あぁ邪神よ、どうかオレに在宅の加護を。
どういう感じの書こうか早くも迷走していた本作品、ようやく書きたい方向性が定まりました。
「ほら、さっさと服着てきなさい。」
「えー、なんでー! いやだよー!」
ベッドに仰向けになったまま両手足を振り回して抗議する俺に、親愛なる姉は見向きもしない。
あの後目が覚めると既に横に姉は居なかった。というかオレは約18時間ほど眠っていたらしく、既に時は昼過ぎで窓からは健康的だけどオレからしたら毒でしかない柔らかく同時に鋭い光が差し込んできていた、誰か助けて。
そしてオレにとって今日は地獄である、この肉体に産まれついての避けられぬ枷、天高くそびえるエベレスト級の壁である。
「なんで今日なのさ! 別に明日とかでもいいじゃん!」
「いやあんた、それ明日も同じ事言うわよね? 去年の事忘れた?」
去年……覚えてないな。オレの記憶力はかなりいい方だけど、嫌なことはすぐに忘れる。
良い性格をしてるだろう? 自分でもそう思う、最高の性格じゃないか。全人類に見習われるべきだ。
「でもー、でも行きたくないよー! 健康診断なんてクソ喰らえー!」
「クソ喰らったら無理やり病院行かせるわよ。」
「女子高生がクソとか言わない。」
「ふぅ……。良いから服着なさい。ほらっ上脱いで。」
「うわー、わっぷ!」
上に着ていたブカブカTシャツは、上から引っ張られると一切絶えることなくスポンッと抜ける。すっかり上裸にパンツという何とも悲しい姿になってしまったオレに、いつの間に取り出したのか外出用の薄いシャツと上着の緑色パーカーが投げて寄越された。
健康診断、俺たち『デザインズヒューマン』の二世に課せられた、何かしらの障害が無いかを調べるという名目の地獄。生前オレはどんなに悪い事をしたのだろうか、どんな悪い事をすれば、こんな残酷な仕打ちに年一で遭わなければならないのだろうか!
なんと、家から病院へ行って、そこで幾つかの診療を得て身体に異常がないか調べて結果が出るまで病院の中で待たなければならない! あぁ恐ろしい! あまりに残酷だ! オレを先に家に帰らせろ!
この家から病院までは歩いて20分ほど、そして病院での全ての工程を終えるのに必要な時間は、1時間。
家に戻ってくるまで寄り道なしで1時間40分!? なんて事だ、オレは今日死ぬかもしれない。
「あぁぁ……神よ……どうかオレに慈悲を。邪悪なる太陽と悪逆なる政策と逆徒たる我が姉に報いを……。」
「あんたが祈ってるの多分邪神よ。」
邪神でもいい、誰か助けて。そんな事を思い願いながら俺は相変わらずの格好のままベッドに身体を沈ませる。
顔にかかったパーカーに光がさえぎられて暗い、あと吐き出した息が暖かくて……あ、これ眠くなるやつだ。
身体全体で感じるおふとぅんのぬくもりに浸っていると、無理やり脇に腕を通され持ち上げ無理やりベッドから引き剥がされ、起立させられた。
目の前には少し怖い笑みを浮かべた姉、というかオレは確かに10歳でまだ身体は軽いけど、それを難なく持ち上げられる姉ってやっぱりゴリラなんじゃないか?
「ウダウダ言わない、どうせいつ行っても同じなんだから今日行っちゃいましょ?」
「……あ゛い……。」
「まあゾンビみたいな声。」
だって嫌なんだもの、ゾンビみたいな声くらい出るよ。
でも無理やり起立させられたらもう仕方ない、この姉怖いし、ゴリラだし。
オレは仕方なくベッドに投げられたままのシャツを被ると、パーカーを被って頭を出しながら姉に言う。
「姉貴ー、このパーカー髪色の被って変じゃない?」
「いや、似合ってるわよ。あんた何着ても似合うのよねぇ、ほんと羨ましいわ。」
「マジ? じゃあ……。」
オレは下に相変わらずパンツのみの状態で、パーカーの裾を抑えて下を隠すようなポーズを取る。
ちゃんと眉を顰めて不安そうな顔と、少し恥ずかしい目に遭った事を思い出して頬を染めるのも忘れない。
「おねえちゃん……おれ、お外行きたくないよ……。」
「んー、可愛いわ。でも駄目よ、さっさと下履きなさい。」
「ちぇっ。」
くそう、この姉の攻略は厳しいか。大体は今ので落ちるんと思うんだけど……。
あ、実際に知らない人の前でやったことは無いよ、やったらただのやべー奴だし、何よりオレの貞操がやべー事になる。
オレは再び投げ渡されたハーフパンツに足を通す。膝上まで出て少し太ももが見えるタイプの……ん?
