俺は悪役令嬢の幼馴染。断罪追放だけは阻止したい【コミカライズ】
「――僕は、現時刻をもってディアナ・ラウ・レイヤ嬢との婚約を破棄する。そして、ここにいるマリア・メイヤー嬢との婚約を発表する!」
国王をはじめとした国の重鎮たちが集まる王立魔法学園の記念パーティーで、俺の親友である第三王子のアーサーが、俺の幼馴染のディアナ公爵令嬢の婚約破棄を宣言した。
アーサーは、金髪のくせっ毛が愛らしい、長身イケメンの王子様だ。
ディアナは、黒髪を腰まで伸ばした成績優秀で礼儀作法も完璧な公爵令嬢だ。
そして、俺はアーサーの乳母の息子で、ディアナ嬢を幼いころから知っているだけの男爵家の次男だった。
なお、俺は前世の日本人だったころの記憶を持っている。
「僕は、ディアナが行った数々の悪行をここで断罪し、この学園から追放する!」
寝耳に水の話だった。
おいおい、ちょっと待てよアーサー。
確かにディアナは、プライドが高く、融通が利かない。
口数が少なくて辛辣だが、普段お前に言っていることは『約束を守れ』とか『人の嫌がることをするな』とか、人間として当たり前のことだったぞ。
しかも、お前の体面に気を遣って、人目の無いところで、辛抱強く言い聞かせていたはずだ。
この感覚は、俺の前世が日本人だからおかしいのか?
「ディアナは、性格が根暗で陰険だ。僕の欠点を遠回しに何度も何度もネチネチと言い続けた。僕は、この生活がこれからも続くのかと思うと、もう耐えられないんだ!」
まぁ、アーサーの言うこともわかる。
ディアナはしつこくて思い込みが激しいからな。
ほんのちょっとだけ、アーサーに同情した。
アーサーの演説は続く
「そんなとき、僕を励まし勇気づけてくれたのが、ここにいるマリアなんだ」
マリアは、金髪碧眼で胸が大きい、明るく元気な美少女だ。
あの子の事は知っている。
最近、貴族に列せられた辺境のメイヤー男爵家の令嬢だ。
貴族の作法も曖昧で、いつも真面目なディアナに注意されていた。
何かあると笑って逃げ出す癖があるので、ディアナも呆れていた。
だがアーサーは、愛想が良く、調子の良いマリアがお気に入りだった。
あとマリアは胸が大きい。
「マリアの微笑みは僕の癒しだった。だが、ディアナはそんなマリアを逆恨みして、毎日のようにマリアの一挙一動に難癖をつけた。僕はそんなディアナが許せない!」
ディアナは、いつの間にかずいぶんと嫌われていたようだ。
マリアの成績は、いつも赤点ぎりぎりの最下位。
学年首席のディアナは、マリアのために日替わりの補習計画まで作成していた。
それがやりすぎだったのだろうか。
「マリアは、僕のことをわかってくれる。僕が迷ったときは背中を押してくれる。落ち込んだ時に優しい言葉をかけてくれる。そして、その大きな胸で僕を暖かく抱擁してくれるんだ!」
おいおい、アーサー。
どさくさに紛れて何をカミングアウトしているんだ。
まぁ、確かにあの大きいおっぱいは魅力的だ。
男なら誰しもあの胸に顔をうずめたいと思うだろう。
だが、ディアナを振ってマリアに乗り換えるほどの女性なのか?
アーサー。お前はひとりの男である前に王族、公人なのだ。
序列第三位の王子なんだ。
ディアナの実家は、先祖代々王家を支える公爵家。
アーサーとディアナは、いわば国が決めた婚約者同士。
新興貴族のマリアと婚約したいなんて、ただのアーサーのわがままだ。
そんなに簡単に婚約破棄などできるはずがない。
「この話は僕の父、国王の承認を得ている!」
なんだってー!?
