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サンタクロースのアルバイト

作者: 大上 丈

 大上 丈です。社畜と呼んでくれても構いません。


 これは僕が初めて一つの作品として完結させた処女作です。毎日の仕事が忙しすぎて、クリスマスが題材なのにクリスマスに間に合いませんでした。旅行に行っていたのは内緒です。


 しかし、我ながら面白いものが書けたと自負しておりますので、是非一度読んでみてください。


 クリスマスが今年もやってきた。


 さて、クリスマスと聞けば皆さんは何を思い浮かべるだろう。


 ケーキ、チキン、ツリー、パーティー、イルミネーション等々、色々あると思うが、やはりサンタクロースのイメージが一番強いのではないだろうか。


 俺は今、北欧のとある島に来ている。飛行機やら船やらを乗り継いで片道20時間強。日本から遥か遠く離れた場所にある異国の地である。


 俺はこの島に仕事をしに来ていた。


 周囲を見渡すと、辺りは赤い服を着た人達で溢れかえっている。みんな俗に言う、サンタクロースと呼ばれる人達だ。


 ちなみに俺も周りの人達と同様、赤い服を着ている。


 サンタクロースと呼んでくれて構わない。


 そもそもの話、サンタクロースは一人ではない。


 サンタクロースとは個人の名称ではなく、佐川急便やクロネコヤマトといったような、宅配業界における一つの会社名なのである。


 俺も初めてこの事実を知った時は驚いた。


 なんだよ、サンタって会社名だったのかよ! てゆーか普通にバイトの募集してるんだ! と。


 しかし考えてみれば当たり前の話ではある。だってそうだろう。世界中には子供だけでも何億人といる。選別で性格の悪いクソガキを除いたとしても何千万人。それを限られた時間の中、たった一人で全て回りきるなんて不可能だ。当然人手はいる。


 だからこの島には、こうしてたくさんの人が集まっているというわけだ。


 「みなさーん、メリークリスマス!!」


 大音声が空に響いた。


 ざわついていた空気は一瞬で静まり、皆の視線が空に映し出された映像に集中する。そこには俺達と同じ格好をした、白い髭を生やした小太りの老人の姿が映っていた。世間で一番イメージされているであろう、その人だ。


 「どうもこんばんわー。社長のサンタクロースでーす! いえーい!」


 社長は陽気な様子で挨拶をした。まるで居酒屋にいるパリピみたいなテンションだ。掛け声に反応する者は誰もいない。


 何がそんなに楽しいのか、社長はとても機嫌が良さそうだった。


 俺達との温度差がヤバいことになっている。


 それにしても、いくら何でもこれは機嫌が良すぎるような。あと何故か体が左右にゆらゆらと揺れているのが少し気になった。


 よく見ると、その左手にはシャンパンの入ったグラスが握られていた。すでに口を付けた後なのか、頬はしっかりと朱色に染まっている。


 完全に出来上がってんじゃねーか!


 どうやら自分はクリスマスを楽しみ、仕事は全部アルバイト達に任せる腹づもりらしい。


 また一口、シャンパンを呷る。


 いやこのタイミングで飲むなよ!


 「さて、時間も限られてるので挨拶は手短に。詳しいことは先日送ったマニュアルにほぼほぼ書いてあるから、困った時はそれを参考にしてくれ。まぁ、なんとかなるじゃろ!」


 社長はホッホッホ、と朗らかに笑う。説明は恐ろしい程までにトントン拍子で進んでいった。

 

 大丈夫だろうか、あまりにも適当すぎる。色々と大事なことをすっ飛ばされているような気がしてならない。


 心配になって周りの様子を窺うと、ほとんどの人達がきょとんとしていた。疑念は確信に変わる。やっぱり大丈夫じゃないだろ、コレ。

 

 「皆にはこれから、世界中の子供たちにワシが用意したプレゼントを届けてもらう。大変じゃろうが、よろしく頼むぞ」


 それだけ言うと、社長は右手を高々と掲げた。


 「それじゃあ、行ってくるのじゃ」


 パチンと、指を鳴らす。


 その音が耳に届いた瞬間、景色が変わった。


 「……へ?」


 間抜けな声が出た。目の前には満天の星が広がっている。雲一つない、綺麗な空だ。


 ここはどこだ?


 その答えは目線を少し下げた先にあった。


 「……嘘?」


 あまりにもあんまりな光景に驚き、俺は息を呑む。


 雲海が広がっていた。


 どこまでも白くてモコモコとした雲は果てしなく、終わりが見えない。 


 さっきまでの光景はどこへやら、うじゃうじゃいた赤服の人達はどこにも見当たらなかった。代わりに一匹のトナカイが目に入る。


 トナカイはシャンシャンと鈴の音を鳴らしながら、俺とプレゼントが乗ったソリを懸命に引っ張っていた。


 地上よりもずっと冷たい風が俺の頬を叩く。これは現実なのだと教えてくれているかのようだった。


 「よぉ、あんちゃん。この仕事は初めてかい?」


 「─────!?」


 トナカイが振り向き、俺に声をかけた。反射的に体が跳ね上がり、防御態勢に入る。


 トナカイが喋った、だと!?