「姉貴、さっきのオレのポーズに影響されてない?」
「だって可愛かったんだもの。」
あっけらかんという姉に、オレはジトっとした目を向ける。だったらさっきのオレの媚びは全くの無駄どころか姉の服選びの基準になっただけじゃないか。
あーいやだいやだ。この外行きの服特有の洗濯した後しばらく放置されて殆ど匂いがしない感じと、オレが普段家で来ている服とはちょっと違った厚手であんまり柔らかくない肌触りが何とも言えない不快感をオレに与える。
……何だろう、無性に気分が悪くなってきたような気がする。
「姉貴、オレ体調悪くなったから家で寝てて良い?」
「あらそれは大変ね、あんまり体調崩さないあんたが具合悪くなるなんて、病院でついでに診てもらいましょ。」
「……あー!なんか良くなった気がするなぁ!!!」
くそっ、逃げられない! 回り込まれるどころか追撃されてしまった!
はぁ仕方ない、こうなったら開き直るしかないか。
素早くハーフパンツと更に渡された靴下に足を通したオレは部屋から出ていく。
「あ、ちょっと、どこに行くの?」
「洗面所。」
自分の姿を鏡で確認し、どうやったらあざといか、可愛いかを確認する。そうすることでいつか人を誑し込めることが出来る機会が来た時に、活用出来るだろう。
オレの部屋には鏡が無い、姉の部屋にはあるのかもしれないが、流石に年頃の姉の部屋に入ろうとは……いや、気になるな。入ろうか。
いやーでも怒られそうだからやめとこう、オレは誘惑を振り切って洗面所まで駆け鏡に映った自分を見る。
「ほぇー、やっぱりオレ可愛いねぇ。」
肩まで伸びた薄緑色の髪の毛に、新緑色の瞳、その姿はさながら風の妖精のようである。
自称妖精って中々なもんだと思うけど、オレは自分の事を第三者視点で見ている為実質他称だ、問題ない。
普段は短いポニテにしている髪の毛はサラサラとしていて頭を揺らす度に柔らかに揺れ、撫で心地が非常に良さそう。
でも、その中性的な容姿は美少女にしか見えない。
「……大丈夫、付いてる。」
反射的に自分のハーフパンツを捲り中を確認して安堵の息を吐く。
でもぶっちゃけ女の子だろうが男の子だろうがオレ的にはどっちでも問題ないのだ、女の子ならロリコンに刺さるし、男の子ならショタコンに刺さる。
可愛くてち〇ち〇付いてる方がお得っていう人にもオレは刺さるし、あとついでに中性的な容姿は一部のロリコンにも刺さる。
あわよくば、オレでショタコンに目覚めてくれると嬉しい、目覚めるきっかけになった存在には特別な感情を抱くものだ、オレに対して甘々になるからオレにとって都合のいい存在になってくれるから。
……我ながら中々下種な思考だと思った。
「まあいっか。後はそうだな……髪の毛ピンで留めて、フード被ろっかな。」
子供用のパーカーのフードというのは結構可愛らしいデザインのものが多い。
例えば耳のような飾りが付いてたり、ブカブカだったり。そしてこれもその例に漏れない。
「あー、これなんだろう、狐かな。メーカー名も『ふぉっくすメイディー』だし。」
耳付きフードを被って鏡を見ると、顔に影が差してオレの可愛らしさがより誇張されている。
その状態で鏡の中の自分と目を合わせ、自然に見えるようにフニャリと顔を綻ばせた。そして思わず声を上げた。
「あっ、オレ可愛っ! やっべこれ!」
これは来ただろ! これ見ればネット民ども、それどころかあの姉でさえも落とせる! なんだかんだあの姉は可愛いもの好きだからな、きっとオレは刺さる。
そんな事を考えていると姉が階段を下りてくるトンっトンっという小刻みな音が聞こえてきた、ちょうどいい。
目の前に姿を現した姉にオレは先ほどの笑顔を向けて懇願する。
「おねーえーちゃんっ! オレ、外行きたくない♡」
「だーめ♡ フード被ってるし準備万端ね、さあ行きましょう。」
「え、あ、いやだー!」
あれぇ!? こんなはずじゃなかったのに。
オレは無念な思いを抱いたまま、手を引かれて天国から地獄へと引きずり出された。
やっぱり楽しんで書くのが一番ですね。