第40話 意志を継ぐもの
「射たないで! あのバリアントから敵意は感じられないわ。みんなで心の声で話しかけてみましょうよ」
プレイズたちは戸惑ったが、何もしてこようとしない老いた龍型バリアントを見て武器を降ろした。そして、各々がブレスレットと骨を構えて目を閉じた。再び、バリアントの骨が強く光りはじめた。
プレイズがバリアントに訊いた。
(おまえは何者だ?)
(おまえたちこそ何者じゃ? バーリー様の地に勝手に入りおって)
老いたバリアントはプレイズを睨みつけた。プレイズに代わってソフィアが答えた。
(バリアントさん。勝手にここに入ってごめんなさい。私がみんなをここに連れてきたんです。バーリーさんの骨をお借りしてゴーストを倒すために)
(何っ? ゴーストを? おまえたち、バーリー様のことをどこで知ったのじゃ)
ソフィアはバリアントに事の成り行きを詳しく説明した。それを聞き終えたバリアントはしばらく沈黙した後、口を開いた。
(なるほど……。先ほどバーリー様が光っていたのは、そういう訳じゃったのか)
プレイズは深呼吸をして心を落ち着けた。
(バリアントよ。おまえはバーリーとどういう関係なんだ)
(わしはバーリーの意志を継ぐもの……。名をインヘルという。人間が作る心の闇の塊が生みだす大きな災いを阻止するために生まれてきたものじゃ)
(心の闇の塊? ゴーストのことか)
(うむ。おまえたちの世界ではそう言うみたいじゃが)
(大きな災いとはなんだ)
(わからぬか。おまえたちが起こす戦争のことじゃ。戦争は人間だけではなく、われわれを含めた多くの生き物たちを巻き添いにし苦しめ、自然をも破壊する。それを食い止め終わらせることがバーリー様の意志じゃ……)
プレイズたちは戦争という言葉に動揺し、不安な表情でお互いの顔を見合った。
(どうやって戦争を終わらせるんだ?)
(質問の多いやつじゃな……。では、答えてやろう。--聞け人間よ。おまえたちは弱い。その心も弱い。その弱い心が作る心の闇が増えるとそれがエンパに伝わり心の闇の塊、つまりゴーストになってゆく。そのゴーストがさらに心の闇を人々に伝染させ、そしてそれはいつしか戦争へと導いてゆく……。そして、今度はその戦争が数えきれない人の心に深い傷を負わせる。わしはその心の傷が作る強いシンパの力をバーリー様の骨で何十倍にも増幅させてゴーストを倒し、戦争を終わらせてきたのじゃ。何度も何度も繰り返して……。五百年間もな……)
(五百年!?)
プレイズは想像を超えたインヘルの話に驚き、次の言葉が見つからなかった。
(もちろん、それはわしの力だけでは難しい……。だから、他のバリアントたちにも手伝ってもらってきた。バリアントはバーリー様の血をひき、わずかだがシンパの力が使える。小さなゴーストなら数十匹で対抗できる。しかし、その代償として自らも命を落としてしまう事があるがな……)
その話にプレイズは激しく動揺し、めまいを感じた。もし、インヘルが言った事が本当だったら、バリアント退治を生業とするバスターたちは、戦争をなくすためにゴースト退治をしてくれていたものに対して、恩を仇で返すという非道な行いを続けてきたことになるからだ。
(インヘルよ。今のは本当なのか。もし、そうならば証拠を見せてくれないか)
(証拠? ふむ。わしを信じないわけじゃな。ならば、見せてやろう。今、丁度、巨大なゴーストをバリアントたちが倒そうとしている場所がある。そこへ連れて行ってやろう。その代わり、おまえたちに何が起こっても責任はとれぬが、どうする?)