 「テンプレみたいな反応ありがとよ。お前さん、この仕事すんの初めてかい?」


 動揺する俺を見て、トナカイは気さくに笑った。闇夜を照らす為か、そのお鼻は真っ赤に光輝いている。少し眩しい。


 俺は緊張した面持ちで唾を飲み込んで、小さく頷いた。


 「えぇ、まぁ……」


 なんとか絞り出した声はか細く、風の音で簡単にかき消されてしまう。俺の声がトナカイに届いたかどうかはわからない。


 トナカイは気にした様子もなく再び前を向いた。ソリのスピードがぐんと上がる。それに比例して、風も強くなった。


 「俺の名前はクリス。今晩お前の相棒になるトナカイだ。お前は?」


 クリスは走りながら俺の名前を尋ねた。自己紹介をしろということだろう。


 「……み、宮下 勉です!」


 今度は風にかき消されないよう、俺は声を張り上げた。緊張しすぎてボリュームを間違えた感は否めないけど、ちゃんと届いたと思う。


 「勉か……よろしくな」


 「はい、よろしくお願いします」


 簡単な自己紹介が終了。ぺこりと頭を下げる。例え相手が喋るトナカイであったとしても、仕事を一緒にする以上、最低限の礼儀は必要だと思った。


 「…………」


 「…………」


 二人の間に微妙な空気が流れる。どうしよう、トナカイと喋ったことなんてないからどう接したらいいのかまるでわからない。


 それにこの状況はなんだ? なんで俺は今ここにいる?


 さっきまで地に足を着けて社長の映像を見ていたはずだ。それが今では雲よりも高いところをソリに乗って飛んでいる。しかもこの状況に陥るまで一瞬ときた。いよいよ訳が分からない。


 俺が一人混乱してドギマギしていると、クリスは顔を少し上げ、口を開いた。


 「ところでお前、ジェットコースターとかって得意か?」


 「え……ジェットコースター、ですか? 遊園地にある?」


 聞き間違えだろうか。関係なさそうな話を突然持ち出され、俺は堪らず聞き返す。


 「あぁ、ジェットコースターだ。それで間違いない」


 クリスはすぐに肯定した。どうやら俺の聞き間違えではなかったらしい。しかし、だったら尚更訳が分からない。この状況とジェットコースターに一体何の繋がりがあるというのだろう。


 「えぇ、まぁ……嫌いではないですけど」


 俺が首を傾げながら質問に答えると、クリスは口端を上げてニヤリと笑った。なんだか嫌な予感がする。


 「そうか、それは良かった」


 クリスは安心したように呟くと、整った鼻先を下へと向けた。まさか……。


 そう思った時にはすでに遅く、クリスは大きく体を傾けた。


 「ちょ、まっ!!」


 制止の声も虚しく、内臓を浮き上がらせる感覚が俺を襲う。


 嘘だろ? シートベルトないんだぜ!?


 「じゃあ、しっかり捕まってろよ!」


 言われるまでもなく、俺は手綱をしっかりと握りしめた。ヤバい、死ぬかも。


 ソリはジェットコースターの如く急降下を始め、雲海へと凄まじいスピードで突っ込んだ。


 「いぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 俺の意識は真っ白な世界に包まれ、そして途切れた。


 ※


 「おーい着いたぞ。ここだ。起きろー」


 声が聞こえる。低音で平淡。少し間延びしたおじさんのような、そんな声だ。


 「うーん…………」


 ぼんやりした意識の中、俺はゆっくりと瞼を開けた。


 雪が降っていた。


 白くて小さな沢山の結晶達が暗闇から生み出され、静かな夜の中を楽し気に舞っている。空は一面雲に覆われていて、星の光は届かない。


 ここはどこだ? 俺は何をしてたんだっけ?  


 徐々に覚醒していく頭をフル回転させ、記憶を辿る。


 えーっと確か……星を見て、ソリに乗っていて、喋るトナカイがいて、それから……。


 「──ハッ!?」


 俺は目を最大限に見開き、勢いよく起き上がった。


 思い出した。全て思い出した。とてつもない恐怖が甦る。俺はあの空から、落ちてきたのだ。


 「ここは!?」


 俺は起きてすぐ、首をブンブン振って辺りを確認した。


 「家がいっぱいある…………町か……?」


 とりあえず地上にいるんだなぁ、という事はわかった。見た感じ、天国とかではなさそうだ。行った事ないから知らんけど。


 しかしまだ自分が死んでいないと、ハッキリとした確証を持つことはできない。なにせあんなことがあった後だ。むしろ生きている方が不思議だろう。


 「えーと……生きてるよな、俺?」


 念の為、ペタペタと体を触って確認してみる。実はもうすでに死んでいて、体は霊体になっちゃってましたーなんて展開だったとしても全然ありうる話だ。


 「さっきからどシリアスな顔で何やってんだ、お前? 生きてるよ、当たり前だろ」


 「うわぉ!?」


 突然背後から声をかけられ、俺は驚きの声を上げた。振り向くと、クリスがドン引きしながらこちらを見ている。


 「いやぁ、自身の生存確認をちょっと……じゃなくて」


 とっさに言い訳をしようとして思い出す。そうだよ、俺が死にかけたのってコイツのせいじゃん。俺は怒りの感情に任せ、声を荒げた。


 「殺す気ですか!」


 クリスは俺の言葉を聞き、コテンと首を傾げた。


 「大丈夫かお前。もしかして頭でも打った? ノリツッコミが雑だぞ」


 ノリツッコミじゃねーよ! 死にかけたからマジで怒ってんだよ! 俺に笑いのセンスがないことは置いとけ! やめろ! そんな哀れむ様な眼で俺を見るな!!


