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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第41話 フェイムの覚醒

「所長……」


 ポールは医務室のベッドに横たわるディザードの手を強く握りしめた。しかし、その冷たくなった手はポールの手を握り返すことはなかった。ひとつぶの涙がディザードの手に落ちた。


「フェイムさんはこのことを知っているのか」


 ポールがベッドの周りを取り囲んでいる研究員のひとりに訊ねた。


「はい……。所長の死を確認したあと、すぐに部屋を出ていかれました」

「そうか……。しかし、陛下もなんて惨いことをするんだ。今まで所長は陛下のために全力を尽くされてきたのに……。これじゃあ、ゴーストのほうがまだましだよ」

「しっ、ポールさま……。見張りの兵が聞いております……」


 ポールが医務室の入り口を横目で見た。ポールに背中を向けた見張りの兵は、なぜかポールの言葉に同調するかのように、肩をすくめゆっくりと首を縦に振った。




 フェイムは城から出て、まるで魂の抜け殻のようにふらふらと街を歩いていた。通りは、いつ襲ってくるともしれないゴーストやバリアントに怯える人々で騒然としていた。


「ゴーストが現れたぞー!」


 人込みの中から誰かが叫んだ。その真偽もわからないまま周りの人々は悲鳴を上げながら行くあてもなく逃げ惑った。その中のひとりの男がフェイムにぶつかった。


「ふらふら歩いてんじゃねーぞ!」


 いつものフェイムなら威勢の良い啖呵をきってその無礼な男に蹴りのひとつでも入れるのだが、この時はまるで別人のように力なく倒れた。フェイムは走ってゆく男の背中を暗い目で睨んだ。


(どいつもこいつも自分のことしか考えてない。みんなゴーストにおかしくさせられて、殺しあえばいいのよ……)


 フェイムは左手のブレスレットを見つめた。


(もう少しだったのに……。もう少しでゴーストを倒せる方法がわかったかもしれないのに……。父さん……)


 今までこらえていた哀しみが堰を切ったようにあふれ出し、フェイムは大声を出して泣いた。しかし彼女の周りを逃げ惑う人々の中にその様子を気に止める者は一人もいなかった。


「ゴーストだ! みんな逃げろ-!」


 再び人混みの中から誰かが叫んだ。悲鳴と人々の走る足音が、うつ伏せで倒れているフェイムの左右を通り過ぎて行った。

 しばらくすると突然周りが静かになった。異変に気づきゆっくりと顔を上げたフェイムは目を細めた。涙で歪む誰もいない通りの中央に、赤く光る玉が浮いていた。


(ゴーストだわ)


 フェイムはゆっくりと立ち上がり、ゴーストを睨みつけた。


「あんたのせいで、父さんは死んだんだ。許さない…」


 ゴーストはまるでそれを無視するかのように、ゆっくりとフェイムに向かって前進し始めた。


(もうどうにでもなれ……。あたしの頭がおかしくなったら、真っ先に王を殺しに行ってやる……)


 フェイムはまるでゴーストに身を預けるように目をつぶり心を空っぽにした。すると左のまぶたの外に光を感じた。目を開けたフェイムは我が目を疑った。今まで一度も光ることのなかったブレスレットが輝き始めたからだ。

 目を見開いてそれを見つめるフェイムは、ふとプレイズの言葉を思い出した。


(ブレスレットを顔の前に構え、何も考えない)


 フェイムはすぐさまそれを実行に移した。しかし、父の死で心が動揺していたせいか、なかなか無心になれない。すると、フェイムの頭の中に自分以外の人間が踏み込んでくるような感覚に襲われた。それはまるで人間の悪意の塊のようだった。


(やっぱり怖い……。た、助けて!)


 その時、心の中で声が聞こえた。


(お姉さん、落ち着いて!)

(フェイム、大丈夫だ。僕らがついてるぞ)

(えっ? その声はソフィアとプレイズ?)

(お姉さん、大丈夫よ。私たちを信じて心を無にして)

(ど、どういうこと……?)

(いいから僕らを信じろ!)


 フェイムは突然聞こえた二人の声に慌てたが、しかし、すぐにそれは安心感へと変わっていった。そして再び心を静めた。すると閉じたまぶたの外が次第に明るくなってゆくのを感じた。

 しばらくすると、人の悲鳴とも爆発音ともつかない音が聞こえた。フェイムが目を開けるとゴーストの姿が消えていた。


「あ、あいつ、ゴーストを倒したぞ!」


 フェイムが声の方を向くと、家の影に隠れていた男が驚きの表情で彼女を指差していた。


(えっ? あたし、ゴーストが倒せたの? それって、このブレスレットが使えるようになったということ?)


 フェイムはフェイムとプレイズの声を思い出し辺りを見回した。しかしどこにも二人の姿は見当たらなかった。


(あの声は幻聴だったのかな……。いや、幻聴なんかじゃない。はっきりと聞こえたわ)

(そう。幻聴なんかじゃありませんよ)

「ソフィア? やっぱりソフィアなのね! ねえ、教えて! これはどういうことなの」

(詳しいことは会ってお話します。とにかく一つだけ言えるのは、お姉さんもブレスレットが使えるようになったという事です)

(本当? どうして? どうして突然使えるようになったの)

(それは、私にもわかりません……。もしかしたら、お姉さんの心の変化が……)

(えっ? 何? 聞こえない。心の変化がどうしたの?)


 突然ソフィアの声が消えた。フェイムがふと左手のブレスレットに目を落とすと、その輝きは既になくなっていた。フェイムは茫然とした表情でブレスレットを見つめながら、ソフィアが最後に言った『心の変化』という言葉の意味を考え続けた。


(ソフィアが言いたかったのは、私の心に変化があったからブレスレットが使えるようになったということなのかな……。心の変化?)


 突然フェイムの表情が強張った。


「それって、父さんが死んだあたしの哀しみに、このブレスレットが反応したってこと? ……ちょっと待ってよ。ブレスレットは人の心の光の部分に反応するんじゃなかったの? 哀しみに反応するって逆じゃない! 何なのよ……何なのよ、これはっ!」


 フェイムは左手からブレスレットを外し、思い切り地面に叩きつけた。


「人の哀しみに……人の傷ついた心に反応するって、どういうつもりなのよ、こいつは。ひどいわ……ひどいわ」


 フェイムは崩れ落ちるように膝を折り、地面に手をついて大声を出して泣き続けた。

 しばらくして、泣き疲れ涙も枯れてしまったフェイムは、虚な目でよろよろと立ち上がった。そして地面に落ちていたブレスレットを拾い上げ、それを左手に着けて小さな声でつぶやいた。


「でも、父さんにはちゃんと報告しなくちゃね……。ついにブレスレットが使えるようになった、ゴーストを倒せるようになったって……。きっと、父さんは喜んでくれると思うわ……」


 フェイムは頬に流れた涙の跡を手で拭うと、重い足取りで城へ向かって歩き始めた。

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