どうしてそんな話になったんだ。
俺が首を傾げていると周囲の話し声が聞こえてきた。
「お前、知らないのか?マリア嬢の弟が『勇者』に認定されたそうだぞ」
「確か、弟の名前はユーリ。デーモンの大群を殲滅して国の危機を救った英雄。その功績が認められて実家ごと貴族に列せられたんですわ」
あっ。アイツか!思い出した。
勇者ユーリはマリアの弟だったのか。
ユーリは、剣と魔法を使いこなす最強の魔法剣士だ。
教会の聖女と獣人族の姫と極東の戦巫女というハーレムパーティーで大迷宮を攻略した破天荒なやつだ。
他にも、農地改革や新商品開発なども手がけていて、まるでラノベの主人公みたいなやつだった。
ん?……ユーリって日本人転生者じゃないのか?
あまりにもご都合主義で調子が良すぎるので、俺はあえて考えないようにしていたんだ。
ユーリは、国内最強の魔法剣士で、経済改革の実績のある実業家だ。
それは、確かに国が目を付けるよ。
他国に逃げられたりしたら大変なことになる。
貴族にして血縁関係でも結ばないと安心できない。
マリアの弟のユーリは本当にヤバいやつだった。
「もう一度言う。僕はディアナとの婚約を破棄して、マリアと婚約する!そして僕は、ディアナが行った数々の悪行をここで断罪しこの学園を追放する!」
どうやらこのシナリオは、アーサーとマリアだけの考えではないな。
アーサーは、あほで恋愛脳だが、そこまでディアナを嫌っていたとは思えない。
陰険眼鏡の第二王子か、腹黒の宰相あたりが絡んでいる。
これはもうどうしようもない。
ディアナ、今までお前はよくやった。
お前は悪くないが相手が悪かった。
ディアナは、じっとうつむいて震えている。
あいつは不器用で気位が高いから、人前で泣くことすらできないんだよな。
だが、ここで俺が介入してマリアを逆断罪したとしても勇者ユーリがやってきて、俺がざまぁ!されてしまう。
俺にできることは――
「私は、アーサー様とマリア嬢との婚約を祝福します!」
会場が微妙な雰囲気になって静まり返っていたので、俺の声が余計に大きく響いた。
「おぉ、親友のお前なら、僕の気持ちを一番に理解してくれると思っていたぞ」
アーサーが嬉しそうに言った。
そうとも、俺はこの状況を一番理解している。
もう、アーサーとディアナの婚約破棄は覆らない。
「アーサー様にひとつご提案があります」
「ん?なんだ」
「マリア嬢のために、ディアナ嬢の学園追放を撤回してください」
「マリアのため?どういうことだ?」
ならば俺は、ディアナの幼馴染として学園追放という不名誉だけは阻止しなければならない。
「マリア嬢は、アーサー様の婚約者となったばかりで戸惑っているご様子。ここはディアナ嬢がそばに付いて差し上げたほうがマリア嬢も心強いのではないでしょうか?」
「うーん、それはそうかも知れないが――」
いける!アーサーは、俺の親友であり、王族のくせに素直で押しに弱い。
だが、マリアがアーサーの手を握ってこう言った。
「私は、ひとりでも大丈夫です!アーサー様さえ居てくれたら、どんな困難にも耐えられます」
おい、ちょっと待てやマリア!
お前、わざとやっているのか。
公衆の面前で二人の世界を作ろうとするんじゃない。
まずいぞ。
俺は、後先を考えずに発言した。
「聞いて下さいマリア嬢!私の提案はアーサー様のためでもあるのです!」
「どう言うことですの?」
マリアが首を傾げた。
俺もどういうことかわからない。
とにかく時間を稼ごう。
「マリア嬢。本当に、わからないのですか?」
俺は、意味深に笑ってやった。
だが、このままでは間が持たない。
そうだ、ディアナのことを話そう。
「アーサー様の婚約者であったディアナ嬢は、幼い頃から辛抱強く努力して完璧な貴族の行儀作法を身に着けました。そして、魔法学園に入学してからもその努力を怠らずに学年首席となりました。もしも、あなたがアーサー様の立場であれば、学園最高峰の知識と教養を持った彼女を、どう扱いますか?」
ディアナは、驚いたような表情で俺を見ていた。
いや、すまん。本当にもうネタが無いんだ。
会場が静寂に包まれた。
おい、誰か何か言えよ。
俺の背中を滝のように冷や汗が流れた。
そろそろ俺のパンツがびしょびしょになりそうだった。
「……アーサーよ。この件をどう治めるつもりだ?」
国王の発言キターーーーー!