 カーッと、頭に血が上っていく。この野郎、もう絶対に許さないからな。徹底抗戦である。


 「誤魔化さないでください! 何いきなりあんな高いとこから急降下してんすか! マジで死ぬかと思ったんすよ!」


 「え、だってジェットコースター嫌いじゃないって言ってたじゃん。似たようなもんだろ?」


 「危険度が全然違うわっ! 安全性がまったく確保されてないこのソリと一緒にしないでください!」


 「手綱があったじゃん。安全性バッチしだったろ。現に死んでないし」


 「俺の握力のおかげでね! ちょっとでも緩めてたら間違いなく死んでましたけどね!? そんなもんよりシートベルト付けてくださいよシートベルト!!」  


 「わかったわかった。じゃあ今度サンタに交渉してみるから。だから、まぁとにかく落ち着けって」


 「これが落ち着いてられますか!」


 「あんまりうるさく騒いでると近隣の住民達に迷惑だから。通報されるぞ」


 「ぐぬぬ」


 そう言われてしまえば、もはや俺はぐうの音しか出ない。おのれクリス。周りを持ち出すとは卑怯なり。


 怒りはまだ全然収まっていないが、俺は理性を働かせて口をつぐんだ。通報されるのは嫌だ。


 「そんなことより着いたぞ、ここだ」


 クリスは面倒臭くなったのか、俺から目を背け、そっぽを向いた。いやそんなことて。結構真面目な話してたんですけど。


 「ほれ、時間がないんだからさっさと仕事しろ」


 「……わかりました」


 仕方ねぇ、やってやるよ。時間がないのは事実だからな。でもまだ俺負けてねぇから。これは可愛い子供たちの為仕方なくやるだけだから。


 俺は渋々了承し、プレゼントを持ってソリから降りた。


 夜が更けていることもあり、辺りはシンと静まり返っている。屋根の上に降り立つと、ぎしりと音が鳴った。それが妙に耳に響いて、なんだか落ち着かない。とても悪いことをしている気分になった。


 俺は今からこの家に侵入して、プレゼントを置いてこなければいけない。やっていることは真逆とはいえ、傍からは泥棒にしか見えないだろう。誰かに見つかったら即アウト。通報間違いなしだ。


 ヤバい、緊張してきた。


 心臓の鼓動が早くなる。手が震える。


 「緊張してんのか?」


 「──ッう!?」


 不意にかけられた言葉で、俺の肩がビクリと跳ねる。


 またこのトナカイは、一体一日に何回俺を驚かせたら気が済むんだ。


 「し、してませんよ。ちょっと集中しているんで話しかけないでください」


 ギギギとぎこちなく振り返る。我ながらロボットのように動きが硬いなと思った。


 「本当に大丈夫か? なんか産まれたての子トナカイみたいだぞ。ミルク飲む?」


 クリスは笑っていた。意地悪く、ニヤニヤと。腹立つ表情だ。からかうだけで、俺を心配してる様子がまるでねぇ。


 「いりませんって! 人を子トナカイ扱いすんのやめてください! 緊張してるのは認めますけど、そこまで足腰ガタガタじゃないです!」


 俺はプイッとそっぽを向いて、突き放つように言葉を吐いた。クリスに背を見せて、再び歩みを進める。それにしても子トナカイってメチャクチャ語呂悪くて言いにくいな。二度と使わないでいよ。


 窓から部屋の中を覗き込むと、五歳くらい女の子がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。お父さんから借りたのだろうか、ベッドの傍らには大きめの靴下がひっさげられている。


 俺は息を殺して、窓に手をかけた。開かない。


 「……あの、詰んだんですけど」


 窓にはしっかりと鍵が掛かっていた。よく考えなくてもわかることだが、寝る前に戸締りをチェックするのは当たり前のことだ。どこの家庭でもそうしているだろう。俺だってそうしている。


 しかし困ったことになった。これでは中に入れない。


 俺はどこにでもいる普通の大学生だ。不法侵入なんてやったことがないし、ましてや鍵開けのスキルがあるわけでもない。一応、静かに窓に穴を開けることができる道具が存在するという知識ぐらいはあるが、そんなものここにはないし、第一使うべきでもないだろう。


 「馬鹿かお前は。サンタクロースが人間らしい入り方しようとすんなよ」


 窓に手をかけたまま固まっている俺に対し、クリスは呆れた様子で声をかけた。


 「煙突を使え、煙突を」


 「は? 煙突?」


 何をトチ狂ったことを言ってるんだコイツ。辺りを見渡してみても煙突らしきものは見当たらない。というか欧米じゃあるまいし、この日本で煙突がある家の方が稀なのではないだろうか。


 「なんだよ、社長の説明ちゃんと聞いてなかったのか?」


 今度は俺がはてなと首を傾げる番である。説明? なんの説明だ?


 「説明も何も、社長からは簡単な挨拶があっただけで、いきなりクリスの元に転送されたんです。煙突の話なんて聞いてないですよ」


 「はぁ、なるほどな。あのファンタスティック糞じじいめ、また適当に済ませやがったな」

 

 クリスは大きな溜息を吐いて、鼻先でソリの方を指した。本気でイライラしているように見える。


 ていうか社長って陰でそんなあだ名付けられてたんだ。嫌われ過ぎでは?


