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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第9話 国王の依頼 その4

 プレイズはどうにも解せなかった。

 あんなに怒り狂っていた三人の男たちが、突然、気分が変わって帰ってしまうとは、普通ありえないからだ。


「ソフィアさん。今の件ですが、もしかして奴らに催眠術でもかけたんですか」

「催眠術? いえ、かけてませんよ。どうしてですか」

「いや、あんなに怒っていたのに、突然気分が変わってしまうって、変だなと思って……」

「きっと、私が何も答えないので、諦めたんだと思います」


 その答えにプレイズを全く納得できなかったが、これ以上訊くのもしつこいだろうと思い、とりあえずその件に関しては置いておくことにした。ただ、どうしても、もう一つだけ訊きたいことがあった。


「ところで、先ほどの奴らは、なぜあなたにあんな酷いことをするんですか」


 ソフィアの顔から笑みが消えた。


「あ、すいません! また無遠慮な質問でしたね」

「いえ、かまいません。もとはと言えば私たちのせいなんです……」


 そう言ってソフィアは棚に並んだおびただしい数の道具を指差した。


「私にはわかりませんが、あの道具の中にすごい力が隠されているものがあるらしく、それを奪おうとする山賊たちが村に頻繁に来るようになったんです」

「えっ、山賊が? それでその山賊たちが来たらどうしてたんです」

「先ほどと同じように、ただ黙っていたら諦めて帰っていきます。でも、数日後にはまた思い出したようにやってくるんです。その度に村の人たちはおびえているようで……」


 ソフィアはテーブルの上に置かれた花瓶の花を人差し指で触った。


「ですから、これ以上村の人たちに迷惑をかけないためにも、近々この村から出て行こうと思っています……」


 ソフィアの寂しそうな横顔を見ながら、プレイズはなんとかしてあげたいという衝動にかられた。


「私がその山賊たちをやっつけてやりましょうか? もう二度とこの村に来ないように。なあに、腕っ節には自信あります。いつも化け物を退治してますから」


 そうりきむプレイズにソフィアが笑った。


「ありがとう。でも暴力はさらに暴力を生むだけだと思います。そのお優しいお気持ちだけちょうだいしときますね」


 暴力はさらに暴力を生む――。

 プレイズは、三年前にファスト村で起こったバリアント親子の復讐劇を思い出し、短絡に暴力で解決しうようとする自分のものの考え方が気恥ずかしくなった。


「たしかに、仰るとおりかもしれませんね……。わかりました。それではそろそろ帰ります。美味しい料理、ごちそうさまでした!」


 プレイズはソフィアに頭を下げ、ドアへ向かった。


「あ、まってください!」


 足を止め振り向いたプレイズに、ソフィアが何かを差し出した。


「これ、さしあげます」


 それは白いブレスレットで、ソフィアが左手につけているものと同じだった。


「祖父からもらったお守りです」

「えっ? なぜ、そんな大切なものを……」

「祖父が他界する間際に私に言ったんです。このお守りをおまえが信じられると感じた人間に渡してくれと」

「信じられる人間? 私がですか」

「はい」

「いやいや、それはいくらなんでも……。だって、さっき会ったばかりなのに、私が信じられる人間かどうかわからないじゃないですか。もちろん、信じてもらえるのはとても嬉しいですが……」


 プレイズはブレスレットを受け取るのをためらった。


「いいんです。わたしがそう感じたのですから。祖父も納得してるはずです」


 そう言いながら、ソフィアは半ば強引にブレスレットを手渡した。


「あ、ありがとう……」


 プレイズは呆気にとられながらブレスレットを受け取った。


「ご好運を!」


 ソフィアの言葉に送られ、プレイズは家を出て行った。

 すっかり夜もふけ、村に着いた時には真上にあった満月は既に西の方まで移動していた。プレイズは待たせていた馬のもとに戻った。馬は十分休憩がとれたのか、プレイズの姿を見るなり元気な声でいなないた。


(ふう……。ゴースト退治の方法は何も得られなかったか。でも、これは心の支えになりそうだ)


 馬に乗ったプレイズはソフィアからもらったブレスレットを左手首につけた。そして村の方へ振り返った。


(ソフィア、元気で!)


