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第百三十話 龍と聖女

『……神崎君、()()を知っているのか?』

『はい。俺の仲間だった人です。事情を話しても、すぐには理解してもらえないと思いますが……』

『そうか。交流戦に使われたゾーンで出現した女型の魔人についても……』

『俺の仲間です。昔俺の仲間だったみんなが、敵に操られている……その力を、利用されているんです』


 こんな話をすれば、俺も敵側だと思われても無理はない――まして、この龍は映像で見ただけでも、その力が尋常なものではないとわかる。


 魔人となったイオリとも違う。ミアは個体でも強力な力を持つ魔物に融合させられている――画像で見ただけでは、どんな状態なのかは確定できないが、あの姿になることを自分から望むとは思えない。


『……私の立場からは、あの龍を殲滅するか、止めなければならないとしか言えない。神崎君の仲間がどういった理由で敵対しているのかは分からないが、間違いなく龍も、彼女自身も我々に敵意を向けていた。彼女のスキルで私の部下は戦意を奪われ、逃げることしかできなくなってしまったのだ』

『それは、歌を歌うスキルですか? 「聖女」だった彼女には、聖歌という系統のスキルがあります』

『確かに、歌ではあった……だが、聖なる歌というようには聞こえなかった。直接胸の中に染みてくる、甘い毒のような……私は精神防御の修養をしていたために耐えられたが、部下たちは……』


 状況は把握できた。今のミアが俺の知っているミアでなくても、歌声を媒介とするスキルを使う――それは、精神防御の呪紋で対抗することはできる。


「綾瀬さん、その『龍』の強さをどれくらいだと見ていますか?」

「……それは……」


 綾瀬さんが言葉を探している。そうすることが何を意味するかを分かっていても、簡単に口には出せないのだろう。


「……あれほどの魔獣がこの国に現れた記録は、残っていない。ランクで規定される範囲なら、私はAランクの魔物までは討伐に参加したことがある。しかしあれは、異常だ」


 声を喉から絞り出すようにして綾瀬さんは言う。


 この国に現れたことのない強さの魔物。だがそれは本体の話で、『鱗獣』はBランクの範囲の強さだ――それでも、本来なら戦えるレベルの人は限られてくる。


 討伐科の一年生が戦闘に参加すること自体が、無謀だ。


 そう分かっていて、誰もが唇を青ざめさせて――それでも。


「玲人……私達にできることはある?」


 それでも、雪理はそう尋ねてくる。


 俺は彼女の強さを知っている。今持てる力を出し切れば、俺を圧倒する瞬間すらあることも――だが『龍』がそんな次元の怪物ではないのだと、画像を見た俺の感覚が告げている。


 ただ巨大なだけではない。その内にあるエネルギーは、このゾーンの外に出たとき、朱鷺崎市に壊滅的な打撃を与えるだろう。


 だが俺は、あの魔物のことを全く知らないわけではない。


 山のように大きな魔物。VRMMOによくあるレイドボスだと思って、大勢のプレイヤーが命を賭けて挑んだ――そんな敵がいた。


「綾瀬さん、このエリアに撤退する前に鱗獣を倒すことはできていませんか?」

「最初に遭遇した五体は倒せている。携行兵器の投擲爆雷を使った……ありったけを使いきったが、それで少しだけ本体の動きを止められた」

「そのとき、首が下がってきていませんでしたか?」

「っ……なぜそれを? 五体倒したときに首が下がってきて、しばらくしてブレスを吐く態勢に入るまでは、頭部は動かないままだった」

「やっぱりそうか……それがその魔物の習性なんです。身体の一部を分体化したとき、分体を倒すと本体にも影響がある。下がってきた首はもちろん攻撃してきますが、それまでは隙ができます」

「そういうことか……しかし私たちは、ブレスを吐かれる前にこちらのエリアまで後退している。鱗獣を倒すことで生まれる隙は、『歌』の効果で無くされてしまう」

「……その歌に対抗する手段が必要ですね」

「そういうことなら、姉やんに聞いたら何か分かるかもしれん。姉やんは祓魔師……悪魔祓いや。龍の姿をしてても、姉やんがそれを脅威やと思ったんなら悪魔の一種ってことや。たぶんやけどな」


