狂気と理性の狭間
書いてて頭おかしくなりました。(事後)
暗闇に包まれた部屋に、突如として光が差し込む。
PCにずっと向かい合っているオレにとって、それは吉兆か凶兆か……いずれにせよ、集中力が切れたのには変わりない、休憩時か……いや、オレの戦いはまだまだこれから……。
「トオリー、また昨日も結局部屋から出てこなぁぁあんた大丈夫!?」
「……唐辛子ペパロニアタック。」
「何言ってんのあんた。」
「唐辛子ペパロニアタックってのはパンベルで8番目に追加された『南蛮トンリスハン』がやったら似合うから名付けられたバグ技の一種でこれを使うと相手がぶへっ!」
パチーン!
突然両頬に染み渡る痛み、まるで唐辛子のようだ。唐辛子と言えばさっきの唐辛子ペパロニアタック使いとさっきまで戦っててようやく……あれ、なんでオレ唐辛子ペパロニアタックの解説しようとしてたんだ、というか今どういう状況これ。
「……ほっへいふぁい。」
「目は冷めた?」
目の前にはオレの親愛なるお姉さま、どういう訳だか両頬が挟まれてて、その頬は熱を持っているようだ。少し冷えた姉の手が気持ちいい。
待て、両頬が熱くて目の前には姉……つまり!
「オレ、姉貴に恋しちゃった!?」
「あ、まだダメみたいね。もう一発行っとく?」
「えんりょします。」
痛いのは嫌いだ。避けられる痛みなら極力避けたいと思うのが人間というものだろう。……あ、でもSMプレイとかそういう痛いだったら……ありかも?などと思考を巡らせる10歳児である。
やばいな、本格的にオレ頭がおかしくなりかけてるかも。
「まったく……ほんとに大丈夫? 何してたのよ、あんた二徹くらいなら余裕でしょ?」
「……見る?」
オレはマウスでPC画面のパンベルの松明を模したカーソルを動かして右下にあった壊れたカメラのマークをクリックする。
そこに表示された文字は『Replay Punk』、まあつまり戦いの様子が自動的に記録されて後から見ることが出来る、最近のゲームなら古今東西あらゆるゲームにはたいてい存在している便利な機能だ。
そしてこのバグだらけのパンベルにおいて、どういう訳だかこのリプレイ機能は生きている。数々のバグを乗り越え生存……という訳ではなく、数々のバグの結果突然変異して生き延びた感じ。
オレは少しその場を退け、姉に場所を譲った。
「ここ、座って。」
「ん。何見せられるの?」
「地獄。」
怪訝な顔をしながらもオレの言う通りPCの前に座った姉の隣から手を伸ばし、直近のリプレイを再生する。
姉の怪訝な顔が更に深くなった。
「なに? これ。」
「デバッグ画面。ここからリプレイ動画として保存されてるから。」
文字列が高速で流れていくその画面を見て、初見の人は何をしているのか全く分からないだろう。
だからこそ、経験者である、というか当事者であるオレには説明をする義務がある。
それと初心者にゲームの事を説明するのはオタク冥利に尽きる、ぶっちゃけ楽しい。
「最初に火事場狩り、つまり最初にHPを1にしておく事で初っ端バグ使って超必殺多重発動してくる相手とバグ不使用無人権プレイヤーへの制裁として全域にカンストスリップダメ仕掛けてくる相手への対策でHPをバグ使って無限化させます。」
「はい?」
文字列が止まり、画面が暗転。次にキャラ選択画面に映り変わった。
「キャラ選択でまたバグコマンド。
キャラ選択と同時に裏側ではもうキャラがスポーンしてるから、準備を始める。
今回するのは全域カンストスリップに画面端からの遠隔スタン、それから先手取られてスタンを取られてた場合のデバフ解除と、バグで召喚したデバフ移しアイテムを全方位射出。
相手がバリア張ってて無効化されてるかもしれなかったから一応デバフ解除のバグも使って、こっちもこっちでデバフばら撒いた。」
「……ちょっと待ちなさい。」
再び画面が暗転。万里の長城みたいなフィールドが映った瞬間、カウントダウンと同時に画面に影が差しオレの使用キャラであるジョニーが勢いよく空中へと飛び上がった。
