時は22世紀
ゲーム少年っていいですよね。私は大好きです。
暗い部屋に僅かに注ぐ一筋の光、それを視界の隅に収めたオレは今が朝であることに初めて気が付いた。
オレ一人に与えられるにしては少し広い部屋、その壁際には3つのモニターと3つのキーボード。3つ全て使う事もあるけれど、今使っているのは中心の一つだけだ。
闇の中で輝くモニターに映るのは、今時珍しい荒いドットで作られたファイターの姿。ただ昔のゲームの様に荒いドットであってもそのドットは16Kモニターの1ドットをヌルヌルと動く、見せかけのドットだ。
故きを温ねて新しきを知る、という昔ながらの言葉の通り、昔の作風で新境地へ!というキャッチフレーズで売り出された本作品。ありきたりなフレーズはともかくとして文句なしに面白い。
一世を風靡している程ではないけれど、世界中で人気のある格闘ゲームのシリーズ最新作というだけあって人口は非常に多いのだ、やり応えがある。
相手の動きをよく見て、小さな隙も見逃さずに小パンを差し込む、そこからコンボに繋げられれば最高だ。
だが相手は猛者である、中々隙が無い。徹底したカウンター狙いと見せかけてからの唐突な攻めで相手の判断力を揺さぶり、ミスを誘う。
そしてついにその時が来た。焦れた相手の迂闊な遠隔攻撃にジャンプで近づき、必殺技ゲージを使用した空中待機で相手の対空を透かす、空中小パンで仰け反らせてからのコンボを決めて……!
【YOU WIN!】
「よっしゃ! 勝てた!」
画面に表示されたその6文字にオレは万感の思いで小さな両腕を上に振り上げた。
そしてその感動も冷めやらぬままマウスとキーボードをカチャカチャと操作しチャット欄を立ち上げる。
『対ありでしたー!』
『あー、負けましたー。まぁ、どうせ次はまた私が勝ちますので ^^ 』
「あ゛ぁん!?」
なんだとこいつは!せっかく勝ったんだから気持ちよく勝利の余韻に浸らせてくれよ!
オレは憤りを覚えつつ再びモニターに向かい乱暴にキーボードを叩く。
許せない、負けたくせに^^なんて……。この界隈においてその文脈からの^^は煽りである。
『強がりはみっともないですよ? 悔しいなら悔しいと言えばいいじゃないですか。』
『ほぅ? 言いますね。私と貴方の対戦戦績、これで23対1なんですけど?1回くらいのまぐれ勝ちでイキらないで貰えます?』
『負けは負けでしょう? 負けたくせにイキらないでくれます?』
『あぁ?』
『おぉん?』
チャット欄が険悪なムードに包まれるが、それはいつもの事だ。それどころかいつもはオレが煽ってるから文句は言えない。腹は立つから煽り返すけど。
まあいい、オレの当初の予定通り最高ランクまで上り詰める事が出来た。
一つ下のランクである【ジェネラルマスター】から最上位ランクである【ルーラー】に至るまでの道のりは酷く険しい無茶なものだ。
【ジェネラルマスター】と【ルーラー】が入り乱れる最高位マッチング帯で10連勝しろとかいう、開発おめえら頭おかしいんじゃねえのか?と突っ込みたくなるような仕様。
だが、オレは成し遂げた。最後の最後でオレが勝手にライバル認定しているあいつとマッチングしたときは軽い絶望を覚えたが、勝てた、オレは更なる成長を成し遂げたのだ!
「ふははははは!!!」
「トオリ!」
「げっ。」
喜びに冷や水が浴びせられたように、オレは締め切った扉の向こうから響く女性の声に身体を強張らせる。
ドンドンと近づいてくる足音、やがて扉が勢いよく響く音と共に暗いオレの部屋に眩しい光が線を引くように差し込まれた。
薄緑色の髪の毛がなんとも目に悪い。
「うっ、眩しい!」
「ずっと引き籠ってゲームしてるからでしょうが。あんたねぇ、そんな年からそんな生活してどうすんのよ。
なに、またオール?」
「いいじゃんか。勉強遅れてるわけでもないしさ。オレはこれで生きていく。」
そう言いながらパソコンを叩いたオレを見て、薄緑色の髪の女性、オレの年の離れた姉であるアイリは大きなため息をつく。
部屋にずかずかと歩いて入り込みオレのベッドに膝立ちで登って、そこにあった窓のカーテンを勢いよく開いた。
暗い部屋に日光が満ちる。
「あー。オレのユートピアがぁー。」
「何がユートピアよ。良いからさっさとお風呂と朝食済ませて来なさい。」
楽園が崩されたショックに打ちひしがれながらもオレは渋々部屋から出て、一階に向かう。
あぁ……朝の光がオレの身体に染みる……もちろん悪い意味で、吸血鬼にでもなった気分だ。
二階にあるオレの部屋から何とか移動し、階段を溶けるような動きでヌルヌルと下り、一階の廊下を這って移動する。その様はもはや崩れ落ちたゾンビのようだろう。
緩慢な動きで洗面所へと移動して鏡の前に立ち自分の姿を見つめ、自然と口から思ったことが漏れた。
「やっぱり……今のオレってかわいいよなぁ。」
自分で言うのもなんだが、オレは可愛い。あぁでも別にオレがナルシストだという訳ではないぞ?