 悪魔の一種――イオリと同じような変化がミアにも起きたのだとしたら。


 ウィステリアにエリュジーヌが憑依していたように、ミアもまた『龍』――龍の姿をした悪魔に取り込まれているということなのか。


『綾瀬さん、みんなにも、さっきの画像を共有してもらえますか』

『……やはり話しておかなければならないか。分かった』


 綾瀬さんが頷き、俺たち全員の顔を見たあとで言った。


「皆に聞いてほしいことがある。私はこれから『龍』に戦いを挑むが、この龍は人を取り込んでいると考えられる……この画像を見て欲しい」


 仲間たち全員に画像が共有される。脳裏に表裏されただろうその光景に、誰もが言葉を失っていた。


「これは……魔物と女の子が、繋がって……」

「っ……酷い……一体、誰がこんな……」


 俺も雪理と伊那さんと同じ気持ちだった。


 ミアをこんな姿にした相手に、必ず報いを与える――そしてそれがいかに難しいことでも、俺はミアを助けたい。


「……俺は彼女を助けたい。だが、それが可能かも分からないし、この魔物に近づくだけでも大きな危険がある。だから……」

「玲人さん……それでも私は、玲人さんが一人で行くのなら、自分も行くと言います」


 黒栖さんの声は震えていなかった。それが当然というように、彼女は微笑んでいた。


「私にできることがあるなら、何でもします。ここで待っているのが一番いい答えなら……そのときは……」

「……さっき、俺たちの連携であの魔物……『鱗獣』を倒すことができた。この『龍』を倒すには、『鱗獣』を五体倒さないといけない」

「あのデカさの魔物の数百倍の大きさがある龍とやらに、それで何か効果があるのか?」

「そうすることで、龍の背中にいる少女に近づけるかもしれない。そうしなければ何も手出しができないんだ」

「接近することができたら、あとは神崎さんが何とかしてくれるというわけですわね……しかしランクBの魔物が五体となると……」

「三体倒せたんですから、五体も同じですよ。やるしかないなら死ぬ気でやります」

「神崎、あれの弱点は目だと思うか? 次は狙ってみようと思うが……」

「装甲が薄いのはそこだが、鱗獣も龍に似ている特徴がある。龍は角と逆鱗が弱点なんだ」

「なるほど……ここは爆砕弾を使ってみるか。バレルに負担はかかるが、角を破壊するには向いているだろう。それとも僕の実力では、どんな攻撃も通じないか……」

「銃器の威力は、スキルで強化することはできるが一定の威力は保証されている。熟練の使い手と同等でなくても、弾薬を変更することで効果は上がるだろう」


 唐沢や木瀬と同じく銃器を使う職業の綾瀬さんなので、そういったアドバイスにも説得力がある。俺も唐沢たちと同じように聞き入っていた。


「私の刀は悔しいけれど、あの硬さでは通じないわね……ここで討伐隊の人たちの守りについていましょうか」

「鱗獣はもちろん、龍本体の攻撃もある……接近戦は難しいだろう」

「魔法を使うときに攻撃されてしまわないように、引き付ける役割は必要ですね……玲人さん、私がそれを担当します」

「黒栖さん……」

「そういうことなら私も、回避に徹すれば時間は稼げると思います。先生の魔法で加速すると、残像が残るくらいの速さで動けますしね」

「いざというときには、私の力で回避の猶予を作れるようにするわ」


 雪理の『アイスオンアイズ』は格上相手にも通用する――それはイオリとの戦いで確かめている。


「姉崎さんもここで待機しててくれるかな。俺たちは必ず戻るから」

「……あーしもついていきたいって言ったら? なんてね。みんなが帰ってくるのを待ってるのも、マネージャー……じゃなくて、トレーナーの仕事だから」


 鷹森さんと姉崎さんは待機することになり、あと一人残ったのはハルだった。


「……さっき、『歌』と言ってましたよね。あの龍が、歌を歌うんじゃなくて……背中にいた、あの子が歌うんですよね。きっと」

「そうだ。その歌は彼女の使うスキルだ……おそらく魔物に操られているのだろう」

「偶然ですけど、ボクも歌のスキルを持ってるんです。役に立てるか分からないですが、それでもついていきたいって……勘っていうんでしょうか」

「その直感は大事かもしれないな……分かった。ハルも一緒に行こう」

「っ……が、頑張りますっ!」


『第4エリアからの振動が停止 エリアゲート通過先からの熱源反応が消失』

「やはりブレスを吐いていたか……今なら突入できる。五体の鱗獣を倒すこと、そして龍を監視しているヤクモと通信し、情報を得ること。それがまず私たちのすべきことだ」

「了解しました。まず俺が行くから、みんなは……」

「私も同行する。大人は責任を取るためにいるものだ……行かせてくれ、神崎君」


 綾瀬さんも一度は重傷を負っていて、全身防具のスーツも応急処置をしただけで破損している。それでも彼女の戦う意志に陰りは一切なかった。


「……行きましょう、綾瀬さん」

「ありがとう」


 俺は『スピードルーン』で速度を上げ、『アクロスルーン』で踏破力を上げて、綾瀬さんと一緒に走り出す。


 エリアゲートの濃い靄に入る――真っ直ぐにひたすら走り続けると、靄が薄れ、視界が開けた。


 第3エリアよりもさらに高熱の環境。エリアを構成する天地は淡く発光する赤みがかった岩でできており、天井が見上げても見える距離にはない。


『神崎さん、『龍』と言われた魔物はすでに視界に入っています』

「ああ……本当に小さな山くらいはあるな。馬鹿げたデカさだ……っ」

「神崎君、夜雲(ヤクモ)から通信が入っている! 回線を開いてくれ!」


 綾瀬さんの指示を受けて通信回線をオープンにすると、ナギに似た、しかしどこかはんなりとした女性の声が聞こえてきた。


『戻ってきてくれたんか……私らもそろそろどうしようかと思ってたところやけど、待ってて良かったわ』

『夜雲……衛理(エイリ)君もいるのだから、無謀を考えるものじゃない』


 綾瀬さんはそう言って夜雲さんを(たしな)めるが、声には安堵が滲んでいる。


柚夏(ゆずか)、「龍」の動きを止めるために要石(かなめいし)は置いてある。けどエイリがあの「歌」で技を封印されてしもたんや。この状態を治さへんと何もできへん』

『スキルを封印されたんですね。それは俺が治せます』

『ほんとに? さすが、聞いてた通りやなぁ……柚夏がベタ褒めしてた神崎(カンザキ)君やろ、君。思ったより可愛い声してるんやねぇ』

『姉上、高校生の男性に可愛いというのは……』

『なんや、うちの弟が妬いてるわ……って冗談言ってる場合やない。右手に高台が見えてるやろ? そっちになんとか来てくれへんかな。私らはそこに潜伏してるんや』


《――異常な振動を検知しました 周辺の状況に注意してください》


(これは……『龍』が動いた、ただそれだけで……!)


 『龍』が一歩足を動かしただけで地面が揺れ、その体表から鱗が落ちてくる――その一枚一枚が『鱗獣』になり、こちらに向かってくる。



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