 「ソリに積まれてるあのでかい筒のことだよ」


 荷台の方を確認すると、確かにそれはあった。人ひとり余裕で入れそうな、緑色のゴツくて大きな筒。マリオの土管を想起させる。


 「あれがサンタの魔法道具の一つ、煙突だ。あれを使えば簡単に部屋に入ることができるから」


 言われて思い出した。


 「あー、そういえば受け取った資料にそんなこと書いてあったような。確か子供の家に入る時はサンタらしく煙突を使用することって……あれって本物のやつじゃなくて道具のことだったんですね」


 このアルバイトの採用通知書と一緒に、サンタクロースの仕事内容に関するマニュアルも同封されていた。一通り目は通したが、オカルトじみた内容が多々あって何だこれって思った印象が強い。


 結局、また仕事が始まった時に聞けばいいやと思って、分からないところを分からないままにして放置してしまっていた。これは反省ものだ。


 まぁ、だからと言って謝る気なんてサラサラないんですけどね。


 そういえば、詳しいことはマニュアルにすべて書いてあるからって社長言ってたな。確かポケットの中に……あー、あったあった。


 取り出したマニュアルをペラペラ捲り、魔法道具の使い方という項目の所でピタリと止める。


 「……え……コレってマジなんですか?」


 読んでみたが、やはりオカルト色が強すぎる。内容が俄かには信じがたいものだったので、俺は思わずクリスに視線を向けた。


 クリスは特に表情を変えることもなく、コクリと頷いた。


 「マジもマジマジ大マジだ。いいから使ってみろって」


 急かされた俺はソリへと小走りで駆け寄り、煙突に手をかけた。さて、とても重そうだ。一人で持ち上げられるだろうか。


 しかしその心配は杞憂に終わった。特に大きな力を使わずとも煙突は簡単に持ち上がった。見た目に反して意外と軽い。これも魔法のなせる業なのだろうか。なんでもありだな。


 煙突を使用するために、一段上への屋根へとよじ登る。


 「えーと、屋根の上に置くだけでいいんですよね?」


 「そうだ。目的の場所をイメージするのを忘れるなよ。そうすれば煙突が空間を繋げてくれて、入れるようになる」


 俺はクリスに言われた通り、女の子が寝ている部屋をイメージして煙突を置いた。


 「おぉ、すげぇ」


 中を覗き込むと女の子の寝顔が見えた。本当に目的の場所へと空間が繫がったらしい。


 「繋がったか?」


 「はい! すごいですね、これ!」


 魔法道具の力に俺のテンションが上がる。


 さっきまでは戸惑いの方が強くていまいちピンときてなかったが、喋るトナカイだとか空飛ぶソリだとか、普通に考えたらそれらを実現させる魔法って本当にすごいよな。常識を簡単に覆してくる。まるで夢のようだ。


 「そうだな。すごいな」


 クリスははしゃぐ子供を見るような優しいまなざしをしていた。それを受けて、頬が熱くなる。俺は堪らず目を背けた。やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。


 「さーて仕事仕事」


 俺は誤魔化すように独りごちて、仕事に着手した。用意されたプレゼントを持ち、煙突の側に寄る。


 「…………」


 しかしアレだ。こうして改めて覗き込むと床まで結構な高さがあるように見える。流石に死にはしないだろうが、ここから飛び降りたらとても痛そうだ。それに大きな音を出してしまう危険もある。


 「あのー、ここから飛び降りて本当に大丈夫なんでしょうか?」


 心配になったのでクリスに尋ねてみた。


 「大丈夫だ。煙突には空間を通る物質をセンサーが感知して、その質量に応じて作動する反重力装置が備わっているからな。お前とプレゼントは安全にフワッと着地することができる」


 「な、なるほど」


 いきなり科学的な話をされた。なんでだよ。さっきまで魔法一色だったじゃん。なんでちょっと科学っぽい言葉使うんだよ。戸惑うからそこはブレるなよ。


 でもまぁ、道具は科学に基づいた人間の英知の結晶だ。魔法道具と謳っているくらいだ。ベースはあくまでも科学なわけで、できないことを魔法で補っているということなのだろう。はたまたその逆か。知らんけど。


 とにもかくにも時間がない。安全が保障されているなら何だっていい。気持ちを切り替えて仕事をしていこう。


 目を閉じて大きく深呼吸。俺は覚悟を決めて、プレゼントを抱えたまま煙突の中へと飛び込んだ。


 「お、おぉ」


 奇妙な感覚だった。得も言われぬ浮遊感に包まれて俺の体はゆっくりと下降していく。月面でジャンプするとこんな感じで落ちていくのだろうか。緩やかに進む時間の中、頭の中でぼんやりそんなことを思った。


 約5秒程の無重力体験を済ませた後、俺の体は女の子の部屋にふわりと降り立った。


 「…………」


 ちらりと女の子の様子を確認する。女の子はリズムよく寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っていた。大丈夫、起こしてはいないようだ。


 俺は物音を立てないよう注意を払いながら、慎重な足取りで女の子の枕元へと近づいていった。抜き足差し足忍び足。子供の頃やった忍者ごっこを思い出す。あの頃はよくこうして親の目を盗んでつまみ食いなんかをしていたものだ。懐かしい。あれから随分と時が過ぎて俺も大人になったが、技は衰えてないようだ。特に大きな苦労もすることなく、俺は女の子の枕元へと到着した。


 あとはプレゼントを置くだけ。

 

