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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第7話 国王の依頼 その2

「父上には魔導師の知り合いはおられますか」

「魔導師の知り合い? そんな事を訊いてどうする」

「もしかしたら魔導師ならゴーストの倒し方を知ってるかと思い……」

「おらん!」


 ファーテルは即答し、そして吐き捨てるように言った。


「あいつらは魔導師じゃなく、ただの詐欺師だ。先代もそうだったが、バリアントバスター達の無知につけ込んでいろんな退治道具を売りつけてきた。しかし、そのほとんどが偽物だった。それに抗議すると、精神が汚れているから効果がでないのだ、と言ってとぼける。そんな連中だから今のバリアントバスター達の中であいつらと交流する者など一人もおらんわ」

「ほとんど偽物……。という事は、中には本物もあったということですよね? これのように」


 そう言いながらプレイズが補聴石を見せると、ファーテルは「ふん」と言って顔を背けた。


「父上、この補聴石を先代に渡した魔導師はどこに住んでいたかご存知ですか」

「知らん、そんな昔のことは。そんなに知りたいのなら、先代の日記が残っているはずだから、それを読んでみたらどうだ。ただ、仮に居場所がわかったとしてもその魔導師が生きているかどうかはわからんがな」


 早速、プレイズは書庫へ行き、ファーテルの先代――つまり、プレイズの祖父の日記帳を探した。


「あった。これだ。グランド・ディフィート。お爺さまの名前だ。うわっ、こんなにあるのか……」


 埃まみれのぶ厚いそれは、古い本棚の隅に三十冊ほど並んでいた。

 突然、背後から声がした。


「先代が補聴石をもらったのは、三十代の頃だと言っていた記憶がある。……たぶん、このあたりだろう」


ファーテルが並んだ日記帳の中の数冊を指さした。


「手伝ってくださるのですか」


 ファーテルは何も答えず、本棚から日記帳を取り出しテーブルの上に置いた。そして半分を手に取り、残り半分を指差して「これはおまえの分だ」と言った。

 プレイズは彼が冷静さを取り戻した事に気づき、ほっとした。


「おや? 子どもの頃の私と遊んだことが書かれてある。懐かしい……」


 ファーテルは日記帳をめくりながら目を細めた。その滅多に見せない穏やかな横顔をプレイズはしばらく眺め続けた。


「なにを見てる」


 視線に気づいたファーテルが横目で睨んだ。プレイズはあわてて日記帳に目を戻した。

 静かな部屋の中に、二人がページをめくる音だけがまるで時を刻むかのように続いた。


「あった……」


 ファーテルの低い声がした。プレイズはファーテルの横へ駆け寄り、彼が指さしたそのページを覗き込んだ。

 そこにはこう書かれていた――。


――ルーウィン歴千五百八年七月十日――


 ソサリ村に住むエスティムと名のる魔導師から異形のバリアント退治を依頼される。それは影のように実体がなく変幻自在。まさに幽霊ゴーストのごとき。

 過去より、かのようなものを倒す術や経験なきがゆえ途方に暮れつつも、エスティムから借りし魔導師の道具により退治に成功す。

 本来なら報酬金をもらいしところ、退治できしは魔導師の道具のおかげゆえ、バリアントバスターとしての誇りもあり報酬金は受け取らず。その代わりとして、エスティムよりバリアントの言葉を人の言葉に翻訳できし補聴石なるものを受け取る――。


 プレイズとファーテルは思わず顔を見合った。


「父上!」

「うむ。思わぬところに解決の糸口があったな」

「この魔道師の道具ってなんでしょう」

「想像もつかん……。いずれにしてもゴーストを倒す道具は存在していたようだな」


 プレイズは自分の部屋から地図を持ってきて、日記帳に書かれていたソサリ村を探した。


「ありました! ここです」


 プレイズが指差したその場所は、二人が住む町から一山超えた森の中にあった。


「そう遠くはありませんね。馬を飛ばせば半日で行けそうです。早速、馬を手配し夜明けとともに出発します」

「わかった。頼んだぞ、プレイズ」


 次の日――。

 東の空が白々と開け始める頃にプレイズはソサリ村へ向かって出発した。

 馬を使った道行きは最初は順調だったが、山越えを始めたあたりから馬の疲れが見えるようになり、ついに頂上付近で動かなくなった。予想したよりも山が険しかったからだ。


(しかたがない。少し休むか……)


 時間が気にはなったが、馬に無理をさせることも酷なので、水と餌を与えて体力が回復するまで待つことにした。そして一時間ほどして馬が元気になったのを確認し、急いで山を下った。

 数時間かけ山のふもとまで来ると、あたりはすっかり薄暗くなり西の山の尾根が夕焼けに染まり始めていた。


(時間をくったな。夜になると面倒だ。急ごう)


 プレイズは馬に鞭をうち、ソサリ村へと急いだ。

 草原の道をしばらく行くと森が現れ、その中に人家の灯りらしき光がちらちらと見えた。さらに暗くなった森の中の細い道をしばらく進むと、目の前に十軒ほどの家がある小さな村が現れた。


(ここがソサリ村か。早速、村人にエスティムの居場所を訊いてみよう)


 プレイズは馬から降りて手綱を木に縛った。そして、月明かりに照らされた村の細い道を歩いて最初に見つけた家のドアを叩いた。


「だれだ?」


 中から男の低い声が聞こえドアが開いた。村人以外の訪問者は久々なのだろうか。その髭面の男はプレイズを見て目を丸くした。


「夜分失礼いたします。私はバリアントバスターのプレイズと申す者です。ちょっとお伺いしたいのですが、この村にエスティムという名の魔導師は住んでいませんか」

「エスティム?」


 その名を聞いた髭面の男の表情が突然険しくなった。そしてプレイズを睨みつけ、無言のままドアを激しく閉めた。


(おいおい、ずいぶんだな……。それとも、俺、嫌われたのかな?)


 子どもの頃から人に嫌われることを恐れ、それゆえ周りの自分への反応を異常に気にする性格になったプレイズは、男の無愛想な態度が気になってしかたなかった。

 気を取り直して次の家を訪ねようとした時、前方から幼い少年と、その母親と見られる中年の女が歩いて来た。プレイズはその女を呼び止め、先ほどと同じ質問をしてみた。すると、その女も突然険しい表情になり何も答えずに少年の手を引っ張っぱってさっさと通り過ぎて行った。


「おにいちゃん!」


 声の方にプレイズが振り向くと、少年が女の手を振りほどいて立ち止まり、森の方を指差した。


「エスティムって、ソフィアお姉ちゃんの爺ちゃんのことだよね? お姉ちゃんだったらあっちにいるよ!」

「おまえ、またあそこに行ったのかい!? あれほど近づくなと言ったのに!」


 女は少年を大声で叱ると、その手を強引に引っ張って去って入った。


(ソフィアお姉ちゃん?)


 プレイズは心の中で少年に礼を言って、彼が指差した森の中へ向かった。

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