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褒められバスター  作者: 平野文鳥
43/50

第43話 作戦

「プレイズ。俺たち、これからどうすればいいんだ……」


 ファートが、小山ほどの巨大ゴーストを見ながら、震える声でプレイズに指示を仰いだ。


「まず、ルーウィンの兵士たちを救おう。あのまま見殺しにはできない」

「救うって、 どうやって」

「ゴーストの注意をこちらに引きつけ、バリアントの群れから遠ざけさせる。もしかしたらゴーストの影響が弱まり、バリアントたちが正気に戻るかもしれない」

「こちらに引きつける? そ、そんな無茶な……」


 プレイズはインヘルから渡された人の大きさほどもあるバーリーの手の骨を触った。


「インヘルはこの骨を使えば、僕たちのシンパの力が何十倍になると言ってた。それぐらいの力があれば、ゴーストにそう簡単に心を奪われる事はないと思う」


 あくまで推測にすぎないプレイズの考えに、ファートたち三人は不安が隠せなかった。しかし、ソフィアだけは別だった。


「やりましょう。このままではインヘルさんが言ったように、大きな戦争が始まってしまうわ。今、それをくい止められるのは、私たちだけだから」

「協力してくれるよな? ファート、ガンテ、トールキン」


 ファートは小さな溜息をつき、お手上げのポーズを取ってガンテとトールキンをで目配せした。


「もう、やるしかないよな? ガンテ、トールキン」


 二人は観念した表情でゆっくりと首を縦に振った。

 全員がバーリーの骨を囲み、それぞれが持つブレスレットと骨を目の前に構え目を閉じた。バーリーの骨を中心に強い光が周りを照らし始め、それはまるで大きな光の玉のようになった。しばらくすると、その強い光に気づいた巨大ゴーストが突然動きを止めた。そして、プレイズたちの方に向きを変え再び動き始めた。


(うまくいったぞ!)

(プレイズ。どこまで引き寄せるんだ?)

(ゴーストの影響が薄れて、バリアントの群れが正気に戻り始めるまでだ)

(ひえ〜っ、そ、そんな~……)


 ファートたち三人の怯える感情がプレイズに伝わった。


(みんな、心配するな。バーリーの力を信じよう)




 バリアントの大群に追いつかれたルーウィン軍の歩兵たちは、バリアントたちの猛攻に抗うこともできず次々とその餌食となってゆき、既にその数の三分を一を失っていた。残りの兵士たちの中には、兵士としての誇りを捨てず最後まで闘おうとした者も多くいたが、やはり力及ばずバリアントの大群に、あっという間になぎ倒されていった。ただ、ハーベンを先頭にした百人近くの騎馬隊のみがバリアントの群れに追いつかれずに逃走できていた。


「閣下! 後ろの隊が全滅しそうです!」


 ハーベンと並走する直近の部下のアーノルドが悲痛な声で叫んだ。しかし、ハーベンはそれを無視するかのように、さらに馬に鞭を打った。


「とにかく我々だけでも逃げ切るぞ。部下たちには悪いが、あれも軍人として生きる者の宿命だ」


突然、後方で走る兵が叫んだ。


「あれを見ろっ!」


 ハーベンが何事かと後ろを振り向いて目を丸くした。そして、手綱を引きながら全員に「止まれ!」と命令した。


「何が起こったんだ……」


 今まで猛烈な勢いで兵士たちを追撃していたバリアントの大群が突然その勢いを弱め、それぞれがばらばらの方向に進み始めていた。


「閣下、ここに留まるのは危険です。早く逃げましょう」


 いつまた追撃してくると分からないバリアントの群れに警戒したアーノルドが進言した。


「いや、もうその必要はなさそうだ。見ろ」


 ハーベンはバリアントの群れを指差して安堵の表情を浮かべた。ばらばらに動き始めたと思われたバリアントたちが再び一つにまとまり、今度は逆の方向に走り始めたからだ。


「我々を攻撃するのを止めたのでしょうか」

「分からぬ。いずれにしても隊の全滅だけは免れそうだ」

「では、閣下。今から傷ついた兵士たちの救援に向かいましょうか」

「いや……その必要はない」

「えっ?」

「おまえもさっき言っただろ。ここに留まるのは危険だと。あいつら、いつまた考えが変わって攻め直してくるかもしれん。それに、指揮系統を司る我々に万が一の事があってはまずい。兵士たちはいつでも補充がきくが、我々の能力はそうはいかんからな」

「しかし……」

「なんだ? その不満そうな顔は。私の考えに賛成できぬのなら、おまえ一人で助けに行け。ただ、もうおまえは二度と私の下で働く事はないだろうがな」


 アーノルドはうつむき表情を歪めた。そして意を決したように顔をあげた。


「わかりました。では、私は今から生き残った兵士たちを助けに参ります。閣下もお気をつけてお戻りください」


 アーノルドは手綱を引き馬の頭を後へ向けた。


「兵士たちを助けに行きたいものは、私についてこい!」


 そう叫んで馬に鞭を当てて走り出すと、なんとアーノルドの後に騎馬兵の半分以上がついていった。


「くそっ。あいつら後で後悔させてやる……」


 ハーベンは苦々しい表情で拳を握りしめ、吐き捨てるように呟いた。


「閣下! 急ぎましょう!」


 部下の声に我に戻ったハーベンは、残った部下たちを引き連れて再び馬を走らせた。そして、しばらく走り続けるとバリアントの群れや、置き去りにされた兵士たちの様子が一望に見渡せる小高い丘まで辿り着いた。ハーベンは馬を止めた。


「どういうことだ? バリアントの大群が今度はゴーストに向かっている。気になるな。しばらく様子を見てみるか」

「閣下。まだ油断は禁物です。いつはぐれたバリアントが襲ってくるかもしれません。早く先を急ぎましょう」


 兵士の一人が不安げな表情で進言した。


「おまえも心配性だな。あれを見ろ。もうこちらに向かってくるバリアントは一匹もおらんぞ。仮に向かってきたとしても、この距離だ。もう我々には追いつけまい」


 ハーベンは余裕の表情でほくそ笑んだ。


「バリアントだ!」


 兵士の誰かが大声を上げた。全員が慌てふためいて辺りを見回した。


「どこにいる!?」

「頭上です! みんな逃げろー!」


 全員が一斉に空を見上げると、数匹の鳥型バリアントが急降下してくるのが見えた。反撃する余裕もないハーベンは馬に鞭を激しく打って逃げようとした。しかし、それよりも速く襲ってきたバリアントの両足に体を鷲掴みにされ、そのまま空中へ連れ去られて行った。


「はなせっ、はなせっ! この化け物め! この私を誰だと思っている。ルーウィンで一番優秀で名誉ある軍人のハーベン様だぞ!」


 そのまま空高く舞い上がったバリアントの足の中で、恐怖に正気を失ったハーベンは腰につけた短剣を抜きバリアントの足を何度も突き刺した。その痛みに耐えかねたバリアントは「ギャア」と一声鳴いてハーベンを掴んでいた足を広げた。


「うわああーーっ!」


 ハーベンの体が空高くから地上に向けて落下していった――。

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