一方の相手であるが、チンギスハンの肖像画をそのまま人型にしたみたいな姿の小太り中年男性、どういう訳だかその片手で松明を掲げて反対の手で狐を模った変な人、このキャラの名前が『南蛮トンリスハン』である。
トンリスハンは勢いよく松明を振り回すモーションを取ると周囲に赤い火の粉が舞い散り、左手に模った狐を掲げた瞬間何処からか『コーン!』という雑な狐の鳴き声が聞こえて後ろに狐火ならぬ狐唐辛子が浮遊、唐辛子から赤い弾幕が展開された。
「この赤い粉が全部即死判定、即死判定多重召喚っていうヤバいバグテクニック。んでこっちの唐辛子から出てるペパロニみたいな弾幕が、無敵剥がしが付与されてんの。だからこのまま突撃したら負ける。
幸い最初のデバフ盛り合いでオレが勝利してたから勝ち筋はあった。オレが7個、向こうが11個のデバフ持ってて、デバフ残ってたらデバフを即死に書き換えれるからお互いに解除しないといけ――」
「ストップ!」
「え、どったの姉貴。」
なんだ、人がせっかく気持ちよく語っていたというのに。
オレは不満を込めて視線を姉の方へ向けたが、姉と視線が交差することは無かった。いつの間にか目を抑えて俯いている。
「あー、あのねトオリ、あたしにはちょっと……いや、ちょっとじゃないわね、まっっったく! これっぽっちも! 理解できなかったわ。」
「えー? ゲームやってる人なら大体わかるよ?」
「ゲームやっててもわかる気しないんだけど。」
そうかな? まあオレも否定されたら何も言い返せないんだけど。
というかもう何も考えたくない、脳が疲れてついでに身体も疲れた。
なにせこのパンベルというゲーム、バカゲーの皮を被っていながらも、その実頭と精神の負荷が凄まじい。
相手はどのようなバグを使ってくるだろうかという心理戦、バグのコマンドをどれだけ覚えているかという知識戦、相手のバグを見て瞬時に的確なバグを判断しコマンドを入力する頭脳戦に、更には根本に運ゲーの要素まで兼ね備えているどこまでも精神に負荷がかかるゲームなのだ。
少し意識が朦朧としてきた、オレは思わず姉に普段言わないような事を口走る。
「抱っこ。」
「え?」
「オレを抱っこして、ベッドまで連れてって……。ゴリラ握力とゴリラ腕力持ってる姉貴なら、オレの身体くらい余裕でしょ……?」
「あんた、それお願いしてんの? 煽ってんの?」
もちろんお願いだが……いや、煽りか? 分かんねえや。
隣に座る姉の腕を取り、自らの身体に絡ませて無理やり抱きしめさせる。そのまま姉の身体によしかかって目を瞑った。
あー、ガサツな姉とはいえ身体は妙に柔らかい。良いクッションとか抱き枕になりそう……。
「あーもう、仕方ないわね……。」
身体が締め付けられる感覚と浮遊感に、思わず目の前の姉へとしがみ付く。あーもうこのまま寝たい。
振動と共に移動の気配を感じ、すぐに立ち止まる、ベッドの前へと着いたのだ。
「ほら、降りなさい。」
「……んーん。」
「トオリが……あのトオリが甘えている……?」
なんだそのおかしなものでも見たかのような声は、オレだって甘える事くらいあるさ、何せどこまで行っても結局は10歳児なんだから。
ため息が聞こえると同時に姉の身体と共にオレはベッドの柔らかさに包まれる、そして真ん前には姉の身体だ。
「んふふ……。」
「まったくもう……あんたが甘えてくるの珍しいわね。寝るまでは居てあげるわよ。」
何だかんだ、姉は優しい。近くにいる唯一の家族だという面もあるのかもしれない。
オレだって同じだ。頭脳は大人でも身体は、そして精神は子供の物。たまには甘えたくなることだってあるし、無条件の愛に縋りたくなる事だってある。
意識がだんだん遠くなってきた。
「寝顔は天使なのにねぇ、口を開いたら……グレムリンか何かかしら。」
「……うっせぇオーガ。」
「……寝言? それともあなた実は起きてるの? ねえ、トオリ?」
温もりを感じたまま、オレは意識を手放した。
最後に雑におねショタぶち込みました、限界だったんです、頭が。
狂気は作者だよという方は評価をよろしくお願いします。