第3話【回復薬】
俺は痛む身体で立ち上がり、クレーターの中心を覗く。
すでに衝撃で空から落とした大木も、タイラントベアを押しつぶしていた大木も跡形もなく消えていた。
俺は自分のしたことの結果に驚く。
隣を見ると、少女も同じく驚いたような顔をクレーターに向けていた。
一体どれほどの威力があったのだろうか。
まるで隕石でも落ちた後のようだ。
それほどの衝撃があったにも関わらず、タイラントベアの体は依然としてそこに残っていた。
しかし、口などから大量の血を吐き出した跡が見られ、内臓が破壊されていることが窺い知れた。
しばらく様子を見ていたが、ピクリとも動かない。
完全に死んでいると思って間違いないだろう。
「あの……すいません。助けてもらったのに名乗りもせず。私、メイアと言います。本当に助かりました。ありがとうございます」
「あ、ああ。いいんだ。それより立たなくていい。足が折れているんだろう? 俺の名前は……」
折れた足で無理に立ち上がり、再度お礼を言ってきたメイアを座らせ、俺も名乗ろうと思い言葉に詰まる。
転生したことが事実だとして、この体に名前はあったのだろうか。
不思議そうな顔でこちらを窺うメイアを前に、俺はこの体の記憶があるのか探ってみたがダメだった。
転生前の記憶は簡単に思い出せるのに、俺がこの体で意識を持った前の記憶は一切思い出せない。
まるで、俺という存在がこの姿のまま、この世界の突如現れたみたいだ。
しょうがなく、俺は前の世界の名前を使うことに決めた。
「俺の名前はユーヤ。とにかく、二人とも無事とは言えないけど、助かってよかった。このタイラントベアっても倒せたみたいだし」
「それです!! タイラントベアを単独で、しかも一撃で倒してしまうなんて!! さぞ名のある狩人なんですね!? あなたには無理だなんて言って、すいませんでした!!」
タイラントベアというのがどういう存在かは知らなかったが、この状況を見れば、俺は無謀に等しい挑戦をしてしまっていたことを理解できる。
おそらく、前の世界の重火器でも持ってこなければ倒せないような相手だったに違いない。
今回は運よく倒すことが出来たが、こんなモンスターのような生き物が居る世界だ。
今後は安易な行動を控えるように肝に銘じよう。
しかし、狩人というはこんなモンスターも倒せるような存在らしい。
スキルが使えていい気になっていたが、随分と恐ろしい世界に飛ばされてしまったようだ。
「いや、俺は君の言う狩人ってやつじゃないんだ。それに、俺がこのタイラントベアってやつに勝てたのは偶然だよ。あ! 痛たたた……」
かっこつけてみたかったが、痛めた肩に再び激痛が走り、俺は情けない声を出してしまう。
「大丈夫ですか!? ちょっと待ってください。もしかしたら、あそこに倒れている馬車の中に回復薬があるかも。私、見てきます!!」
「いや。その足じゃ無理だろう。むしろメイアの方こそ、その回復薬ってのが必要なんじゃないのか?」
そう言ってまた起き上がろうとするメイアをいったん俺は止める。
俺が取りに行くと言おうとして、その回復薬がどんな見た目なのか知らないことに気が付いた。
格好つけようとして失敗するのは、昔から俺の悪い癖だ。
こっちの世界では少し自重しよう。
「ごめん。メイア、俺が取りに行くと言いたいところなんだけど、実はその回復薬ってのがどんな見た目なのか知らないんだ。肩を貸すから、一緒に行ってくれないか?」
「え? 回復薬の見た目を? 分かりました。それじゃあ、申し訳ありませんが肩を貸してください」
痛みのない肩でメイアを支え、俺たちは痛みに耐えながら少し離れた馬車へと向かった。
すでに馬車につながれていたと思われる馬は絶命し、その馬車自体も大破してしまっている。
「これじゃあ、探すのにも一苦労だな。うん? この袋は?」
「あ! それはきっと、道具を入れておく袋です!! 貸してください」
小さめのリュックのようなサイズの袋を、俺は拾い上げメイアに渡す。
中を覗きながら、メイアは一本のガラスの瓶を取り出した。
「ありました!! 良かった。割れてない。でも……残念ながら一本だけのようです。ユーヤさん。どうぞ使ってください」
どうやらこの世界は、この緑色の液体をかけるか飲むかすれば怪我が治る便利な世界らしい。
それならば、さっさとこの回復薬を使うに限る。
「ちょっと、それを貸してくれるかな」
「はい。あ、回復薬を使うのは初めてなんですか? これは、一気に飲み干して使うんです」
使い方を教えてもらって一安心だ。
とにかくこのままでは俺かメイア、どちらかしか怪我を治すことが出来ない。
「【コピー】そして【ペースト】」
俺が静かにそう言葉を発すると、左手に持っていた回復薬と同じ物が右手にも現れる。
何も考えず空いている手に出現させたが、そのせいで怪我をした肩に痛みが走る。
「え!? な、何をしたんですか!?」
「うん? 俺のスキルで増やしたんだよ。はい。これ、メイアの分」
驚いた顔をするメイアの前に、左手に持っている回復薬を差し出す。
不思議そうな顔をしながら受け取ったメイアをしりめに、俺は再び【ペースト】を使い、回復薬を更に増やした。
俺のスキルは便利だが、一度他の物に【コピー】や【カット】を使ってしまえば、前の物は増やすことが出来ない。
怪我を治すような便利な物なら、またすぐに必要になる機会が現れるだろう。
そう思いながら、ひとまず俺は更にもう一本回復薬を増やす。
一本あれば無限に増やすことが出来るが、念のため互いに一本ずつは持っていた方がいいと思ったからだ。
「えええええぇぇぇぇぇ!?」
メイアは、さらに増えた回復薬に目を丸くして、そして大声を上げた。