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掌編小説集と詩集「ブラック」 収録作品例

掌編 「about every home」

作者: 蓮井 遼

外は雨が降っていたので、新しくお話を書きました。お読みいただき有り難うございます。



いつでも自宅待機となるように毎日パソコンを持ち歩く。他にも出先で使う小道具を持ち歩くので、鞄の中はいっぱいとなる。おかげで、買っておいた愛蔵版の書籍を通勤中に読むのは難しい。どうして書くのだろう、どうして読むのだろうと思う。暇があるから、感じたことを表したいから、成る程一理あるだろう。書くよりも先に思うことが出てくる。読むことよりも先に目が字を見つける。それらは恣意的なものではなく、自発的な現象なのではないか。ただ、何年も無為に過ごしていると、読書の遍歴なども、より高い刺激を求めようとする。そう書き留めた日から何日経った。週末は外に出ないようにしているのに、外に出ようとした頃には雨が降っていた。確か先週もそうだったと思う。先週観たのは何の映画だったろうか。アメリカのスピーチの番組を眠る前に観ている。ここのところ、風邪をひかないように、睡眠時間の方が起きている時間より長くなっていないかと思うことがある。それが元気になるという確証はないが、ドイツの作家の言葉を思い出す。また、記憶というのはまやかしなものだと別の作家の言葉が割り込んでくるのは、一旦置いておくとしよう。人は目の覚めている間に消耗し、眠っている間に回復するというのは、本当は眠っている時間こそが生きているのではないかという考え方。もし、その通りだとしたら全ての人の本質は孤立にあるのかもしれない。だが、眠っている間にその睡眠の次元でもしかすると、知り合って、握手をしているのかもしれない。オランダの好きな音楽を聴いて、雨が止むのを待っている。願ってはいない。メモを書き終えても未だに雨が降っているのであれば、食べものを蓄えに出掛けねばと思う。観たスピーチでは、我々が死んだときにどう語られたいかそれが重要なように話していた。全く眠っている時は眼中にないらしい。気がつけば雨が降っている。声をかけられたときには何か別の考え事をしている。

意識は持続しているように見せかけて断続的だ。どうして家の中にいる。妻がこちらを見ているな。

 あの人ったら、ずっと耳栓付けて、メモ帳に書き物をしているけど、そろそろ行ってはくれないかしら。雨が止んだら外に行こうと想っているのかしら。この間、しっかりした蝙蝠傘を買ったのだから、それで行けば大して濡れないのに。私だったらさっさと行っているのに。お使いを頼んではみたけれど、代わりにもう私が行こうかしら。いえ、でも私はまだ仕事場に行くことがあって、そこ以外で病原菌が移るのは抑えないとならないから、やはりあの人に行ってもらわないと。晩御飯、何作ろうかしら。クックパッドでレシピ探してもなんだかやる気しないわ。ママがよく作ってくれたお好み焼きにしようかしら。粉ものは今、食料品店には置いてないって聞いたけど、しばらくは家にあるからそれは大丈夫ね。

 妻の和美は、冷蔵庫の扉を開けて、なかにあるものを確かめた。頭の中で、料理をイメージしていた。夫の一也は、アルバムを聴き終えたので、メモ帳を閉じ、机の上に置いて、耳栓を外した。いよいよ出かけるかと思ったので、和美は声をかけた。

「ねえ」

「うん?」

「お使いリストあったじゃない?あれに買うもの足してほしいの」

「ああ」

「今晩は、お好み焼きにしたいからね、烏賊を買ってきて!」

「烏賊?何、スルメイカ、コウイカ、ヤリイカ何でもいいの?」

「えっ!烏賊ってそんな種類あるの?よく違いわからないわ」

「んま、行くところにある烏賊は限られてるから、そんな迷うこともできないね。決まっているから」

「そっ。じゃあ、お願いね!」

「おれ、もう一枚アルバム聴いてからじゃだめ?」

 一也のその言葉に和美は、むっとした。

「なあに?ぐずね、もうとっとと行きなさいよ」

「あっ、その言い方はひどいんじゃないの?雨、止むかもしれないじゃん」

「雨、止んだら人がもっと混むでしょ、だから早く行った方がいいよ」

「はい。わかりましたと」

和美は、洗濯物を干しにベランダに続く窓を開けた。雨は小降りとはいえないが、先程よりは弱まっている。部屋干しでもいいが、雨が入らないところの物干し竿に一枚ずつ洗濯した衣服を引っかけた。

「じゃあ、行ってくるね」

一也は、玄関に行き、靴を履こうとしたが、忘れものに気づき、和美にまた近づいた。

「エコバッグ、貸して」

「うん?寝室の箪笥の引き出しの一番下に入ってるから、それ持っていって」

「はい、わかりました」

 一也のその変わらぬ返事に和美はくすっと表情を崩した。一也は、箪笥の引き出しから、エコバッグを取ってくると、そのまま玄関に行って靴を履いた。

「じゃあ、この銀色の持ってくよ」

「えっ、銀色?ちょっとそれ保冷用じゃない?止めてよ、恥ずかしいわ」

「入れ物には変わらないし、君が見られるわけじゃない。じゃあ行ってくるね」

 和美が驚いて振り返って言っても、一也にはそれが何かと言う感じだったので、もう和美は止めることはしなかった。

「気づいたときにはこの状況も終わっているのかしら、その時は何かを学んでいるのかしら。当たり前が今だとしても、それも変わっていくわ。不安は尽きないけど、雨見てると、なんか和むわ。なぜかしら」

ふとベランダの下から、銀色の袋を肩にかけた一也の後ろ姿が見えて、和美は、はあと溜め息をついた。




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