 しかし、ここでトラブルが起きた。


 「にゃーん?」


 「ッ!?」


 背後に猫がいたのだ。夜も更けたというのにお目々はぱっちり開いている。そしてそのくりっとしたつぶらな瞳は真っ直ぐにこちらを向いていた。


 全身から汗が噴き出る。顔から血の気が引いていく。


 まずい……これは非常にまずい。何がまずいって、俺は猫アレルギーなのだ。


 「…………来るなよ」


 だんだんと鼻がムズムズしてくる。少しでも距離を置こうと、俺は後ずさりをする。だが猫はそんなことお構いなしにてててと歩いてきた。


 軽快な足取りだ。可愛らしい光景ではあるのだが、今は恐怖の対象でしかない。


 「……来るなって」


 声が掠れる。鼻が詰まり、呼吸も難しくなってきた。


 「……来るなって」


 早くも踵がベッドにぶつかった。もう後ろへ下がることは叶わない。ジワリと目頭が熱くなり、視界が霞んでいく。


 「もう……来るなって言ってんじゃん……」


 完全に涙声になっていた。鼻のムズムズ感が最高潮に達する。限界は近い。


 「ハッ!」


 もうダメだ。体が異物を追い出そうとする生理反応を抑えることができない。俺は咄嗟に肩で口を塞いだ。


 「ぶぉっくし!!」


 汚い音が部屋に炸裂した。必死の抵抗も虚しく、音を完全に消すことは出来なかった。


 恐る恐る後ろを振り返る。嫌な予感は的中した。


 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


 見ている。超見ている。


 さっきまであんなにも気持ちよさそうに眠っていたのに、寝ぼけた様子もなくハッキリと俺のことを見ている。


 時が止まった。


 女の子の視線を浴びた俺の体は一切動かず、思考も停止する。まるで蛇に睨まれた蛙のように。まるでメデューサと目があって石像にされたように。俺の体は完全に固まった。


 「……お兄さん、誰? もしかして……」


 あ、終わった。終わったわコレ。


 数秒後の未来がよく視える。


 まもなく女の子は悲鳴を上げることだろう。


 無理もない。変な格好をした顔面ぐしゃぐしゃの見知らぬ男が自分の部屋にいるのである。どう見ても不審者。さぞ恐ろしいことに違いない。恐怖で泣き叫ぶのは当然のことだ。


 そしてその声を聞きつけた両親に取り押さえられ、そのまま警察に突き出されるのも当然のことだと言える。


 俺は天を仰いだ。


 この歳で前科持ちか。不法侵入って罪を犯した訳だけど、俺は何年間拘留されなきゃいけないんだろう。出所する頃には、一体何歳になってるんだろう。これから履歴書に前科ありって書かなくちゃいけないのかな。ちゃんと社会復帰できるか心配だなぁ。何か保障とかしてくれんのかなぁ。


 ネガティブな考えが止まらない。


 ヤバい。どうしよう。何かスゲー泣きたくなってきた。


 「もしかして……サンタさん!?」


 「ほぁっ!?」


 間抜けな声が出た。女の子の予想外の反応に一瞬理解が追いつかず、表情も間抜けになった。


 どういうことだ。確かに俺は今、あの有名なサンタクロースの服を着ている。というか実際やってることはサンタクロースの仕事なので、実質本人と言って良いまである。だが世間でよく知られているサンタクロースの見た目と言えば、小太りで白髭を生やしたじーさんのはずだ。とてもじゃないが、今の俺とは似ても似つかない。


 果たして今時の小学生が、サンタクロースの格好をしただけで本物と信じてくれるのだろうか。


 でもまぁなんにせよ、チャンスであるには違いない。女の子は真剣な眼差しで俺の様子を伺っている。上手く対処すれば、この窮地を脱することができるかもしれない。


 俺は女の子に向き直り、真摯な顔つきで口を開いた。


 「ばぁい、ぞうでじゅ」


 全然ダメだった。


 まず鼻が詰まり過ぎて怪物みたいな声しか出てないし、顔面も猫アレルギーのせいでぐじゅぐじゅのまま。おまけにテンパり過ぎてちょっと噛んじゃったし……何というかもう、帰りたい。


 「やっぱりそうだったんだ!」


 俺の返事は羞恥心溢れるものだったが、それを聞いた女の子は笑顔の花を咲かせていた。


 いや、なんで?


 明らかに怪しい男が目の前にいるのに、女の子は「やったー!」と万歳をして大喜びだ。この子には警戒心というものがないんだろうか。少し心配になってくる。


 とはいえ、今はこの仕事を無事に完遂させることの方が先だ。こういう事は両親なり学校の先生なりがいつか教えてくれるだろう。わざわざ俺が教育指導する必要もない。さっさとこの部屋から抜け出したいしな。


 俺は鼻をズズーッと啜って、プレゼントを手渡した。できうる限りの笑顔を添えて。


 「ばい、どうぞ」


 女の子はプレゼントを受け取ると、大事そうに胸へと抱き寄せ、そして微笑んだ。嬉しそうでなによりである。


 「ありがとー!」


 こういう光景を見ると、なんだか自分自身も嬉しくなって胸の辺りが温かくなる。自然と口元がほころんだ。


 「えへへー、今年もいい子にしてて良かった!」


 ん? 今年も?


