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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第46話 王の演説

 大広場は数千人の市民で溢れかえり、中に入れなかった者たちは周りの木や建物の屋根に登り、これから始まる事を今や遅しと待ち続けた。


「国王のおでましである! 皆の者、緊張するように!」


 広場から見上げた場所にある城のベランダに、近衛兵に護られたテクニア王がおごそかに現れた。騒々しかった全市民が一斉に沈黙した。テクニア王は市民をゆっくりと見渡し、咳払いを一つした後、懐から一枚の紙を取り出し読みはじめた。


「我が愛するテクニアの民たちよ。わしは、今から皆の者に伝えねばならぬ事がある。それは……それは……」


 テクニア王は次の言葉をなかなか発することができず口籠った。広場の市民が小さくざわめいた。


「それは……皆の者への謝罪だ」


 謝罪という言葉を聞いた市民たちが一斉にどよめいた。


「思うに、わしは、今まで民の幸せより己の満足ばかりを求めてきた。それは、民とともに生きるべき王として恥ずべき行為であった。誠に……すまぬ……」


 テクニア王はそう言って頭を下げた。その考えられない王の行為に市民たちが再びどよめき、あちらこちらで感嘆の声や、王の豹変ぶりをいぶかしがる声が聞こえた。


「そして、今、わしは宣言する。このテクニアを平和国家として永遠に守り続けてゆくことを」


 数千人の市民から一斉に嵐のような喝采の拍手と歓声が上がった。ある者は歓喜に咽び、ある者は唖然と立ち尽くし、そしてある者は腕を組んで懐疑的な表情を見せた。


「そして、わしから皆にお願いがある……」


 突然、深刻な表情を見せた王に市民たちが沈黙した。


「今、巨大なゴーストがこちらへ向かっておる」


 市民たちが動揺の声をあげ、女たちが悲鳴をあげた。


「しかし、恐れてはならぬ。そのゴーストは絶対にこの国を脅かす事はできぬ。なぜなら、先ほど天からお告げがあったからだ」


 その突拍子もない王の発言に市民のほとんどが怪訝な表情をしながらざわついた。テクニア王の額から汗が流れ落ちた。


「にわかには信じられまい。しかし、その救いの神はすぐそこまで来ておられる。光輝く星となって」


 市民がますますざわつき始めた。その声のほとんどは王に対する不審と不安に満ちたもので、中には、王はついに気が触れた、と毒づきながら広場から出てゆく者もいた。


「皆の者! 神は来る。そして我々を必ず救ってくれる。その時は神の御業(みわざ)を邪魔せぬよう皆で目を閉じ、無心の境地になってくれぬか」


 呆れた表情の市民が一人、また一人と広場から出て言った。


「ちょっと表現が大袈裟だったかな……。まあ、いっか!」


 王の演説原稿を書いたフェイムが頭をかきながらつぶやいた。そして目を閉じブレスレットを光らせた。


(プレイズ、聞こえる? 皆んな半信半疑みたいだけど、とりあえずあなたに言われた通りやったわ。今度はそちらの番よ)


 フェイムはシンパの力でプレイズ達に呼びかけた。


(わかった。僕も少しやり過ぎかなとは思ってたけど、そうでもしないと皆んな心を一つにしてくれないからね)

(じゃあ、そろそろ神様の出番ね)


 フェイムは空を見上げた。そして、こちらに向かってくるシンパの光に包まれ星のようになったインヘルとプレイズたちを指差して叫んだ。


「皆んな見て! 神よ! 神が私たちを救いに来たわ! 王が言った事は本当だったんだわ!」


 その声に市民たちが一斉に空を見上げた。そして、こちらに向かって飛んでくる光る星の様なものを見つけ、全員が驚愕の声をあげた。テクニア王も、まさか自分が読まされた原稿の内容が本当になるとは信じていなかったせいか、その光を見て腰を抜かし、床にへたり込んでしまった。

 光は広場の真上まで飛来し、そして止まった。煌々と輝く眩しい光が市民たちに降り注いだ。


「神だ! 神が私たちをお救いになられる!」


 そう誰かが大声で叫ぶと、その声につられるように他の人々も次々と歓喜の声をあげた。フェイムは広場の中央にある噴水の上によじ登り、人々の注目を得るように両手をあげた。


「皆んなお願い! さっき王様が言ったように、神の御業みわざの邪魔をしないように、目を閉じて心を無にして!」


 市民たちは思い出したようにうなずくと、地面にひざまづいて手を組み、そして目を閉じた。騒然としていた広場が一瞬で静寂に包まれた。光に包まれたインヘルが背中のプレイズに話しかけた。


(なるほど……。まさか、こういう茶番を考えるとは、なかなか小知恵があるな。では、今からおまえたちが言った事をやってみよう。心に深い傷を持った者どもが大勢いることを信じてな……。バーリー様。お許しください……)


 インヘルは右足で掴んでいたバーリーの骨を口でくわえ、そして、その強靭な顎の力でゴリゴリと噛み砕いた。粉々になった骨が市民たちの頭上にボトボトと降り注いだ。それに驚いた一部の市民が目を開けた。


「目を開けちゃだめ! それは神の御業よ。ばちがあたるわよ!」


 フェイムが脅すように大声で注意すると、その市民たちは慌てて目を閉じた。


 二本あったバーリーの骨が一本になったせいでインヘルを包み込んでいた光が弱くなり、光の中から彼らの影が薄っすらと見えた。しかし、目を閉じている市民たちの中にそれに気づく者は一人もいなかった。


(ゴーストだ~!)


 ガンテの声にプレイズたちが平原を見ると、巨大ゴーストがテクニアのすぐ近くまで来ていた。ゴーストはテクニアの上空で静止するインヘルの光に気づき、警戒するようにその移動速度を落とし、テクニア市をとり囲む城壁の門までゆっくりと近づいて行った。


(来おったな……)


 インヘルは目と鼻の先まで来た巨大ゴーストを睨みつけた。巨大ゴーストは、門の前でしばらく動きを止めた後、その体をゆっくりと浮上させ、テクニアの街と市民を見下ろせる上空で静止した。その光景は、まるで凶暴な捕食者が獲物を追い詰めてほくそ笑んでいるかのようにも見えた。


(いかん。シンパの力が弱まってきた……)


 インヘルたちを包んでいた光が弱まってきた。インヘルとプレイズたちは巨大ゴーストと出会ってからずっとシンパの力を使い続けていた。しかし、それにも限界があったのだ。インヘルは動揺した。


(今はなんとか我々のシンパの力で持ちこたえられておるが、それも時間の問題じゃ)


 プレイズはインヘルの背中から眼下を見下ろした。目を閉じ無言のままでじっとしている人々の間に垣間見えるバーリーの骨の破片は、特に何の反応も見せていなかった。

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