第5話 後悔
ファスト村の一件は国中の噂となり、特にファーテルとプレイズのバリアントバスターとしての姿勢と勇気は仲間たちの間でも高く評価され称賛をあびた。
名誉欲が強かったファーテルは、それが満たされた事に満足し、すこぶる機嫌の良い日々をすごしていた。しかし、それとは逆にプレイズの表情からはなぜか明るさが消えていった。
「プレイズ。最近、表情がさえないな。周りから称賛されるとあれほど喜んでいたおまえが、いったいどうしたんだ?」
ファーテルの問いに、部屋の窓から外の景色をぼんやりと眺めていたプレイズが振り向いた。
「父上、質問があります」
「なんだ、あらたまって」
「バリアントたちは、本当に悪事を重ねていたのでしょうか」
ファーテルの眉根が寄った。
「またその質問か。おまえは、あの村の惨状を見ておきながら、なぜそのようなくだらん質問を繰り返すんだ」
「確かにあれはバリアントの悪事です。亡くなった村人たちや父上のご友人の事を考えても許される事ではありません。当然倒されるべきです。でも……誤解を恐れずに言わせてもらえば、あのバリアントの親子があのような悪事に走った原因を作ったのは、我々だったのではないでしょうか」
「なにを言っているのだ。おまえ、正気か」
「これを見てください」
プレイズは上着のポケットから補聴石を取り出し、それを顔に近づけた。石はいつものように光り輝いた。ファーテルの目が丸くなった。
「それは……」
「補聴石です」
ファーテルは怪訝な表情で補聴石の近くに寄った。
「まさか。信じられん……」
「父上がおっしゃったように、この石はバリアント親子の会話を人間の言葉に翻訳してくれました。あのバリアント達は、私が最初にファスト村で倒したバリアントの兄と父親でした。彼らはその復讐のために村を襲ったようです」
ファーテルはプレイズの目をじっと見つめた。そして妄想を語っているのではないと確信したのか、安心したようにホッと息を吐いた。
「言ってる意味がわからんな。原因を作ったのはもともと悪事を重ねた子どものバリアントだろ。だから倒した。そして、それを逆恨みした父親のバリアントが復讐に来てさらに悪事を重ねた。その原因がなぜ人間にあるということになるんだ?」
「私が倒した子どものバリアントは、悪事と言えるほどの事はしてなかったのです。そいつはただ村の井戸の水を飲んだり、ゴミあさりをしに来てただけなんです」
「ほんとうか」
「村長がおっしゃってました」
「なるほど……。つまり、おまえは無実の子どものバリアントを倒したというわけか。そうか。おまえもなかなか非情な男になったもんだな」
そう言ってファーテルは笑った。
(非情な男?)
プレイズの心の中でずっと抑えてきた感情が一気に噴き出した。
「それはどういう意味ですか!? 父上はおっしゃったじゃないですか! バスターは余計な事を考えるな、依頼通りにバリアントを倒せばいいと。なのに、それを実行したら非情ですか。じゃあ僕はどうすれば良かったんですか!」
プレイズの大声が部屋中に響いた。それは幼い頃から常にファーテルに従順で、いっさい反抗する事がなかったプレイズが初めて見せた反抗的な態度だった。ファーテルは予想もしなかったプレイズの態度に動揺した。
「も、申し訳ありません……」
プレイズは思わず出た自分の大声に自分自身で驚き、すぐに冷静さを取り戻した。
ファーテルは動揺した心を静めるために目を閉じ深呼吸をした。そして気持ちが落ち着くと、いつものように険しい表情でプレイズを睨んだ。
「それで……後悔してるのか」
「えっ?」
「バリアント親子を倒したことを後悔してるのか、してないのか、どっちだと訊いているんだ」
ファーテルの問いにプレイズの目が泳ぎ、二人の間に沈黙が流れた。しばらくしてファーテルの大声がそれをやぶった。
「答えろ、プレイズ!」
プレイズはうつむいて唇を噛みしめた。そして絞り出すような小声でつぶやいた。
「わかりません……」
「わかりません? 答えになっていないぞ」
「後悔……していません……」
「うむ……。その答えを待っていたぞ、プレイズ。それでこそ一人前のバリアントバスターだ。さぁ、くだらない事を考えている暇があったら、もっと技をみがく事に集中しろ」
ファーテルは訓練をうながすように窓の外を指さした。プレイズは弱々しく「はい」と答え、部屋から出ようとしたが、途中で立ち止まり背中を向けたままファーテルに訊いた。
「父上」
「なんだ?」
「もし……後悔していると答えたら、どうされました」
ファーテルは少し間を開けて答えた。
「簡単なことだ。私はおまえを破門し、この家から追い出しただろう」
プレイズはうつむいた。
「だから、後悔してないと答えてくれてホッとした。バリアントを倒すことしか能がないおまえが、その仕事を失い、だれからも評価されなくなって露頭に迷う哀れな姿を、親として見たくなかったからな」
そう答えたファーテルはプレイズの背中を見てはっとした。その両肩が小刻みに震えていたからだ。
少しきつく言い過ぎたと思ったのか、ファーテルは表情をやわらげ、いつもとは違う優しい声でプレイズに話しかけた。
「プレイズ……」
「はい……」
「この家は、先祖代々バリアント退治を生業にしてきた。もし、我々がその仕事を失ったら先祖が血を流しながら築き上げてきたこの家の名声や実績は失われ、人々からも忘れさられてしまうだろう。そうなっては先祖に申し訳がたたない。だから我々は何があってもバリアント退治をやめるわけにはいかないのだ。バリアントが悪事をやろうがやるまいが……。プレイズ。わたしの言いたいことがわかるか」
プレイズは答えなかった。
ファーテルは小さく溜息をついてプレイズの横まで進み、そして励ますかのように軽く肩を叩いた。
「頼む。もっと大人になってくれ……」
その言葉を残してファーテルが部屋から出て行くと、肩を震わせていたプレイズは、力なく両膝をついた。
「バリアントは悪事なんか働いてなかったんだ……。悪事の森なんか、なかったんだ……。ごめん……」
プレイズは何かに向かって謝った。そしてこぼれ落ちる涙を止めることができなかった。