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05.優しさと、ずるさ

ブクマ20件、ありがとうございます!

 スタンリーの家に着くと、二人で食事を作った。

 料理人には夜の食事はいらないと伝えていたらしく、いなかった。使用人も一人しかおらず、通いなのですでに帰った後だ。

 この広い屋敷に、今はスタンリーとミシェルの二人だけ。


「正直、こんな大きな屋敷はいらなかったんだけどな。貴族となったからには、それなりの家に住まなければいかんと王にたしなめられた。結婚して子どもができた時に、広い家は必要だろうと」

「け、っこん……」

「あ、いや、そんな予定はない。王が先走っているだけなんだ」

「そうですか」


 安堵の息を吐きながら料理を皿に盛り付け、二人で遅い夕食を食べた。

 スタンリーは一見無口そうに見えるが、問いかけることにはスラスラと淀みなく答えてくれる。そしてミシェルの話が終われば、そっと話題を提供してくれるのだ。


 穏やかに流れる二人の時間。

 だというのに、ミシェルはなぜだか泣きそうになった。

 今の時間が幸せすぎて、手放したくない。

 貴族であるスタンリーは、いつか素敵な令嬢を紹介されることだろう。

 そうすれば、スタンリーの目の前のこの椅子に座るのは……ミシェルではない。


「どうした? ミシェル」

「……いえ。スタンリーの奥さんになる方は、幸せだろうなと思いまして」

「残念ながら、なり手はいないが」


 立候補して、いいですか? という言葉が、喉元まで出てきていた。

 言ったらどうなるだろうか。この優しいスタンリーは、断れず困ってしまうのではないだろうか。

 しかし、女性として魅力があると言ってくれた。手も、繋いでくれた。


 でも、そうしているのは自分だけではないかもしれない。

 きっとスタンリーは誰が相手でも、魅力的かと聞かれたら魅力的だと答えるのだろうし、寒さに震える人がいればコートを貸して手を温めるに違いないのだ。

 ミシェルが特別、という意味ではない。


「スタンリーさんに、好きな人なんかは……」

「ああ、いる」


 ミシェルは、逃げた。好きな人がいないという言葉が聞ければ、まだ自分にもチャンスはあるかもしれない……そう思って。

 だが、そんな考えを打ち崩す答えがスタンリーから返ってきて、ミシェルは真顔のまま口の端だけを上げた。


「あ、はは……ですよね……」


 聞くんじゃなかった。後悔したが、覆水盆に返らず。目の前が白く染められて行く。


「ち、ちなみに、その好きな女性が私という可能性は……あは、ないに決まっていますよねぇ!」


 なにを口走っているのか、わけがわからなくなっていた。

 スタンリーは困った様子でミシェルを見た。これこそ、余計なことを言ってしまった。妙な沈黙が空気を悪くして、息が苦しい。

 するとスタンリーは、覚悟を決めたように口を開いた。


「好きだ」


 その言葉が耳に入った瞬間、ミシェルは甘い痺れと罪悪感で意識が遠のきそうになった。


 言わせてしまった。


 魅力的かと聞いてしまった時のように。


 優しいスタンリーが、好きじゃないなんて言葉を言えるはずがないとわかっていながら。


「……すみません……」


 申し訳なくて、ミシェルの目から涙が溢れる。

 頭を深く下げたまま、申し訳なくて上げられない。


「こちらこそ、すまない。気にしないで、これまで通りいてくれるとありがたい」

「はい……」


 スタンリーは、優しい。

 余計なことを言わされたのはスタンリーにも関わらず、ミシェルを気遣って、今まで通りを貫こうとしてくれているのだ。


 ふられ、ちゃった……。


 気を遣って好きだと言ってくれたということは、本当は、好きではないということなのだろう。

 嫌われてはいない、それはわかっている。けれども、ミシェルが望む好きという感情ではないのだと、そう理解できる言葉だった。


 暗い顔してちゃだめ、切り替えなきゃ!


 確かに、今は同情でしか好きと言ってもらえないかもしれない。けれどそれは裏を返せば、同情でも好きと言ってくれるだけの仲になれているということだ。


 まだ、チャンスはある……

 いつか、スタンリーさんが誰かと結婚するまでは、あきらめないで頑張りたい……っ


 我ながらしつこい性格をしているとあきれたが、決意を新たにすると気持ちが落ち着いた。


「送ろう」


 食事が終わるとスタンリーが立ち上がった。

 男物しかなくて申し訳ないと言いながら、大きなコートを出してかけてくれる。

 外はもう真っ暗で、灯りはスタンリーの持つランプだけ。


「あの……」

「ん?」


隣を歩いてくれるスタンリーの、ランプで優しく照らされた顔がミシェルを見下ろした。


「暗くて怖いので、手を繋いでもらっても……?」


好きでもない女の手を握らせる、ズルい言い方。


「わかった」


それでもスタンリーは文句をいうこともなく、当然のように繋いでくれる。

どれだけ優しい人なのだろうか。


ミシェルはその大きな手をぎゅっと握り。

彼の温かさを感じながら家路に着いた。



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サビーナ

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