第4話【目標】
「な、なんなんですか!? スキルで増やす!? 聞いたことありません!!」
「あー、そうなのか。それじゃあ、あまり軽々しく話すものじゃないかもしれないな。メイアはもうしょうがないけど」
そう言いながら、俺は回復薬の一本を開け、匂いを嗅いでみた。
嫌な匂いだったらどうしようかと思ったが、どうやらそんなことはないようだ。
恐る恐る口に入れる。
少し苦いが、青汁だと思って飲めば、飲み込めないほどでもない。
「ふぅ……凄いな。この回復薬ってやつは。飲んだ瞬間、痛みが引いたよ」
「運よく割れずに残っていたのが、中級回復薬で助かりましたね。下級の物では、折れた骨などを治すには効果が足りませんから」
「そうなのか。とにかく、この回復薬が無事に見つかって助かった。メイアも飲まないの?」
「あ、はい。いただきます」
俺のスキルの効果に注目して、手に持っていた回復薬のことを忘れでもしていたのだろうか。
指摘されて、メイアは慌てた様子で回復薬を俺と同じように飲み干した。
飲む前は右足をかばうような立ち方だったが、今はきちんと両足で立てることが肩を貸している俺にも伝わる。
無事に怪我が治ったのか、もう肩を借りるのは必要ないとばかりに、俺から離れていった。
体に触れていた柔らかな感触が離れていくことに、少し残念な気持ちになる。
良く考えてみたら、少女とはいえ、異性の体にこんなに密着したのなんて物心ついてから初めての経験かもしれない。
そんな前の世界の俺の不遇を思い出し、悲しくなってきてしまった。
「改めて、お礼を言わせてください。タイラントベアに出会ったのに生き延びられたのも、怪我が治ったのも全部ユーヤさんのおかげです。本当にありがとうございました」
俺の考えなんて分からないであろうメイアは、キラキラした顔で、再びお礼を言ってくる。
その笑顔の可愛さに、俺は一瞬言葉を失ってしまった。
いかんいかん。
こんなのでは、せっかくもらった新しい人生も同じ過ちを繰り返してしまう。
そう思った俺は、格好をつけて返事をすることにした。
「いいよ。それに、回復薬のことは俺も必要だったんだ。教えてくれなきゃ、俺も今頃痛みで泣いてた」
ん?
痛みで泣いてたって、全然格好良くないんじゃないか?
自分で言った言葉につっこみを入れつつ、俺はひとまず疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
それは、メイアが何故こんなところでタイラントベアに襲われていたかということだ。
「それにしても、どういう状況だったんだ? あんな恐ろしいモンスターが出る場所なんて知っているなら、近寄らなければ良かっただろう?」
「それが、この辺りがどんな所か、私分かってなくて。それに……」
メイアは転がっている死体に目をやり悲しそうな顔をする。
先ほど俺がメイアに向かって『エルフ』と呟いた時と同じ顔だ。
「私は、あの二人にさらわれてここに来たので……」
「さらわれた? なんであの二人がメイアをさらったりなんか?」
「ユーヤさんは、そんなに強いのに、あまり世の中のことに興味がないみたいですね? 私たちエルフは、希少種と言われ、ヒューマンの間で高値で取引されているとか」
「なんだって!? つまり、あそこに転がっている奴らは人さらいってことか! ちっ! 一瞬でも憐れんで損したぜ」
確かにメイアほどの美しさを持つ少女を金の力で自由にしたいと思う輩はいるだろう。
しかし、それに加担するって時点で人として終わっていると、俺の安っぽい正義感が強く言っている。
とにかく、メイアを再び自分の両親の元へと連れていきたい。
俺は自分のことすら満足に分かっていないのに、そんな目標を勝手に立てた。
「そうと分かれば、メイアを元居た場所に届けたい。ここが何処か分からないって言っていたけど、自分の元居た場所への道のりも分からないのかい?」
「ええ。残念ながら。さらわれた時は、私いきなり大きな袋に押し込まれて。気が付いたら、馬車の中でした。でも、かなりの距離を移動していると思います。ここに来るまでに、何度も街に寄ったみたいですから」
どうやら、少なくとも歩いていける距離ではなさそうだ。
いずれにしろ、送り届けると言ってる俺が、明日の生活もままならないのだから、そこも何とかしなければいけない。
「そうか……俺も自分で言っておいてなんだけど、ここが何処なのかも知らないんだ。それに、俺自身のことも良く分かっていない」
「え!? ユーヤさんは記憶喪失か何かなんですか? あ! だから、回復薬のことも知らないんですね」
どうやら、メイアは少し勘違いしてしまったようだが、変に転生をしたと伝えるよりもいい気がしてきた。
実際、この世界の記憶は全くないのだから全く嘘というわけでもないし、今後もそういう設定で説明することにしよう。
「ああ。だから、もし良かったらでいいんだけど、色んな常識を教えてくれないかな? メイアが元居た場所に戻れるまででいいから」
「分かりました! ユーヤさんは私の命の恩人です! 出来る限りのことをさせてください! それに、私のことよりもユーヤさんの記憶を取り戻す方法を優先してくれて構いませんし」
「あ、いや。俺の記憶のことはいいんだ。忘れてしまったことはもういい。知らないことを覚えていければね。とにかく。まずは近くの街を探そうか。ここにいたのでは、また恐ろしいモンスターに襲われてしまうかもしれないし」
「そうですね。ここから一番近い街なら、行き方はなんとなく分かります。襲われる前に街に立ち寄ったばかりでしたから。あ! そうだ!!」
何かを思いついたようで、メイアは俺の手を取り、タイラントベアの死骸へと向かった。
近くで見ると、死んでいることは分かっていても、いまだにこのモンスターを俺が倒したのが信じられない。
「何をするにもお金は必要だと思うんです。タイラントベアの死骸なら、かなり高値で買い取ってもらえるかも」
「なるほどね。それはいいアイデアだ。でも、こんな巨体、運んで歩けないよ。馬車だってもうないし。うん?」
俺は、タイラントベアの死骸に不思議な文字が浮かび上がっているのを見つけた。
良く見ようと、更に近付く。
それは、白く光る文字で書かれていた。
【筋力増強(大)】と。