LV2》
魔法に関する基礎的な知識を有する。
《童貞適正 LV10》
純潔の守護者たる証。童貞を失いにくくなる。
「念のため確認したかったの。あなたが本当に“マナレス”なのか」
「あ? 信用してねぇってのか?」
「理由は定かではないけどマナレスであることが、マギア・エネルギーに適合する条件なの」
地下のダンジョンは人の手が入り込んでおり、そこかしこに魔法関係の測定器や増幅装置などが置かれていた。
「だったら、俺じゃなくてもいいはずだぜ? 貧民街にゃ、俺みたいに差別や侮蔑を受けてきたマナレスがたんまりといるぞ」
「いいえ、マナレスであることだけが条件ではない。人並み外れた強靭な肉体と精神がなければ、マギア・エネルギーに命を蝕まれるの」
意外なことに、ダンジョン内にいるのはクレイダニア王国の魔法使いだけではなかった。
本来敵対関係にあるエルダン帝国の者や、魔法の技術を門外不出にしているはずのエルフ族までいる。
国や種族、思想を越えて魔法使いたちが集まっているのは、感動というよりも異様な光景だ。
世界の危機のために一丸となった、ってか。
「それであなたに白羽の矢が立った」
「凶悪犯に世界の命運を託そうとするなんて、随分と大胆な賭けをしたもんだなァ」
「だけどそれしかない。私たちはそのためにマギアをなんとか動かせるまで“調整”したのだから――」
フェリカが立ち止まった先にあったのは、広大な地下空間の真ん中に屹立する巨大な人型だった。
白銀の鎧騎士じみた外観をしており、頭部のスリットの隙間から鋭く尖ったナイフのような眼光が垣間見える。
壁から伸びたアームによって保持されており、よく見れば胸部と胴体と腰が分裂していた。
「3つの《マギアマシン》が合体することで、機神マギアとなるわ。本来であればマギアマシン1機ごとに適合者が1人が必要だけど、今いるのはあなただけ――」
「俺だけで動くのかよ」
「そのために私がいる。私の領域魔法を用いて機体の合体状態を維持させる」
領域魔法……たしかこいつ、聖女とか名乗ってたな。
聖女ってのは魔法で結界領域を形成し、王国や特定の場所をモンスターなどの外敵から守る役目を担う重要な存在だ。
本来なら国土の防衛に欠かせない最重要人物で、こんなところで油売っているほど暇じゃねぇだろうに……解任されたのか?
まぁ領域魔法を応用すりゃ、どんなデカブツでも形は保持できる……はずだが。
「無理やりにでも動かして、あの超幻獣ってヤツから世界を守ろうってことか」
「わかったらはやく乗って。世界を守るのよ」
フェリカがそう言った瞬間、俺の両手にはまっていた手枷が外れて地面に落ちる。
俺はフェリカの前に立ちはだかり、彼女の翡翠の瞳を睨みつけた。
「悪いが俺は“世界なんてクソッタレ”と思っている人間だ。むしろ滅んでしまえってな。誰もがこの世界を、守るべき素晴らしい場所と思っているわけじゃねぇんだ」
クソみたいな世界が、クソみたいな化物に蹂躙されるってんならそれも運命。
俺には興味のないことだ。
「……さすが凶悪犯ね。世界を恨むことに長けては天下一か」
「聖女なんていうお高い地位にいるような人間には分からねぇだろうがな」
「わかった」
そう言ってフェリカはローブを脱ぎ捨て、その下の服も下着も全て取り去る。
生まれたままの姿になった彼女は己の裸体を隠すことなく、まっすぐ俺を見て言った。
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