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落ち人を拾った話

ジャンル分けがよくわからなくてとりあえずその他になっています。

よろしくお願いします。

 


 早朝、屋敷から湖へと続く散歩道の先で何か大きなものが転がっているのが見えた。

大きさからいって仔鹿だろうか、しかしなんであんなところに。とりあえず確認しなくては、私はその塊まで近づいた。



 落ち人というのは稀にこの世界にやってくるらしい。

不思議な服を着ていて、暗い色の髪に暗い色の瞳、華奢な体に幼い顔つきで堀が浅い人が多いという話だ。


 と、言うことは私の目の前に倒れているこの少女も落ち人だろうか。

長い黒い髪 瞼を閉じているので瞳の色は分からないが、鼻は低めで頬はふんわり丸みを帯びている。一見メイドの様な格好に見えるがスカートはとてつもなく短い。

体の大きさからして姪のマリッサと同じくらいの歳だろう。


 この国では落ち人を見かけたら保護しなければいけないと決められている。

知識が豊富なので敵に回すと恐ろしいことになるが、手厚く保護し国に住み着いて貰えば国の利益になるということだ。

 

 とても知識が豊富そうには見えないが保護はしなければなるまい。

少女の腰に手を回し持ち上げる。



「軽いな」



そして、ひいていたロバに乗せ落ちないように紐で固定した。


ロバはヒンと小さく鳴いた後、何も考えてないような顔でおとなしくしている。このくらいの大きさの少女なら問題なく運んでくれる。ロバはいい、寡黙で働き者だ。



「では行こうか」



ロバに話しかけ、手綱を引きながら今来た道を自分の屋敷へと引き返した。

 屋敷へ帰った途端使用人達は慌てふためいた。



『あの旦那様が女性を連れてお戻りになった、しかも荷物のようにロバに括り付けて』



目の前に主人がいるのに、メイドや従僕たちは話を広めていく。

屋敷の端から端へと伝わったようだ。執事のガフナーが感極まったかのように震えながら問いかけてきた。



「旦那様…こちらのお方はもしかして奥様ー」



おい、まて。



「お前は私を変態扱いするのか」



「いやしかしドラクラド伯の後妻は30も歳が離れていると」



「いやあれは息子の為に連れてきた娘を息子が拒否したんだ、女性がドラクラド伯爵に責任を取れと迫ったらしい」



そのドラクラド伯の息子は友人のパトリクスだ。

嫁になるはずだった女が父上に夢中になっていると酒に酔っては愚痴を垂れ流していたが、めんどくさくなりそうなのでそれは黙っておくことにした。

そもそもドラクラド家に嫁にきた娘は25歳ほどだった、この娘は10歳そこそこだろう。まるで話が違う。



「落ち人のようだから保護した後は頼む、それから父上に手紙をかくから届けてくれ」



「かしこまりました」



しばらく騒がしくなりそうだ。久しぶりに屋敷の中は賑やかで明るい。

こんなのも悪くはないのかもしれない。そう思い一息ついてから、手紙を書くことにした。




********



 翌朝少女が目を覚ました。そう報告を受けて彼女の部屋を訪れた。

扉をノックしガフナーと中へ入る。

メイドのジーナが起き上がった少女に水を飲ませているところだった。


なるほど瞳はこげ茶色だ 、鼻はやっぱり低く顔も幼い

落ち人で間違いないだろう。



「こちらの言葉はわかるのか?名前は?」



少女はベッドで起き上がったままの姿勢でボンヤリとしている。そして一言、



「やっぱりこれ、そうなのかなヤバくない」



と、つぶやいた



「なにがだ?」



少女はチラッとこちらに視線をやった



「あ、いえ スミマセン私、神原紫乃です」



言葉は通じるようだが、ボソボソと小さな声で喋るので聞き取れなかった。



「カン…シノ?」



「あ、名前です カンバラ シノ」



落ち着いてるな。


 落ち人はある日突然違う世界からこの世界に落とされるという 。しかも彼女は幼い。

いきなり知らない土地へ来て取り乱したり泣き喚いたりはしないのだろうか。

いや、まだ状況が理解できていないだけなのかも知れない。



「落ち着いているようだが、君は自分が置かれている状況がわかっているのか?」



そう問うと、少女はきちんと揃えられた前髪を撫でながら、



「はぁ、まぁ…この場合、転生…ではないよね召喚とも違うし…タイムトリップ!?ってそれも違うかあーアレだ異世界転移だ、深夜のアニメで見たもん」



なにやら小声でブツブツと言いだした。

腕を組み一通り唸ったあと、うん と納得したように手のひらに拳をポンと置いた。



「とにかく、違う世界からここへ飛ばされたんだとおもいます」



驚いた、落ち人だと自分で理解している。

やはり落ち人が知識が豊富だと言うのは本当なのだろうか。



「うむ、君のように突然この世界に現れた者をこの国では落ち人という そして国で保護する事となっているのだ、故に私が君をここへ連れて来た」



こちらがこの場所へいることへの説明をしている間にも



「ふむふむそういうパターンね…コレちょっとほんともーテンパる!あースマホがあればSNSにアップできるのに」



少女は私のことなど眼中にない様な素振りでまたもやブツブツと言っている。

はじめは落ち着いたおとなしい少女に見えたのに

落ち人とはこんなにおかしな人間ばかりなのだろうか。

コホンと私が咳払いをひとつすると あっ と少女は我に返った様で。



「すみません、なんか現実味が全然なくて、映画かアニメ見てる様な気になっちゃってですねー」



えへへと照れ臭そうに笑う。



