第7話【狩人等級】
建物の扉は両開きの観音扉で、すでに開かれていた。
さすがにタイラントベアを担いだままでは通れそうになかったため、引きずる形で中へと入っていく。
中は広いロビーになっていて、様々な喧噪であふれていた。
どこへ向かえばいいか分からないできょろきょろと辺りを見渡していると、一人の女性が近寄ってきて声をかけてくれた。
強めのウェーブがかかった肩まで伸びた茶髪と、芯の強そうな焦げ茶色の大きな瞳が印象的な美人だ。
そして、男のさがでついつい目線はその豊満な胸元に引き寄せられてしまう。
「これは驚いたねぇ!! タイラントベアじゃないか。しかも見たところ周りはほとんど損傷がない。見ない顔だけど、あなたが仕留めたのかい?」
「ギルドの人かな? これを売りたい。ここに持ってくれば買い取ってくれると聞いたんだが」
見た目に依らず威勢のいい話し方の女性に、俺は用件を伝える。
女性の声が大きくよく通るせいか、周囲の人たちがこぞってこちらに視線を投げてくるのを感じた。
「そうだよ。私の名前はリリアンヌ。みんなはリリーって呼んでるね。モンスターの買取なら、あそこに見える台が受付だよ。どうやらここが初めてみたいだから、私が案内してあげるよ」
「助かる。俺はユーヤ。この子はメイアという。ところで、これを売るついでに狩人ってのにも登録をしたいんだが」
俺の言葉にリリーは大きな目を更に広げて丸くする。
それだけじゃなく、俺の方に視線を向けていた人たちからささやき声が漏れ始めた。
「ユーヤ。あんた狩人に登録したいって……まさか狩人でもないのに、タイラントベアを仕留めたっていうのかい? おや? 今気付いたけど、この子はエルフだね? なるほど、こっちの子が狩人で、仕留めたのもこの子ってことかい?」
「違います!!」
リリーが言った言葉を、俺の隣で話を聞いていたメイアが大声で否定する。
あまりの剣幕に、言われたリリーだけじゃなく俺までびっくりしてしまった。
「タイラントベアを倒したのは私じゃありません! このユーヤさんです!!」
「そ、そうかい。そう怒らないでおくれよ。でもびっくりだねぇ。タイラントベアなんて普通は狩人等級四以上の狩人が狩るモンスターなんだけどね。それを狩人でもない子が仕留めちゃうなんて」
「狩人等級? それはなんだ?」
「ああ。それも知らないのかい。狩人はその活動に応じて等級点てのがもらえてね。それが一定数貯まると狩人等級が上がっていくんだ。ちなみに狩人になったばかりが狩人等級一で今のところ狩人等級七まであるのさ」
どうやら、狩人の強さの指標の一つのようだ。
しかしタイラントベアが狩人等級四と言われても、真ん中だから強いのか弱いのか良く分からないな。
「まぁ、そういう説明も含めて、あっちで教えてあげるよ。強い子が狩人になってくれるのは大歓迎さ。外を歩けばモンスターなんてそこら中に居るんだ。狩人なんかいくらいても足りないくらいだからね」
「おいおい。いくら狩人が必要だからって、こんな大ボラ吹きのガキを狩人にする必要なんてねぇよ。リリー」
突然の声に俺は後ろを振り返る。
そこにはまるでタイラントベアが立ち上がったような体格を持つ、一人の男が立っていた。
金属で出来た鎧を着込み、腰には大きな剣を差している。
獰猛な目付きで俺を睨むと、丸く潰れた鼻で盛大に笑った。
「ふん! このガキがタイラントベアを倒しただと? 冗談でも笑えないぜ。大体その丸腰でどうやってこいつを倒したって言うんだよ。まさかステゴロでとかほざくんじゃねぇだろうな?」
「ちょっと。ギュンター。ちょっかい出すのは止めとくれよ」
「おいおい。リリー。まさか本気でこいつがタイラントベアを倒したと信じてるんじゃねぇだろうな? なんだ? まさかその年でこんなガキが好みだったのか? おいおいおい。止めとけ。男ってのはな。俺みたいな勇ましいやつがいいんだよ」
「はっ! いくら狩人等級四だからって、調子に乗るんじゃないよ? あんたみたいな男、一切興味がないね。私に好かれたかったら、そのオークみたいな顔をどうにかしてからにしておくれ!」
「なんだと!?」
どうやらリリーは口調だけじゃなく性格も威勢がいいらしい。
しかし、ギュンターはリリーの一言で激昂したらしく、リリーの横顔めがけて右の手のひらを振るった。
さすがにこの体格差では、リリーはただでは済まないだろう。
それに、いくらリリーが多少言い過ぎたとしても、手を出すことは看過できない。
俺はリリーの頬にギュンターの手が届く前に、その腕を掴む。
リリーは衝撃に耐えるためか目をぎゅっとつぶったままだ。
「ひとまず、彼女の言い方に多少の問題があったとしても、さすがに大人げないぞ? それに、もとはと言えばあんたが難癖を俺につけてきたからだろう?」
「こ、この! 俺の腕を放しやがれ!! あいたたたた!!」
握られた腕を振り払おうとして動くので、俺は掴んでいる手の力を少し強める。
その瞬間、ギュンターは痛みに耐えかねたのか、膝を地面に突くように崩れ落ちた。
「とにかく。俺が狩人になろうが、あんたに関係ないだろう? 分かったら、あっちへ行ってくれないか?」
「分かった! 分かったから!! 腕を放してくれ!!」
涙と鼻水を垂らしながら、ギュンターは叫ぶ。
どうやら、力の加減を間違ってしまっていたらしい。
俺は慌てて手の力を緩める。
ギュンターは俺から解放され、力なくそこに倒れこむと、我に返ったように悲鳴を上げながらどこかへ逃げていった。
さっきのリリーの話では、ギュンターは狩人等級四という話らしい。
本当にあの男に、タイラントベアが倒せるのだろうか?
そう思うとなんだか俺が倒したタイラントベアが大したことのない相手のような気がしてきた。
妙に残念な気持ちのまま、リリーに案内され、俺はモンスターの買取窓口へと向かう。
「マーク。久しぶりの大物だよ。なんとタイラントベア丸ごとさ。目立った外傷無し!」
「ああ、リリー。あんまり無茶やらないでおくれよ? それにしても驚いたね。あの荒くれ者のギュンターを黙らしちゃうなんて。君は将来有望な狩人になれるよ。俺が保証する。そして、どんどんいいモンスターの素材を持ってきてくれると助かるよ」
窓口でそう答えるマークは、丸眼鏡をかけた壮年の男性で、少し後退しかかった髪をしきりに後ろになでつけていた。
マークに促され、俺は窓口の横にあるモンスターの素材の搬入口にタイラントベアを置く。
「どれどれ? こりゃあ凄い。このまま動いてもおかしくないような見た目だね。うん……? ちょっと待てよ? これは……まさか!?」
買取価格を調べるために素材の状態を調べていたマークは、何か気になることがあったようで入念に調べ始め、そして驚愕したような声を上げた。
その声にリリーは不思議そうな顔をして、何があったのかとマークに疑問を投げかける。
「どうしたんだい? マーク。なんかおかしなものでも見つかったのかい?」
「リリー。これはタイラントベアなんかじゃないよ。狩人等級六以上が対象のキラーグリズリーだ!!」