 「もじがじで、ぎょねんもブレゼントもらっだの?」


 「うん、そうだよ!」


 あぁ、なるほど、そういうことか。女の子が俺にビビらない理由がわかった。


 当たり前の話だが、クリスマスは今年が初めてというわけではない。俺が産まれるずっと前から続いている歴史の深いイベントだ。当然、去年も同じようなことがあったのだろう。


 つまり女の子は知っていたのだ。クリスマスの夜、赤服を着たサンタクロースが自分にプレゼントを届けてくれることを。


 だから明らかな不審者である俺を見てもすぐに受け入れることができた。


 「ねぇねぇサンタさん。プレゼント開けてみてもいい?」

 

 そう言いながらも、女の子の手は既にプレゼントの紐を握っていた。今すぐ中身を確認したくてうずうずしている様子だ。


 「あぁ、いいよ」


 特に制止する理由もないので、俺は首を縦に振って頷く。


 女の子は俺の返事を聞くなりすぐ、紐を引っ張った。

 

 「わぁ、クマさんだぁ!」


 中身はクマのぬいぐるみだった。サイズはだいたい30センチくらいだろうか。そこにいる猫よりも一回り大きく見える。


 女の子は箱からクマのぬいぐるみを取り出し、高々と掲げた。


 「かわいいー!」


 キラキラとした瞳でぬいぐるみを見つめ、そして抱きしめる。モコモコな肌触りが心地良いのか、頬をあててスリスリしている女の子の表情はとても満足そうだ。可愛い。


 「ぶぇっくし!」


 思い出したかのようにくしゃみが出てきた。鼻水がだらりと垂れる。


 「サンタさん、お風邪引いたの?」


 女の子が心配そうな眼差しで訊ねてきた。


 俺はまた鼻水を啜って口を開く。


 「うん、まぁだいたいそんなところ……」


 流石に人様のペットのせいにするのは気が引けたので、猫アレルギーのことは伏せておいた。


 「ちょっと待ってて」


 女の子はベッドからひょいと飛び降りると、勉強机に掛かっているランドセルへと手を伸ばした。蓋を開け、ガサゴソと中をあさり、何かを取り出す。そして俺の方へと駆け寄り、それを差し出した。


 「はい、これ」


 「え?」


 差し出されたのはポケットティッシュだった。


 「お鼻かめずに困ってるみたいだったから、あげる。かんで」


 「いや、でも」


 確かに俺は今、鼻がかめずに困っている。何度啜っても無限に溢れてくる鼻水はとても気持ち悪い。しかし、だからと言って女の子から施しを受けるのはなんだか悪い気がした。


 たかがポケットティッシュ一つ貰うだけの話なのだが、なんとなく見返りを求めてしまったような感じがして申し訳ないのだ。それに鼻水をかんでいる姿を見られるのは少し恥ずかしい。


 俺が変なプライドを働かせてポケットティッシュを貰うのを遠慮すると、女の子はだんだん頬を膨らませてムッとした表情を作った。


 「ダメだよ、鼻水はちゃんとかまないと。いつまでたってもお風邪治んないんだから」


 お母さんの真似だろうか。女の子は人差し指をピンと立てて、まるで幼い子供に言い聞かせるような口調で俺に説教をした。


 そして持っているポケットティッシュを突き出してくる。


 「かんで!」


 「……はい、わかりました」


 ここまでされて断れるはずもなく、俺は観念してポケットティッシュを受け取った。


 受け取ってなお、女の子の双眸は俺の顔をまじまじと見つめている。どうやら鼻水をかむまでは許してくれないようだ。


 仕方ないので、俺はポケットティッシュから二~三枚引き抜いて、鼻に当てた。恥ずかしいがやるしかない。


 俺は意を決して、思いっきり鼻水をかんだ。

 

 ズビビビビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 汚い音が女の子の部屋に鳴り響く。思ったよりも大きな音が出たせいだろうか、女の子は鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとしていた。しばし沈黙が流れる。


 「…………」

 

 「…………」


 え、何この時間?


 無言で見つめ合う二人。手にはベトベトになったティッシュが握られている。俺はもうどうしたらいいのかわからなくなった。軽くパニックである。


 というか俺はともかくなんで女の子まで固まってんだよ。鼻水をかめって言ったのそっちじゃん。頼むからせめて何らかのリアクションをしてくれよ。


 「えっと……」


 俺が耐えかねて沈黙を破ると、女の子はハッとした表情になり、側に置いてあったゴミ箱を持ち上げた。


 捨てろということだろうか。俺は手に持っているティッシュを丸めてごみ箱の中へと落とす。

 

 「はい、よくできました」

 

 直後、全てを浄化するような優しい声音で女の子は俺のことを褒めてくれた。心身と共にスッキリする。


 だから何なんだよコレ。


 冷静になって考えると意味わかんないよなこの状況。確か俺は寝ている女の子にプレゼントを置いて帰るだけで良かったはずだ。それなのにどうししてこんな目にあっているんだ。


 「にゃーん」


 そうだよコイツだよ。全てはコイツのせいで狂っちまったんだよ。再び鼻が疼く。


 一刻も早くこの場から脱出しなければ。


 「じ、じゃあ、俺はこれで」

 

 別れの挨拶をし、窓に手を掛ける。


 「もう帰っちゃうの?」


 女の子は寂しそうな眼差しで俺のことを見つめてきた。少し可哀想に感じなくもないが、ここにいつまでもいても仕方がない。猫アレルギーが悪化するだけだ。それに俺にはまだ、やるべきことが残っている。