「珍妙な娘だな」



つい、声に出てしまった。



「旦那様」



ガフナーが静かに諫める様に言う。



「いや、落ち人とはこう言うモノなのだろうか?」



「わかりかねます」



「ふむ、まぁ幼いのに親と離れて心細いとは思うが」



すると、ん? と少女がこちらに顔を向けた。



「あ、私19歳です もうすぐハタチなんですよー」



なんとハタチが何かはわからないが19歳とはとても成人しているようには見えない。



「失礼10歳そこそこかと…」



すかさずジーナが、



「さすがに10には見えません、ちゃんとしたレディですよ」



ちゃんとしたレディとは、嫁ぐのも問題ないという意味だろう、短い時間でそこまで見抜いたのだろうか。



「マリッサと同じくらいに見え…」



「マリッサお嬢様はもう16歳です」



食い気味にジーナが口を挟む。



「そうか…」



 子供の成長とは早いものだ、ついこのあいだまでマクミニョンおじたまーと足にまとわりついていたのに社交界にデビューするような歳になっていたのか。



「そういう事ならジーナに彼女のことは任せるとしよう、父上の返事もそろそろ来るはずだ」



ガフナーが昨日の午後手紙を出したので王宮内でも結論が出ている頃合いだ。



「ではカンバラシノ まずは身を綺麗にして食事をしよう その内、君の処遇について連絡が来るだろう」



「カンバラは名字なのでシノって呼んでください」



家名ということか?



「そうか、ではシノと呼ぶことにしよう」



 王都の父上から返信がきたら、そのまま王宮に落ち人を引き渡すつもりでいた。

落ち人は国で保護する要人である。

それがなぜか、国王と宰相である父からの返信は、そのままバードリード領で保護せよ。と一言のみだった。



********



 さて、このマクミリオン・バードリードという男

バードリード伯爵家の次男である。

国の宰相である父と国王の姉である母。

財務大臣補佐である兄、その他に良家へ嫁いで行った姉が2人と妹が1人。

伯爵家とはいえ力を持った所謂エリート一家なのである。

 

バードリード家特有のピンクがかった薄茶色の髪と深い青色の瞳 整った顔立ちでバードリード家の麗しの5兄弟といえば社交界で視線と話題を集めていて、特に長男と次男は適齢期のご令嬢たちにとても人気があった。のだけれども。

 

兄のナグラージュは愛想ゼロの冷血漢、で仕事馬鹿。弟のマクミリオンは領地に引きこもる変わり者のロバ馬鹿。

気がつけば30を超えても嫁を貰うばかりか女性と付き合ったことさえ無いのではと噂が駆け巡った。

実際マクミリオンはロバばかりに愛情を注ぎ、女性とお近づきになったことさえなかったのである。


 とはいえ、ヘタな侯爵家よりも力のあるバードリード伯爵家。

家同士がまとめた婚約者がいたこともあった

ナグラージュは婚約者と会っても一言も喋らず目も合わせなかった、数回の会席の後 怯えた女性側からの申し出で婚約は破棄された それも3回も。

マクミリオンは会席にロバを連れて現れた。婚約者そっちのけでロバを愛で慈しみ褒めそやす、これも怯えた女性側からの申し出で婚約は破棄された こちらは2回。


 宰相である父と叔父である国王は考えた。

落ち人ならばバードリード家の息子たちのことは何も知らない。落ち人に爵位はないが国により貴族と同じ扱いを受ける。しかも結婚できる年頃の娘だという。


 そしてこれが一番大事なことだが、なんと言っても落ち人には変わり者が多いのである。変わり者の落ち人の前ではロバ馬鹿仕事馬鹿も少しは霞むであろう。変人同士気が合えばもうけ物なのだ。

これを逃したらバードリード家の血筋が途絶えてしまうかもしれない。

一緒に過ごさせれば、どうにかこうにか間違いが起こるかもしれない、いや是非起こしてほしい。


 そうした思惑で落ち人である神原紫乃は、勝手に期待されてバードリード家に放流されたのである。




********




「マッキー!今日はお昼お庭で食べよう!」



マッキーとは、私のことらしい。

マクミリオンが呼びにくいと言うので好きに呼べといったらこうなった。


 シノが落ちてきてからもう5年になる。

3年目に痺れを切らした国王から王命としてシノと夫婦になる事を命じられた。


 こんなロバばかりをかまっている根暗な男は嫌がるだろうと思ったが、カフェを開くことが夢だったシノが、カフェをやっていいなら結婚すると、あっさり了承した。

私もシノはロバみたいに可愛いと思っていたので、トントンと婚姻が整った。


 シノが牛乳をカフェで使いたいとロバ牧場の一画で牛を育てると言い出し、ついでとばかりにヤギや鶏まで育てはじめた。その乳や卵を使ったお菓子やチーズなど、ロバしかなかった領地に特産品ができて潤った。今度は豚を育てたいらしい。


 両親がとても心配していた後継問題も解決した。2人男女が生まれたところで、兄上は好機とばかりに一生独身宣言をした。

国王はもう1人いい年頃の女性の落ち人が来ればいいのにとぼやいていた。



「あの日、シノがあそこに落ちてきてくれてよかった」



シノの作った昼食を食べながら呟く。



「私も、見つけてくれたのがマッキーでよかった」



 シノが私に、この土地にいろいろなものを連れてきてくれた、と私は思う。

今はロバよりも、シノが世界一愛おしい。

私がそう囁くと、



「ロバが好きなマッキーも可愛くて大好きよ」



と、私の落ち人は可愛らしく笑うのだ。




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