アーサーが目に見えて狼狽えている。
あっ、あれはダメだな。
あれはアーサーが完全にテンパっているときの表情だ。
でも、人が困っているときの様子って、どうしてこんなに面白いんだろうな。
周囲の人々も固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「発言をよろしいでしょうか」
ディアナが、手を挙げていた。
「良かろう、発言を許す」
国王が頷いた。
ディアナは俺の方を真剣な表情で見つめていた。
「私は、あなたのお考えを聞きたいです。何か、良いお考えがあるのでしょう?」
「えっ?これ以上は何もありませんが?」
しまった。
気を抜いていたので、本当の事を言ってしまった!
ディアナ、やめろ。なんでこっちに振るんだよ。
「僕もお前の意見を聞きたいよ。僕が困ったときは、いつもお前が側にいた」
ちょっと待てやアーサー。
さらっと良い感じに便乗するんじゃない!
アーサーとディアナ。
お前ら、小さいときから困ったことがあると、いっつも俺任せだよな!
もう知らんぞ。
「私がアーサー様の立場であれば、学園最高峰の知識と教養を持ったディアナ嬢を、何があっても手放すことなく側に置いておきます」
これでいいじゃないか。
お前ら貴族王族はノリで断罪とか追放とか言い過ぎなんだよ。
この感覚は、俺の前世が日本人だからおかしいのか?
「お前、良いことを言った!」
そのとき、少年の声がした。
振り向くと、黒目黒髪の美少年が立っていた。どなた?
「ユーリ君?」
マリアが驚いた声をあげた。
「久しぶりだね、お姉ちゃん。途中から聞かせてもらったけど……ノリで他人に迷惑をかけるんじゃねぇ!って、いつも言っているよね?」
マリアが青い顔をして震えている。
もしかして、こいつがマリアの弟で『勇者』のユーリなのか!?
「お前ら貴族王族はノリで断罪とか追放とか言い過ぎなんだよ!」
勇者ユーリ。こいつはヤバい。
国王の前で暴言を吐く傍若無人さだけではなく。
あらゆる困難を打ち砕く、人類最強の強者であることが感じられたからだ。
そして、俺に共感するこいつの中身は絶対に日本人だ。
「俺はお前の行動に感動した。お前らもちゃんと責任取れよ」
ユーリは俺の肩を叩いた。
その後、魔法学園の記念パーティーはユーリの登場でぐだぐだのまま閉会した。
結局、アーサーとディアナの婚約破棄は覆らなかった。
ただ、ディアナの断罪と学園追放だけが撤回された形になった。
また、勇者ユーリの乱入で、アーサーとマリアの婚約も白紙となった。
おかげで、陰険眼鏡の第二王子か、腹黒の宰相あたりの思惑も無駄になった。
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。
すべてが元通りとはならないだろう。
――それがどうしてこうなった?
目の前で、ディアナが頬を染めて微笑んでいる。
「俺とディアナが『婚約』なんて、身分違いで絶対にあり得ないと思っていたんだ」
「国王の目の前で『お前を手放さない』などと言われたら、もう嫁の貰い手がありませんわ。責任、取って下さいね」
そう言って、ディアナが俺の手を握った。
まぁいいか。
俺は、幼馴染のディアナのことが、出会った頃から大好きだったんだ。
こんなの悪役令嬢じゃない!って、思った方は『星1』でも入れてあげてください。
予想超える評価をいただき、本当にありがとうございました。
続編を書きましたので、お時間がありましたらご確認下さい。
『俺は悪役令嬢の幼馴染。断罪追放を失敗した親友を助けたい』
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別視点のお話。ちょっとだけ『俺』が出ています。
『魔眼の魔女による乙女ゲーム攻略。なお、私は主人公ではない』
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この短編のコミカライズ版が掲載されている「悪役令嬢が婚約破棄されたので、いまから俺が幸せにします。 アンソロジーコミック」2(一迅社)が 2023年07月31日(月)発売です。
漫画は、紀田与乃市先生です。