様々な名を持つ男(sideライ)
俺の名は「ルーシュ」世間では盗賊、義賊なんて呼ばれてる盗人だ。盗賊の時の名は「スチル」
俺はスラムで生まれ育ち、貧しい思いをしながら成長した。そんな俺は何もしないでヌクヌクと生きている貴族共が腹立たしく、貴族の屋敷から財宝を盗んだりして金に換えてから貧しい民に恵んでいた。そんな事を続けていたら世直しを掲げる義賊なんて持て囃される様になっていた。
有名になるに連れて追っての数も増えて来たが俺は幾つもの顔を持っていた。変装し、雰囲気そのものを変える仕草で俺は盗賊から旅人、用心棒、商人、学者、料理人と様々だ。盗みを行う為に調査や下調べの為に身に付けた技術だ。これらの技術があるから変装を繰り返して俺は捕まる事なく楽々と街を闊歩できる。
今回も盗賊スチルを捕まえる為に冒険者が集まってきている村に旅人として潜入していた。その中で噂話や稼ぎ話になりそうな情報を集める為に。
手配書の人相書きの印象だけで俺を捕まえようとしている馬鹿な冒険者や騎士共は俺の正体すら見抜けないだろう。
馬鹿な連中を、ほくそ笑んでいると、この村の住人の娘なのだろうか。この娘はチラリと俺に視線を送ってから、とんでもない事を俺に告げた。
「盗賊か……ま、俺には関係ないか」
変装して盗賊スチルとは別人になっていた俺を見据えて呟く女の子に俺は警戒した。この娘は俺の正体をチラ見程度で看破しやがった。
「へぇ……俺が盗賊って気付くなんて何者だい、お嬢さん?」
「………え?」
俺が足を止めて睨みを効かせると、お嬢さんは足を止めて俺を見上げた。お嬢さんは背が低く、俺を見上げる形となり、俺は見下ろす形になっている。見た目は何処にでも居そうな村の女の子って感じだな。俺と同じく正体を隠しながら生活している様な冒険者か?
「軽くとは言っても変装した俺を見つけるなんざ只者じゃ無いだろう?」
そう、見た目こそ地味な村娘だが、実力を隠しているのだろう……そう考えて探りを入れてみたのだが、お嬢さんの目は泳いでいる。俺をどう捕まえるのか悩んでいるのか?それとも何か策があるのか?
「で、どうするんだい?俺を冒険者か騎士にでも突き出すか?」
「な、なんの話かな?俺は今話題の盗賊の噂を呟いただけで旅人のお兄さんの事なんか興味ないから。じゃ、俺は帰るから」
俺はお嬢さんの企みを暴こうとスッと顔を近付け、甘い声で囁く。大抵の女はこれで、顔を赤らめて言うなりになるのだが、お嬢さんはバッと俺から離れた。更に早口で捲し立て、この場から逃げようとする。おいおい、嘘を吐くにしても、もっと上手く言えよ。
「そんな話を信じるとでも……」
「俺は何の力も無い村人だ。弱い者を虐げたりはしないよな?アンタが噂の義賊様なら……ね?」
逃げようとする、お嬢さんの腕を捕まえようとしたが、お嬢さんはスルリと避けた。まさか避けられるとは思ってなかったので驚いていると、お嬢さんは俺に啖呵を切りながらビシッと鼻先に指を突き付ける。
正直、驚かされた。まさか俺の正体を看破していながら冒険者や騎士共に突き出さず、俺が義賊であるならば民に手は出さないと挑発してきたのだ。
面白い奴だな。見た目は地味と言うか凡庸な感じなのに何処か魅力がある。男勝りな性格なのも惹かれるな。
そんな事を考えていたら、お嬢さんは足早に逃げていた。俺はお嬢さんに気取られない様にその場を離れ、お嬢さんの背後に身を隠した。お嬢さんは物陰に隠れて俺の事を確認しようとしたのかバレバレな隠れ方をしながら俺が立っていた場所を見ていた。俺がいなくなった事に安堵したのかホッとしていた。
その仕草に俺は笑ってしまう。俺の正体を看破したお嬢さんは俺が背後で気配を消している事にも気付いていないのだから。案外、さっき正体を見抜いたのも偶然だったのかもな。
俺が此処で声を掛けてみたり、お嬢さんの胸や尻でも揉んだらどんなリアクションをするのか試したくなってしまったが我慢した。なんか、このお嬢さんはもっと困らせたり、虐めた方が可愛い表情を見せてくれるのでは無いかと感じていた。
それから数日間。俺は変装をして、お嬢さんの観察をしていた。お嬢さんは俺に言った通り、誰にも俺が盗賊だって事を話していない様だ。冒険者や騎士共は相変わらず、居もしない盗賊スチルを探している様だし、お嬢さんは俺との遭遇を誰にも話していない。
なんか、思い返してみると一人の女の子に執着した事って無かったな。それほど興味を惹かれる女に出会わなかったってのもあるが。
思い立った俺は若手商人『ライ』に扮して村に住む準備を整えた。
さて、あの娘はどんな顔をしてくれるかな?