1ページ目 「はじめまして」で、木を粉砕。
むかしむかし、あるところに
一人の魔法使いがいました。
その魔法使いはいつもひとりぼっちでした。
朝起きる時も
ご飯を食べる時も
外を散策する時も
買い物をする時も
夜眠る時も。。。
家族もいなければ、友達もいない。
そんな毎日を過ごしていました。
ある日のことでした、魔法使いがいつものように散策を終えて家に帰ろうと
オレンジ色の陽の光が草木を染め始めたそんな時、
一人の行商人が道の途中で頭を抱えている姿が見えました。
目線をすぐ横にずらすと
大きな木が倒れて道を塞いでいるのが見えました。
近くに寄ってみると
行商人が話しかけてきました。
どうやら倒れている木の先に用事があって
通りたくても通れないので困っているようでした。
しかし魔法使いに木を動かす力はありませんでした。
行商人はやっぱり頭を抱えてしまいました。
困っている行商人を見た魔法使いは、
一つの魔法を使いました。
すると、
魔法使いと行商人の周りの明かりが少し暗くなり
眩い様々な色の光の粒が一つ、二つと増えて
瞬く間に周囲にたくさんの光の粒が広がりました。
その光の小さな粒達は二人を包み込み、ぐるぐると円を描きながら
一つに集まって、虹色の光の塊になりました。
行商人は何がなんだか訳がわかりませんでした。
この国の周辺では魔法使いは珍しく、魔法を見たことがない人の方が多かったのです。
行商人もその中の一人でした。
そして魔法使いは、ほんのり輝きを帯びた右手の人差し指でその光を突きました。
その瞬間、ぱっと光が弾けて一人の少女が現れました。
うっすらと光輝くピンク色の長い髪
透き通るような白い肌に鮮やかに煌く真紅の瞳
随所に黄金が装飾された漆黒の衣服を身に纏い
人の姿をした華奢な少女が目の前に現れたのでした。
もしも現れたそのものが獣の姿であったなら
悪魔のようだと行商人は思ったでしょう。
いくつかの国を行き来する行商人が知る中で
状況、容姿、何もかもが
記憶を辿っても思い当たることはなかったのです。
『ヒト』という生き物に対して。
弾けた虹色の光の粒達はシャワーのように辺りに降り注ぎました。
そんな中、現れた少女はやわらかな瞳でこちらを見ると
にっこり笑って唖然とする行商人に近づき、行商人の肩をぽんっと叩きました。
そして、倒れている大きな木に近づいて行きました。
行商人は困惑した面持ちで様子を見ていました。
少女は木の目の前まで近づくと、胸のあたりで小さな拳を作りました。
そしてその拳で、とんっと軽く木を突きました。
次の瞬間、道を塞いでいた木は粉砕されたのでした。
行商人はびっくりして倒れそうになりました。
なぜ殴った?少女?木はどこに?どうすればいい?
悪魔か?神か?人なのか?怪力?そんなレベルか?
俺の肩大丈夫か?殺される?笑ってる?逃げる?
