こんな場所に居られるか! オレは先に帰らせてもらう!
投稿遅くなってすいませんでしたぁぁぁ!!!
いろいろ手を伸ばしすぎてるんですぅぅぅぅ!!!!!
「ふーん、ふふーん……。」
「うぅ……。」
ギュッ。
「あら可愛い。」
「……ん。」
ナデナデ。ムギュ。
擬音語と擬態語だけで何が起こっていたのかわかる人はきっと一定数いて、そしてその人はきっと想像力豊かな人だろう。
不安が沸き上がり恐怖に怯えながら、姉の手に縋っているオレは気分を逸らすためにそんな事を考え、しかし逸らしきれずにより強く姉の身体に顔を埋めた。
片手でスマートフォンを更に薄くして空中投影機能を付けて視線入力が可能となった携帯端末を弄りながら、フード越しに頭に感じる姉の手に何とか安心感を得ようと努力を続けるけれど、効果はあまり期待できない。
あぁ、鼻歌なんか歌いながら平然としている姉が憎らしい。オレが抱き着く反対側に引っ掛けられた、奪われし絶対防壁にこっそりと手を伸ばすと、だからどうして気が付くんだよという反応速度でその手が抑えられてしまう。
「姉貴ぃ……。」
「ダーメ。病院内で付けるもんじゃないでしょ。」
姉の言に絶望するオレを無視して、再び視線は携帯端末へと戻る姉。
オレが大げさだと思うか? それが大げさというわけではないのだ。本当に、自分でも不便に思うほどオレは人と直接顔を合わせて話をすることが苦手である。
まず目が合うと思考が真っ白に染まって喉の奥がキュウッと閉まる。それから動悸が激しくなって、なんだか嫌なゾワゾワとした感覚が全身を襲い始めるのだ。
だからこうして見られているという事を意識しないように姉の服に顔を押し付けてしがみ付いている。まあそれが原因で余計視線を集めているような気もしないではないが。
相手から歩み寄ってくれればまあ、少しは話せるようになるんだけど、オレの様子を見て向こうが避けてしまうから親しくなることもほとんどない。
まあ一応、ある程度仲が良い同級生もいることにはいる、けど、その程度じゃオレの学校に行くモチベーションにはならないな。
もし家に遊びに来てくれたら一緒に遊ばなくもない……いやそもそもオレの家教えてないからどうしようもないか。
【57番でお待ちの、『ゴコウ アイリ』様、『ゴコウ トオリ』様。18番診察室までどうぞ。】
「あ、呼ばれちゃった。ほら行くわよ。」
「ん……。」
スピーカーから聞こえた音声に反応した姉のその手に従い、俯きながら無機質な光が照らす通路を進んでいく。
大きな病院だけあってすれ違う人は多い。少し気になってチラッと覗く、こちらを見ながら微笑んでいるその表情が見えて慌てて再び俯き直した。
見せモンじゃねえんだぞコラ。
……なんて反骨精神はあるけれど勇気がない。姉よ、お願いだからソレ返してくれ。
オレは再び手を伸ばす。
「あっ……。」
「ダメ。」
遠ざけられたその救済の象徴に、オレは涙を禁じ得ない。
あぁ、どうして……どうして……。
「うっ……うぅ……。」
「これ、マジ泣き? ウソ泣き? わからないわね……。」
ウソ泣きだよやーいやーい……半分くらい。
もう半分はマジ泣きだ。どうも子供の身体は涙腺が緩くて、臆病モードに陥ったオレは結構すぐ泣く。
あふれる涙を姉の服で拭っていると、歩いていた姉の足が止まる。診療室に着いたようだ。
姉はノックすると、扉の中へと足を踏み入れ、オレもそれに嫌々追従する。
「失礼します。」
「……うす。」
「こんにちは、アイリちゃん、トオリくん。」
いつもニンマリ顔の先生。見た目は三十代ほどのどこにでもいそうなオジサンで、まだ若いだろうにオレたち『二世』の権威らしくその手の診察を一手に引き受けるその人。
