私はシャンゼリゼが嫌いだ
私の名前は久屋シャンゼリゼ。ふざけている様だがこれが私の本名だ。私はこの名前が嫌いである。
小学生の頃、自分の名前の由来を発表する授業があった。その際、両親に聞いたことがある。日本人同士の二人はパリのシャンゼリゼ通りで運命的な出会いをし結ばれた。そして、そこから私の名前をとったと。ロマンチストな両親は大変気に入っている様だった
けど、私はこの名前のせいで小さい頃から苦い思いをしてきた。男子からはからかわれるし、名前を呼ばれただけでクスクスと笑われる。これからの人生もきっと苦労ばかりだろう。高校生ながら将来を思うと、ため息が出てしまう。
「元気ないね、リゼ。どーしたん?」
友達の一子が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫、ちょっと名前のことでね」
大体の人が名字で久屋と呼ぶなかで、彼女は私のことをリゼと呼ぶ。わたしはそれが少し嬉しかった。
「素敵だと思うけどな、あたしの名前なんてめちゃ簡単だし、羨ましいくらいだよ」
「私の方こそ一子が羨ましいよ。普通が一番だと思うなあ」
前に一子の名前の由来を聞いたことがある。一子の名字は纐纈、纐纈一子が彼女の名前だ。一子の父は名字だけでなく名前も画数の多い字で苦労したらしく自分の子供には簡単な字を使ったそうだ。私と比べたら珍しくともない名前だろう。
「普通ねぇ、普通の名前って何だろうね?」
「わかんないけど、自分の名前はおかしいよ。……本当なら改名したいんだ」
「そうなんだ、改名って簡単にできるものなの?」
「いろいろ条件がみたいだけど不可能ではないみたい。けど問題はそこじゃないんだ」
そう、本当なら改名したい。しかしそれは難しい。なぜなら両親が納得してくれないからだ。
「昨日、両親に相談したんだけど、なんでそんな悲しいこというのって泣かれちゃって……」
「フフッ、リゼの両親って可愛らしいよね」
「全然笑いごとじゃないよ」
「それだけリゼが大切なんだと思うよ、なんにせよちゃんと話て納得してもらうしかないんじゃないかな?それがダメならあきらめる」
ニカッと笑って一子が言う。
「そうだよね、今日もう一回話してみるよ。ありがとね」
一子の言うことは本当その通りだと思う。親に愛されていないなんて思ったことはない。私は大切に育てられた。だからこそだ。だからこそ私の気持ちを理解してもらってから納得してもらいたい。
「家族みんなで旅行に行きましょ、パリに、シャンゼリゼ通りに行くのよ!」
学校から帰ってきた私に開口一番母がそう言った。どうやら昨日のことを受けて母は私にシャンゼリゼ通りに連れて行こうとしているようだ。
「いいよ、わざわざ行かなくても、家にたくさん写真や絵もあるし」
小さいころからそうだ。家のそこかしこにパリグッズ。もう見飽きている。
「いいじゃないの、旅行楽しいよ。あなたも本場の空気を味わえばきっと気持ちの変わるわ!」
ウキウキランラン気分だ。父もきっと賛成するだろう。なんだか説得する雰囲気ではなくなってしまった。正直、旅行なんて気分じゃないだけど、こうなった母を止める手立てはない。どうやら旅行に行かざるを得ないようだ。
飛行機を乗り継いで何十時間、ついに来てしまった、パリに。シャンゼリゼ通りに。
本心を言えば私はシャンゼリゼが嫌いだ。家に飾ってある絵や写真も自分の名前のせいでなんとなく嫌悪感を抱いてしまう。日本で有名なあの曲も嫌いだ。私を冷やかすときはごぞってあの曲を口にする。「オー・シャンゼリゼ」と。
だけど、私はここに来なければならなかったのかもしれない。親からもらった名前を捨てようとする私はここでもういちど考えなければならないとそんな気がした。
両親には少し一人で見てきたいといって出てきた。心配されたが携帯があるのと、観光地から離れないようにすると伝え納得してもらった。
パリで一番美しいとされるこの通り。写真とは違う美しさがそこにある。これが本場の空気。
母が言っていたはあながち間違っていなかったようだ。
私は並木道を歩いていく。海外に来た高揚感だろうか、嫌っていた場所なのに心が躍るのを感じる。
ここで父と母は出会い、結ばれた。ここなら運命を感じてしまうのも無理ないかもしれない。ここは二人にとって本当に意味のある場所なんだ。
私は大切にされている。そのことはわかっていたけどここにきてより一層そう思えることができた。
大丈夫。きっと大丈夫。
私は決意した。二人なら私の気持ちを理解してくれる。そう信じれる。悲しい思いをさせちゃうけど改名したいとはっきり言おう。
エトワール凱旋門が夕日に照らせれる。そろそろ戻らないと心配されちゃうかな。
私は嫌いだったあの歌を口ずさんだ。
オー・シャンゼリゼ
オー・シャンゼリゼ
いつか何か すてきなことが
あなたを待つよ シャンゼリゼ
私は少しだけシャンゼリゼを好きになれたようだ。