色々な思いが行商人の頭の中を駆け巡りました。
少女はくるっとこちらを振り向き、またにっこり笑いました。
そして少女は行商人に近づいてまた肩をぽんっぽんっと2回叩きました。
行商人は小刻みに震えながら動けずにいました。
魔法使いは木が倒れていた場所へ歩き行商人が進もうとしていた方向に向かって
腕を伸ばし、手のひらを返しました。
表情はありませんでしたが、どうぞお進みくださいと言っているかのように見えました。
行商人は震える身体を無理やり動かせて
持っていた大きなカバンから食糧が詰まった袋を取り出し、魔法使いに渡しました。
そして、魔法使いと少女に向かって一言お礼を言い、深く会釈をしてその場を去りました。
少女は腰に手を当てて行商人が去っていく姿をニコニコしながら見届けました。
そんないつもと違う数分の出来事が終わり
オレンジ色の景色が薄くなりはじめてきた頃、
魔法使いはがくっと崩れるようにその場にしゃがみ込みました。
顔は血の気が引き真っ青に
額には汗が滲み、息も荒くなっていました。
魔法使いが魔法を使うためには、魔力と呼ばれる特有のエネルギーを使う必要がありました。
魔力は使う魔法の種類や大きさ、範囲、継続時間などでどれだけ消費するかが決まりました。
今回、魔法使いが使った魔法は召喚魔法でした。
本来ならいくつかの段階を経て使用する召喚魔法。
陣を描き、供物を捧げ、複数人での詠唱を時間をかけて行う。
そういった段階を踏むことで、使用する魔法に様々な効果をもたらすのです。
消費する魔力を最小限に抑える効果を得られることももその一つでした。
しかし、時間もなく、ひとりぼっちだった魔法使いは
数分で、唱えることなく、一人で使用してしまったので、
魔法使いに蓄えられたほとんどの魔力を使ってしまったのでした。
魔力を失った魔法使いは立つ力もなく、
しゃがんでいるのがやっとでした。
見兼ねた少女は魔法使いが受け取った食糧袋を自分の腰に括り付け、
自分の一回り以上の体格差がある魔法使いをさっと担ぎました。
そして、魔法使いに住んでいる場所を尋ねました。
魔法使いは輝きを失った右手の人差し指で
残された力を振り絞って一つの方向を指し示しました。
少女は魔法使いの震える右手を優しく支えながら
指し示す方向へ魔法使いと一緒に進んでいきました。
残された陽の光が消えゆく時まであと僅か。
見知らぬ世界の黄昏時を
魔法使いの示す指先を頼りに少女は進んでいきました。
少女の顔が隠れてしまうほど生い茂ったススキが
陽の光に照らされて黄金色の絨毯のように
見えている景色一面に広がる野原をてくてくと進み
少女は遠くに見える丸くて大きな塊を目指しました。
しばらくして丸い塊の近くに着いた時、来た道を振り返ると
空にはたくさんのキラキラと輝く無数の星の海
そこに大きな丸い月が一際目立って輝いているのが見えました。
そして黄金色に輝いていたススキの野原は
月の明かりに照らされて銀色の野原に変わっていました。
少女が丸い塊の近くに寄ると、それはまるで丸くてとても大きなお餅のようでした。
その大きなお餅のような丸い塊には
煙突や扉や窓が見えたのと、周りにそれらしいのも無かったので、ここが魔法使いのお家だと少女は思いました。
少女が扉を押すとぎぃっと音が鳴って中に入ることが出来ました。
中に入ると丸みがかかった天井にあった小さな窓から
月の光が部屋の中に入り、うっすらと部屋の中のものたちを照らしてくれていました。
部屋の中には少女が背伸びして届くくらいの高さの本棚が2つ、
椅子とテーブルが一つずつ、
丸い暖炉のようなもの、
そしてベッドがありました。
素っ気ない感じの部屋でしたが、汚さは感じられませんでした。
少女は魔法使いをベッドにゆっくり降ろして寝かせてあげました。
少女は魔法使いの額の上に右手をぽんっと置いて
少しだけ心配そうにじーっと魔法使いの顔を見ました。
苦しそうに見えた魔法使いの表情も、穏やかに見えたので、少しずつ元気になってきていると少女は思いました。
月の光とほんのり輝くピンク色の少女の髪の光が部屋を優しく包み込む中、
少女は腰に手を当てて魔法使いを見ながら優しくにこっと笑いました。
その頃には少女の中で二つの疑問を抱えていたことを忘れていました。
この者はなぜ一言も喋らないのだろう?
なぜ私は消えないのだろう?
という疑問を。
こうして魔法使いと少女が初めて出会った、
二人にとって、いつもと違う1日が終わりました。