オレたちに向かい合うように座って、相変わらず笑みを浮かべながら視線を姉に飛ばしていた。
そして今度はオレの方へとその目線が移動する。思わず目を逸らした。
「あれ? トオリくんは目が赤いけど、どうしたのかな?」
「う、あ、えっと……。」
「ここに来るまでに泣いてたんですよこの子。まあウソ泣きかもしれませんけど。」
「それはまた……それにしても、トオリくんは随分とアイリちゃんが好きなんだね。見ていて何だかホッコリした気分になるよ。」
「あッ……!?」
仲睦まじい? この医者は目が腐ってるんじゃないだろうか。
そんな目が腐った医者に正しい診察が出来るわけがない、つまりこの医者はやぶ医者である。
そんなやぶ医者に診察なんてされたくありません。オレは帰らせていただきます。
席を立ったオレに姉の手が伸び、パーカーのフードを思いきり引っ張られたせいで脱げて首が閉まった。
「グェッ……!」
まるでカエルのような声が喉から漏れ、そしてフードが取れたことに気が付いたオレは顔に熱が集まるのを感じる。
心が荒ぶり思考が塗りつぶされ、その場にしゃがみこんでしまった。
「あ、ちょっとトオリ……。先生ホントすいません……!」
「いや、私のことは気にしなくて大丈夫だよ。トオリくんは大丈夫かい? 確か前に来た時もそんな感じだったね。」
「家だとなんの問題もないんですけどね……あと、顔を隠している時と。って、あ、コラっ!」
蹲っていたオレは近くにやって来た姉の意識がそれている間に、その腰に引っかかっていたイージスの奪還に成功した。
思わずその表面を慈しむ様に軽くなでながら、自らの顔に押し当てる。
あぁ、素晴らしい、世界に光が戻ったかのようだ。先ほどまでの動悸は嘘のように心に凪が訪れ、そしてへ因果戻った。
オレは姉から距離をとると、そのまま部屋から逃げ出すように扉を開け逃亡を試みる。
廊下を走りながら吐き捨てるように後ろを向き、今では誰も知らないであろうセリフのパロディを叫んだ。
「こんな所に居られるか! オレは家に帰らせてもらブフォッ!」
「おっと、あら? 君、大丈夫?」
言い終わるか否かという所で体全体に伝わる衝撃とともにオレは尻もちをつく。
見えるのは看護師さんようの白衣、上から聞こえた声とぶつかった時の柔らかさ的に女性だろう。
あ、まずい。オレがぶつかったのは部屋から出てすぐのところだ。このまま黙ってたら確実に捕まる。
一言謝罪して再び逃走しようと顔を上げたその瞬間、オレの動きはまるで蝋人形のように固まった。
そしてそれは向こうも同じだ。小さなコルクボード片手に、その優しそうな顔を訝し気に歪め、そしてオレの存在を認識すればするほど顔に驚愕が張り付き始める。
「え、あ、マジで?」
「君……まさかとは思うけど、リセ太……くん?」
「トオリ! 待ちなさい!」
「あ、やべっ! あー、えっと。じゃあね! レッツパンク!」
「え、ええ?」
恐らくこの場でこの女性とオレにだけ意味が通じる合言葉を言い捨てると共に駆け出す。
後ろから聞こえる怒声と困惑の声を尻目にオレは曲道を何度も通り姉の追跡を撒いた。
運よく周囲に人が少ない区画でオレは思わず仮面に手を当てる、周囲の人たちから微妙に注目されているけど、仮面してるし気にならない。
それより重大な事があるからだ。
「マジかよ……世界狭すぎるだろ!」
ここで看護師として働いてたなんて初耳だよ! 偶然にしても程があるだろ!
なんでいるのさ、『わん子』さん!?
その世界の誰もそのパロを覚えていなかったらそれはパロではなくただの名言と化す。