プレイズたちは沈黙した。
(お、おいらは、インヘルさんの言うことを〜信じます〜……)
(お、俺もだ……)
(ボ、ボクも信じます。だから行かなくてもいいです……)
プレイズは目を少し開き、眩しい光の中に浮かぶ老いたインヘルの姿を見た。光のせいかその姿は神々しく、とても嘘をついているようには見えなかった。しかしそれは同時に、自分がやってきた非道な行為を認め、今までのバスターとして生きてきた半生を否定する事をも意味した。
(幼い頃からバリアントを倒して父上に褒められてきたこと……。いろんな人々に称賛されてきたこと……。それらは全て意味がなかったということなのか……)
プレイズの苦悩する心が、声となって全員の心に伝わった。ファートたち三人は命が惜しいばかりにバスターの非道さをあっさりと認めてしてしまったその安直さに気づき、情けなくなって心を閉ざしてしまった。
(なるほど……。そのなりから予想はしていたが、やはりおまえたちはバスターじゃったのか)
インヘルの憎しみが全員の心の中に伝わった。プレイズ、ファートたち三人は緊張した。しかし、なぜかインヘルのその感情はすぐに消え去った。
(仕方がないか……。若いおまえたちは真実を知らずバスターの仕事をやっておったのじゃろう。今さらおまえたちを責めても仕方がない。ただ、もし、わしが言った事を信じてくれるのなら、せめておまえたちだけでもこれ以上わしの仲間を傷つけることをやめてくれぬか? どうか正しいバスターになってくれぬか)
(正しいバスター……)
プレイズは思い出した。その言葉はフェロンという優秀なバスターが死に際にプレイズに残した言葉と同じだった。ただ、インヘルとフェロンが同じ意味で使ったのかはわからない。しかし、共通してるのは、今の自分は彼らが言うところの『正しいバスター』に、まだなっていないという事だった。
(正しいバスターって、どんなバスターなんだ。わからない……。いずれにしても今の僕のままじゃだめだということなんだろう。変わりたい……。僕は正しいバスター、いや、正しい自分に変わりたい)
プレイズはこの時何かを感じた。それは過去の自分から決別しなくてはいけないという強い焦燥感のようなものだった。
(インヘルよ。僕はおまえを信じる。そして……今まで僕がおまえたちバリアントにやってきた非道を謝る)
突然のプレイズの謝罪にファートたち三人とソフィアが驚いた。
(せめても償いに、さっきおまえが言ってた場所に僕を連れて行ってくれ。そしてゴーストを倒す手伝いをさせてくれ)
(本気なのか? 命を落とすかもしれんのだぞ)
プレイズはインヘルが自分の心の中を探ろうとしているのを感じた。
(もちろんだ。僕は正しいバスターになりたい。だからバリアントたちと一緒にゴーストを倒す)
プレイズの突然の決意にソフィアの心が揺れた。
(私も行きます!)
(ソフィア、君はやめとけ!)
(いえ、行きます。もともとプレイズさんをここに連れてきたのは、バーリーさんの力を借りて、いつか現れるであろう巨大ゴースト退治を手伝って欲しかったから。そして、今がその時なのですから)
(でも、死ぬかもしれないんだぞ)
(かまいません……。孤独な私に愛情を注ぎ続けてくれたエスティムお爺様との約束を守る為にも、行かせてください)
(ソフィア……)
全員の心の動揺と疲れで集中力が弱まってきたせいなのか、バーリーの骨の輝きが少しずつ弱まり始めた。
(そろそろおまえたちとの会話ができなくなりそうじゃな。では言っておこう。今からわしはその場所へ向かう。ついてきたい者はわしの背中に乗るがよい)
インヘルは岩場に降りて体をかがめ、背中を開いた。プレイズとソフィアは躊躇せずその背中に飛び乗った。
「君たちはここにいろ!」
プレイズの声にファートたち三人は慌てた表情でお互いの顔を見合わせたが、すぐに真顔になり何かを決意するかのようにうなずきあった。
「俺たちも行く!」
「こわいけど~行く~!」
「うー! うー!」
ファートたち三人はインヘルに駆け寄り、その体に覆われたとげのような鱗に気をつけながら背中によじ登った。
(ほほお。おまえたち、なかなか見上げたバスターたちじゃな。では、行くぞ! 振り落とされないように、しっかり捕まっておけ!)
インヘルはその老いてぼろぼろになった翼を大きく広げた。そして両脚で岩場のバーリーの巨大な手の骨を鷲掴みにした。
(バーリー様。お力をお貸しください……)
インヘルはそうつぶやくと、岩場から空へ高く舞い上がった。




