その男、アキト・ルーベル
簡単な話だ。
大穴の岩肌を両手と筋力だけで登り切った。
もちろん時間はかかった。
体感では半日は登り続けていた気がする。いや、もっとか?
もちろん両手はボロボロだ。
爪は剥がれ、皮膚は破れ、肉は擦り切れ、赤黒い血でまみれている。
「人体って不思議だよなァ……。さっきまで今にもブッ倒れそうだったっていうのに、お前らを見た瞬間に痛みも疲れもフッ飛んじまったぜ」
「おい待て、よく話し合おう! ほら、酒だ! 酒でも飲んでリラックスしな!」
「酒は飲まねぇ」
「じゃあなんだ!? 女か!? いいぞ! どっちも好きなほうを抱くといい!」
「童貞はよォ……。愛した女に捧げるって決めてんだァ……」
「いったいなにが目的だ!」
「決まってるだろ」
歩み寄ってきたパーティーリーダーの顔面に拳を突き刺して、鮮血の返り血を浴びた俺は叫ぶ。
「俺を騙して殺そうとしたテメェらを、今からブッ殺すことだァッ!」
それから俺はSランク冒険者パーティーの奴らを、徹底的にブチのめした。
いくら戦闘力があろうともモンスター相手にしか戦ったことがないこいつらは、人間同士のステゴロの喧嘩に関しちゃ素人同然だった。
間合いに入らなければ魔法も怖くは無いし、剣を持たない剣士はただのノロマだったし、回復術士は本業忘れて失禁してやがった。
窓ガラスを割って、そのガラス片で肉を引き裂く。
破壊されたテーブルの切っ先を腹に突き刺す。
殴る、殴る、殴る、殴打殴打殴打……骨が砕けても構わず拳を打ち込んでやった。
割れたガラス片に俺の姿が映る。
血に濡れた黒髪に血走った赤い瞳、体中に残る傷痕。
理不尽な境遇ゆえに、タフに育ったクソガキ。
それが俺だ。
「も、もうやめてくれ……」
顔面がグシャグシャになったパーティーリーダーを胸ぐらを掴み上げ、俺はその言葉に対する返事を拳とともに送ってやった。
「お前タンク役だったよな……。いいよなぁ、前衛で盾構えて仲間を守る立場ってヤツは……さぞ、お硬いことなんだろうさァ……」
トラップから脱出した後、ダンジョン内で偶然で拾っていた魔法結晶を左手に持ち、そこから湧き出してくるMPを使用して俺は叫んだ。
「《無属性魔法:ブラスト》!」
右手から放たれた無属性のエネルギーによる衝撃がパーティーリーダーの体を吹っ飛ばして、壁に打ち付けた。
「ぐぎゃぁアッ!」
「さすがタンク役だ、ちょっとやそっとじゃ死なねぇなぁ! 《ブラスト》! 《ブラスト》! 《ブラスト》! オラ、どうした!? 《ブラスト》!《ブラスト》ォッ!!!」
俺は壁に打ち付けられたパーティーリーダーの体を掴み、至近距離で何度も魔法を撃ち込む。
魔法結晶のMPが枯れ砕けた頃には、彼はピクリとも動かなくなって地面に崩れていた。
あたり一面めちゃくちゃになった広間で、俺は笑みを浮かべる。
「ざまぁみろ。へっ、へっ……ざまぁみやがれってんだ……」
自分の感情のままに誰かをブチのめす瞬間が最高に興奮する。
暴力こそが俺の生きる道だと思い出させてくれた。
やがて騒ぎを聞きつけた市民による通報で駆け付けた憲兵たちに取り囲まれ、俺は両手を上げて投降する。
もうひと暴れしてもよかったが、筋の通らない暴力は嫌でな……。
憲兵たちに名前を問われたので、俺は答えてやった。
「俺の名前はアキト。アキト・ルーベル……。どこにでもいるマナレスで、なんてことのない魔法使いの冒険者だ」
◆
憲兵によって拘束された俺は、暴行罪で投獄されていた。
収監された初日に食堂で大乱闘を引き起こして以降、懲罰房で更生の日々というものを送っている。
四方を冷たい石壁で囲まれた、薄暗く狭苦しい懲罰房。
そこにトイレは無く、腐った木の桶しかない。
桶の中の水は滅多に交換されず、ゆえに臭気は強烈で、3ヶ月間ここにいる俺はすっかり糞尿ソムリエになっていた。
シャバが恋しいと言われれば嘘になるが、強く求めるほど社会に居場所があったわけでもない。
マナレスに生まれ、差別や罵声に反発する一心で魔法を身につけ、念願の冒険者となった。
誰にもとやかく言われない、自由な存在になれると信じて。
だがそこでもマナレスは軽く見られるばかりで、挙句の果てにクソ野郎に騙されて死にかけ、そのクソ野郎をボコったら犯罪者になっちまった……。
理不尽とは言わねぇ。
が、どうしても納得いかねぇって気持ちが心の奥でメラメラと燃え盛っている。
違う、ここは俺のいるべき場所じゃねぇ。
そんなことを感じつつも、手枷のついた両手で錆びついた鉄格子を握りしめたときだった。
3ヶ月ぶりに、女の声を聴いた。
「Sランク冒険者パーティーに1人で殴り込み、全員に冒険者引退レベルの怪我を負わせた……しかし当の本人は極悪環境の懲罰房でピンピンしてる。頑強系や精神耐性のスキルを持っているわけでもないのに、その強靭な心身。適合者にふさわしいわね」
カッ……カッとヒールが懲罰房の汚い床に打ち付ける音がした後、彼女は鉄格子の向こうにいる俺の前に立った。
翠色の瞳。
いくつも布を重ねたような真っ白のローブと金の長髪、そんな恰好でもハッキリと分かるほど大きな乳房……半端ねぇ。
彼女は静かに口を開いた。
「あなたはマナレスね」
「ああ、そうだよ。で、あんたは……?」
「あなたの生き別れの妹よ」
「マジか」
まさか、俺に妹がいたなんて……。
「嘘よ」
「オイ」
「なるほど。人の言っていることを一切疑うことなく信じてしまう、という噂も本当だったわけね」
「バカだって言いてぇのか。乳もぐぞ」
人の言うこと信じて何が悪いってんだ。
「あらためて自己紹介を。私はフェリカ・イサク。王国では聖女と呼ばれていた人間よ」
「せいじょ?」
「ええ。突然だけど、アキト・ルーベル。あなたにお願いしたいことがある」
「おうよ。なんだ? 懲罰房で更生して糞ソムリエとして第二の人生を歩もうとしている哀れな囚人へのインタビューなら大歓迎だぜ?」
「いいえ。あなたには巨大機神――マギアの搭乗者となって、この世界を守って欲しいの」
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