クリクリの瞳に整った鼻筋、寝不足のせいとオレの怠惰な性格によって半開きの目の下には黒い隈が見えるが、それすらもアクセントとなりオレの可愛らしさを引き出している。
凛々しい顔立ちをしているが、未だ幼く今年で10歳、だから可愛いという印象を抱いてしまうのは仕方がない。
髪の毛はあの姉と同じく薄緑色の髪の毛、信じられないことにこれは地毛である。染めているわけでもない。そしてオレの様な存在はこの日本には一定数存在する。
暫く床屋に行っていないから伸び放題の髪だけど、鬱陶しい前髪はピンで留めてあるし後に垂れてきた髪は縛って短いポニテのようにしている。性別は男だけど、中性的な感じで妙にオレに似合ってしまった。
そして未だにオレはオレであるという自覚が薄い。
はっきり言ってこの感覚は、そして経験は、決して人に信じて貰うことは出来ないだろう、自分でも突拍子が無さ過ぎて理解に苦しむ。
まあなんだ、簡単に言えば転生というやつだ、それとも憑依?物心ついた時からオレの中にはもう一人のオレがいた。
最初はそれぞれが完全に別の人格で心の中がしっちゃかめっちゃかだったんだけど、ずっと一緒に存在してたせいで完全に混ざり合って今のオレが形成されてしまったのだ。
そんな今や混ざり合ったもう一つのオレ、明らかに知らない大人の知識やらを持ってたオレ。生前のオレの事はイマイチ思い出せないが、ただ一つだけ覚えている事があった。
それが、ゲームへの情熱。
格ゲー、シューティング、RPGからホラー、年齢的にアウトだけどなんならエロゲーまでオールジャンルに渡るオレの情熱。完全に影響されたオレは物心ついた時から自らの腕の鍛え続け同時に情熱も受け継いで、今や立派な自他ともに認めるゲーマーだ。
鏡の下にあるパネルに手を置くとピッという音と共に蛇口から温水があふれ出る。横の棚に置かれたヘッドバンドで前髪を掻き上げ固定すると、温水を手ですくって顔を濡らして顔を濡らす。
そして再び手を伸ばして泡を手に乗っけると、自分の顔をマッサージするように疲れた目や表情筋を揉み解し深く息を吐いた。
あぁ、気持ちいい……ゲーム後のこのさっぱりした感じは最高だぁ。
顔の水分をタオルでふき取り、ヘッドバンドを取って髪の毛戻すと再びピンでセットし直すと、鏡に向かってオレは決め顔を作りながら呟く。
「ふぅ……これで後一日は戦える……」
「おバカ。」
「あたっ!」
突然後ろに現れた姉の強襲に、オレは仰け反り頭を抑える。まあ、ぶっちゃけそんなに痛くなかったけど様式美という奴だと思う。様式美は大事だ。
「あんたねぇ、今日平日よ? 学校どうすんのよ。」
「学校? あんなとこ行ったってどうにもならないでしょ。」
オレはまだ子供だけれど、知識は大人の物だ。
見た目は子供、頭脳は大人。どこかで聞いたことがあるような気がしなくもないけどオレは間違いなくそれである。
それに、トオリという少年は才気に溢れている、まごう事なき天才の類なのだ。少なくともオレの合体したゲーム狂いの人格がそう何度も主張していた。
そんなオレが学校に行ったところで、良い事なんて一つもない。
「でもあんたねぇ、ともだ――「友達なら、ネットのせか――「ネットの世界にいるとは言わせないわよ。現実で、リアルで! 友達とか作りなさい?」
ちっ、二重三重の言葉の被せ合いはオレの敗北に終わったか……だが、別に良い。
「そんなの何の役に立つのさ。第一オレ達の髪色だと目立つの知ってるでしょ?」
「そうだけど……あたしだって高校行ってるのよ?あんただって大丈夫よ。」
「子供は残酷だよ。特に小学生はね……謂れのない悪口を平気で言うんだ……。」
「あ、あんた……もしかして……。」
オレは少しだけ目を潤ませ、まるで辛いことを思い出すかのように俯き絞り出すような声を出す。
きっと前に学校で心から辛いことがあったのだ、姉の目にはそう映っているはずである。
悪い事を聞いてしまった、そう書いてあるような表情で姉は再び口を開きオレへと言いにくそうに確認を取って来た。
「学校で……いじめ、とかに……。」
「まあ、オレは別に学校で嫌な目に遭ってた事実はないけど。」
「殴るわよ?」
一瞬で表情を消し、平手にパンチを撃ってこちらを脅す動作をする姉にオレは舌をペロッと出してあざといポーズをする。
どうだ、オレの可愛らしさについつい許したくぅう!?
「あっぶない! あざと……可愛い弟になんて事を!?」
「自分であざといって分かってんじゃないの!ってかあんた、引き籠ってる癖に動けるのずるいわよ。なんで?」
「ふっ、無理やり連れていかれた運動会で100m学年一位を掻っ攫ってったオレの実力を見たか。」
「あ゛ぁ……この弟ムカつく……。」
拳を握りしめ打ち震える姉を見て、オレは何処か勝ち誇ったような気分を覚えた。
涙目になる事なんて言い返せないくらいぼっこぼこに煽られた時の事を思い出せばいつでも出来るんだよ、オレの感情再現ボキャブラリーを舐めないで欲しい。
それと運動神経の事だけど、多分オレが部屋で自主トレをしてるからだと思う。
実際に運動が出来ないとゲーム内でも厳しい、そういう類のゲームが、この日本にはある。
時代は進んだ、オレが生きていたであろう2020年代は既に遠い昔。
22世紀に突入したこの世界で、オレはゲームの世界を制覇してやるのだ!
「でも、学校には行きなさいよ?」
「え、やだ。学校行くくらいなら寝る。眠いし。」
「……。」
なあ姉よ。時間は有意義に使うべき、そうは思わないかい?
そんな事を考えながら、オレは額に手を当ててため息をつく姉に「ため息ついてると幸せ逃げるよ?」と忠告をした。
殴られた。
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