 プレイズは心の中でそう叫んだ。


(プレイズさんもお元気で。また、どこかでお会いしましょう)


 プレイズは、はっとした。まるで自分に答えるかのようにソフィアの声が聞こえたような気がしたからだ。しかし、すぐにそれは疲れからくる幻聴だろうと思い直し、馬に鞭を打って村を出て行った。




 夜の山道は馬を走らせるには危険過ぎた。家に帰り着くまでの時間はかかるが、安全を考えてプレイズはゆっくりと帰る事にした。


(国王への返事まではまだ時間がある。慌てることもあるまい。さて、この先どうしようか……。正直言って僕は依頼を断りたい。でも、父上は絶対断らないだろうな)


 憂鬱な気分でしばらく進むと、山道の枠に小さな空き地が見えた。よく見るとそこには小さく盛り上がった土がいくつか並び、各々の傍らには枯れた花が置いてあった。


(どうやら墓地のようだな。 あの村のものだろうか)


 プレイズは墓地を横目で見ながら通り過ぎて行った。


(もし、ここでゴーストが出たらゴースト退治の練習になったかもな……。おっと、我ながら不謹慎だった。いかんいかん)


 プレイズは自分の頭をコツンと叩き、くだらない妄想を恥じた。


(えっ!?)


 突然プレイズは手綱を引き馬を停めた。前方に数個の怪しい赤い光がゆらゆらと浮かんでいたからだ。


(ま、まさか、ゴースト?)


 背負った剣に手を回し身構えると、その赤い光はどんどんプレイズに方へ近づいてきた。


「おやおや、こんな夜中に剣士さまがいらっしゃるじゃねーか」


 ダミ声とともに赤い光の後ろに十人ぐらいの男たちの姿が浮かび上がった。赤い光は男たちがもっていた松明たいまつの明かりだった。プレイズは男たちの容姿を見て直感的に山賊だとわかった。山賊たちはにやにやしながら馬上のプレイズの周りを取り囲んだ。プレイズは剣の柄を強く握りしめた。


「もしかして、ソサリ村のソフィアを脅している山賊というのは、おまえたちか」


 山賊たちはソフィアの名前を聞いてざわついた。


「なぜソフィアを知ってる。おまえはソフィアのなんなんだ? もしかして仲間か」


 ダミ声の男がプレイズを睨みつけた。


「こいつ、もしかしたら魔導師の宝をもってるかも!」


 山賊の一人が声を張り上げると、他の連中が「おお!」と言いながら一斉に各々の武器を手に取った。


「なんのまねだ。おまえたち、僕がだれだかわかっているのか。国王陛下も認めたバリアントバスターのプレイズ様だぞ!」


 プレイズは自分の権威に山賊たちがひるむだろうと思った。しかし山賊たちはひるむどころか、ますますプレイズ小馬鹿にするようににやにやと笑った。


「バカにされたもんだなぁ。俺たちをバリアントと同じだと思ってやがる。おい、だれか! 化け物と人間さまとの違いを見せてやれ」


 そのダミ声が終わるや否や、プレイズは後頭部に激しい衝撃を感じて目の前が真っ暗になった。そして馬から崩れるように転げ落ちた。倒れたプレイズのそばに、こぶし大の石が落ちていた。


「バリアント退治屋さんよ。人間には知恵というもんがあるんだよ。頭の悪い化け物たちと一緒にしてんじゃねーぞ。それとな、俺たちゃ権威をかさに着て粋がってる連中が大嫌いなんだよ!」


 ダミ声の男が「やれ!」と合図にすると、山賊たちが一斉にプレイズに襲い掛かった。

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