 「うん、他にもプレゼントを待っている子供たちがいるからね」


 親指をピンと立ててサムズアップ。営業スマイルは忘れない。


 「そっか、それならしかたないね」


 名残惜しさを残しつつも納得してくれたようだ。女の子は先程プレゼントしたクマのぬいぐるみの手を取って左右に振った。可愛い。


 「クマさんくれてありがとう。バイバイ、サンタさん。メリークリスマス」

 

 手を振り返して、女の子からかけられた言葉と同じ言葉を、俺も繰り返す。


 「うん、バイバイ。メリークリスマス」


 そうして俺は、女の子の部屋を後にした。


 ※

 

 「おぉ、やっと帰って来たな。随分と遅……ってなんつー顔してんだよ。顔面ぐしゃぐしゃだぞ」


 部屋を出て待っていたのはクリスのそんな言葉だった。


 「まぁ色々ありまして。ははは……」


 恐るべし猫アレルギー。涙も鼻水もそう簡単に止まりはしない。完全に治まるまでもうしばらく時間がかかりそうだ。


 「あとなんで普通に窓から出てきてんだよ。予想外のとこから出てきてビビったぞ。煙突使えよ。マニュアルに書いてあっただろ?」


 「あー色々あって忘れてました」


 ちなみに煙突には、降りるだけでなく昇るための機能も備わっている。エレベーターのように、下に立って手をかざすだけでふわりと浮き上がって外へと出れるような仕様になっているのだ。と、マニュアルには書いてあった。トラブルが起きて普通に忘れてたけど。まぁ、次から使っていこうと思う。


 「でも、なんとかプレゼントは無事に渡せました」


 「ふーん、まぁそれならいいけどよ」


 クリスはそれだけ言うと、東の方角を向いた。


 「ほら、さっさと乗れ。時間もヤバいからな。まだ十件以上も残ってるんだし」


 「は、はい!」


 クリスの様子から察するに、どうやら思ったよりも一件目で時間を食ってしまっていたらしい。急がないと間に合わなさそうだ。俺は慌ててソリに乗り込んだ。


 俺が乗り込むのを確認するとすぐ、クリスは空へと駆け出した。

 

 「しっかり捕まってろよ。飛ばすぜ」


 そう言うとクリスは足の回転数を上げ、加速した。ソリはクリスに引っ張られ、ぐんぐんスピードが増していく。


 「ちょっと待って! 速い! シートベルトないってさっき言ったじゃん! 死んじゃう!!」


 俺の悲痛な叫び声は、届いているはずなのに届かない。クリスは知ったことかよと、お構いなしに尚もスピードを上げた。


 頬の肉が強風に煽られてブルブルと震える。 


 女の子の家はあっという間に小さくなって、やがて見えなくなった。


 ※


 「お、終わった……」


 東の空から太陽が昇る。俺はへとへとになりながら、その眩い光を浴びた。


 結論から言うと、仕事は全て無事に完遂することができた。ギリギリにはなったが、俺達はどうにかこうにかして、時間内に十件以上もの家を回ったのだ。疲れた。


 二件目以降は特にトラブルもなく、スムーズに進められたといって良いだろう。道具の使い方も覚えたし、寝ている子供を起こすこともなかった。猫さえいなければこっちのものである。俺はやればできる子なのだ。


 そして何よりも、クリスの力が大きかったのだと思う。果てしない移動距離を自慢の足であっという間に埋めてしまったのだ。それなのに疲れた様子を一切見せない。流石はベテランといったところだろうか。どんな体力してるんだよ。

 

 「お疲れさん」


 クリスの労いの言葉を受けて、ようやく肩の荷が下りた気がした。俺は体の中に溜まっている疲れをまとめて、大きな溜息として吐き出した。


 「お、お疲れ様です」


 疲れた。本当に疲れた。今の願いはただ一つ。早く帰って温かいお風呂に入って寝たい。それだけだ。


 「どうだった、サンタの仕事は」


 「疲れました。もうへとへとです。サンタってあんなに大変な仕事だったんですね」


 「ははは、そりゃそうだろ。なにせたった一晩で何万人もの子供たちにプレゼントを渡さなきゃいけないんだからな。大変にもなる」


 クリスは呵々大笑してそう言った。


 でも俺が一番疲れた原因って、配達先が多かったからというより、シートベルトなしで高速で移動されて十回くらい死にかけたことなんだよな。俺が何度やめてって言っても、コイツ全然スピードを落としてくれなかったんだぜ? 絶対に許さない。


 「あ、そうだ……」


 解散する前に、一つだけ気がかりなことがあったので、俺はクリスに尋ねた。ソリの中に残っていた箱に手を伸ばす。


 「プレゼントの中に一つだけリストに載ってないのがあったんですけど、これは届けなくてよかったんですか?」


 数あるプレゼントの中に混ざってた余りもの。普通プレゼントには、俺が今手にしているリストに宛先が載っている。しかしリストを隅々まで見ても、どこにもそれらしき宛先が載っていなかった。


 もしや魔法道具の一種かとも思ったが、マニュアルにもそれらしき情報は載っていない。


 「あぁそれな。それ、お前のだから」


 「え?」


 俺はキョトンと首を傾げた。つまり、どういうこと?


 訳も分からずそのまま黙っていると、クリスは焦れたように口を開く。


 「いや、だからお前のだよ。この仕事をした配達員には、報酬としてクリスマスプレゼントが用意されてるんだ。ちなみにこれも魔法道具の一種で、中身は手にしている奴の今一番欲しているものになってる」


 「ええええええええええええええええええええええ!?」


 俺は思わず絶叫を上げてしまった。なんと、中身は自分が今一番欲しいものときたか。


 「そ、そんな! いいんですか!?」


 「いいに決まってんだろ。遠慮せずにもらっとけ」


 「あ、ありがとうございます!!」


 俺は飛び跳ねるように喜んだ。喜ぶに決まっている。


 クリスマスプレゼントを貰うのなんて何年ぶりだろうか。いや、子供の時ですら碌に貰ってなかったかもしれない。貧乏だったしな。


 俺は嬉しくて堪らず、プレゼントに頬ずりをした。あの時の女の子も、きっと同じ気持ちだったのだろう。


 クリスが苦笑する。


 「プレゼントを貰ってそんな喜んでる奴、お前が初めてだ」


 「あ、あはは……」


 顔が赤くなる。クリスには恥ずかしいところを見せてばかりだ。俺は誤魔化すように笑った。


 「あ、あの! 開けてもいいですか?」


 恥ずかしいは恥ずかしいのだが、やはりウズウズした気持ちは抑えられない。俺の心は完全に童心に帰ってしまっている。早く中身を確かめたくて堪らなかった。


 「おう、それはもうお前のものだ。好きにしろ」


 クリスの許可を得て、俺は震える指先でプレゼントの紐を掴んだ。


 「で、では……」


 緊張の一瞬である。俺はゴクリと唾を飲み込んで、一気に紐を引き抜いた。


 パカリと蓋が開く。果たして中身は一体何なのだろうか。欲しいものはいっぱいある。ゲームだろうか、漫画だろうか……お洒落な服もいいな。少なくとも外れはない。何が入っていようと、勝利は約束されている。


 俺はワクワクした心持ちで箱の中を覗き込んだ。


 「……何コレ?」


 中には黒い帯のような物が入っていた。何だコレは? 思考が混乱を始める。コレが、俺が今一番欲してる物?


 中に手を入れ、ソレを掴んで引っ張る。黒い帯のような物は、シュルシュルと音を立てながら姿を現していき、やがてカランという響きをもってしてその全容を露わにした。帯の終着点には、金具が取り付けられている。


 「ま、まさか……コレは……!?」


 そして俺は理解した。ソレが何であるのかを。


 ワナワナと唇が震える。ソレの名を口にするのは躊躇われた。


 あぁ……認めたくない。こんな物が、俺が今一番欲している物なんて。


 「……シートベルトだな」


 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ言わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 クリスに現実を突きつけられ、俺は泣き崩れるようにして膝をついた。


 おいおいこんなのってアリかよ! あんだけ苦労して手に入れたのがコレ!? そりゃねーぜ!!


 つーか本体から切り離されたシートベルトって何の役に立つんだよ! ただのゴミじゃねーか! 女の子から貰ったポケットティッシュの方がまだ価値があったぞ!!


 「ドンマイ。まぁこんなこともあるさ」


 クリスは半笑いで俺のことを見下ろしていた。怒りの炎が燃え上がる。誰のせいでこうなったと思っているんだ。


 確信を持って言える。全てはクリスのせいであると!


 「それじゃあ俺はこれで」


 クリスはくるりと踵を返して、太陽が昇る方角へと鼻先を向けた。


 逃してなるものか。俺はクリスに掴みかかろうと手を伸ばす。


 「よっと」


 しかし、俺の伸ばした手は軽やかな身のこなしでヒョイと躱され、虚しく空を切った。

 

 クリスは余裕の笑みを湛え、最後に振り向いた。


 「ハハハ、いやぁありがとな勉。お前のおかげで今年はとても楽しいクリスマスだった。来年もバイトの応募を待ってるぜ」


 クリスはそれだけを言い残して、東の空へと翔けていった。


 「あ、待って!」


 ぐんぐんスピードを上げて、距離はあっという間に開いていく。俺の声は、やっぱり届かない。


 次第に小さくなっていく背中を、俺はただ茫然と眺めることしか出来なかった。太陽の光に包まれて、見えなくなるその時まで。


 夜は完全に明けていた。


 今年はホワイトクリスマスだったこともあり、町は雪化粧に覆われている。昇りゆく朝日を浴びて、煌びやかに輝いていた。一面銀世界だ。


 小鳥のさえずりと共に、ぞろぞろと人々が姿を現し、活動を始める。新聞を配達する者、急いで雪掻きをしようとする者、コートに身を包んで会社に出社しようとする者など、様々な人が見受けられる。


 その中でも、朝帰りであろうカップル達がやけに俺の目に焼き付いた。何組も、何組も。体を寄せ合いながら、そういうことが出来るホテルがある方角から、ゆっくりと歩てくる。


 彼らを見て、俺は手にしているシートベルト強く握りしめた。


 そして固く決意するのだった。


 来年のクリスマスこそ彼女を作ってデートをしよう、と。

 読んでいただきありがとうございました。


 前書きで面白いものが書けたと言いましたが、それはあくまでも作者の主観によるものです。


 つまんなかったらごめんなさい。精進します。


 ちなみに僕は心はガラスでできております。批評は受け付けますが、悪口は心の中にしまっておいてくださいお願いします(土下座)。

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