第37話 ルーウイン軍とバリアントの大群
「閣下! 東からバリアントの大群がこちらに向かっております!」
隊の先頭にいる馬上のハーベンに、走って来た部下が息を切らせて報告した。
「くそっ! こんな時に。総員、対バリアント用の火器で応戦の準備をしろ!」
ハーベンは東の方角を望遠鏡で確認した。砂塵の中にコチラへ向かってくる無数のバリアントたちの影が見えた。
「バスター隊にはどういう指示を?」
部下の問いにハーベンの表情が歪んだ。
近衛隊長であり、軍の最高指揮官でもあるハーベンが率いる連隊は、選りすぐりの兵士で構成されていた。しかし、それはあくまで相手が人間の場合に限ってその力を発揮できるわけであり、バリアントに対しては素人に近かった。そこでハーベンはそれを補う為に国中のバスター達を徴兵し部隊を作らせて連隊の護衛にあたらせた。ただ、それは常日頃からバスターを卑しい職業と見下しているハーベンにとっては屈辱的なものだった。
「とにかくバリアントどもを一歩も近づけるなと言っておけ。作戦はあいつらに任せろ」
いささか投げやりにも聞こえるハーベンの命令に、部下は少し戸惑ったような返事をして戻って行った。
「まあ、こういうこともあろうかと準備には怠りない」
馬上のハーベンが後ろを振り向くと、重火器部隊が数十機の大砲をバリアントの群れに向け、百人以上はいるバスター隊も各々爆龍弾の弓矢で待ち構えていた。
「さっさとバリアントどもを皆殺しにして、テクニアに攻め込むぞ!」
ハーベンが号令をかけると兵士全員が「おう!」と大声で気勢をあげた。
重火器部隊とバスター隊は、バリアントの大群が視認できる位置まで来ると一斉に攻撃を開始した。連続して大砲から発射される火の弾と、バスター達から放たれる爆龍弾の矢が、バリアントの大群に雨のように降り注ぎ、爆音とともにバリアントを次々と吹き飛ばしていった。しかし、数えきれない数のバリアントの大群はそれに怯む様子もなく、次第にハーベンの連隊に近づいていった。
「しぶとい奴らめ……。バスター隊! 何してる! 早く奴らを撃退しろ!」
しかし、その言葉も虚しく、次第に迫ってくるバリアントの大群に恐れをなしたバスターが一人、また一人と戦列から離れ逃げ始めた。
「逃げるな! この腰抜けバスターどもめ!」
逃げ始めたバスターたちに動揺したのか、重火器部隊の兵士たちの中に持ち場を離れる者が出てきた。そしてそれは伝染する様に他の兵士にも広がってゆき、強固に見えた連隊の列が、蜘蛛の子を散らしたように乱れ始めた。
「閣下! 早くお逃げください! このままでは隊はバリアントの大群に潰されます」
青ざめた顔の部下はそう告げると、脱兎の如く走り去った。
(全滅……)
ハーベンの頭の中にその言葉がよぎり血の気がひいた。それは彼が初めて戦いの場で浮かんだ言葉だった。
(名誉の戦死ならともかく、バリアントごときに殺されてたまるか!)
ハーベンは隊から離れようと、手綱を引いて馬の頭をバリアントの群れとは逆の西の方へ向けた。その時、目に入ったものを見て驚愕した。それは、連隊に向かって突進してくる別のバリアントの大群だったからだ。
(挟まれた!)
逃げ場を失ったハーベンと連隊の兵士たちは、まるで死を覚悟したかのように茫然とその場に立ちつくした。ところが、突然の異変に全員が我が目を疑った。東から突進してきたバリアントの群れが、まるでハーベンの隊を避けるかのように進路を変えたからだ。唖然とするハーベンや兵士たちをよそに、バリアントの大群は連隊を通り過ぎ、西から来るバリアントの大群へ向かって突進していった。
「どういうことだ……」
通り過ぎたバリアントの大群を呆然と見つめていたハーベンが、我にかえって声をあげた。
「撤退だ!」
その命令を言われるまでもなく、兵士たち全員が東の方へ向かって逃げ始めた。連隊を通り過ぎたバリアントの大群は、西から向かってきた大群と正面からぶつかった。そして、まるでバリアント同士の戦争のように壮絶な闘いを始めた。逃げる馬上のハーベンは、後方から聞こえてくるバリアントたちのけたたましい咆哮が気になり、思わず振り返った。そして息を飲んだ。そこには数千匹にもなるバリアントが敵味方と入り乱れて肉弾戦で殺し合う、この世のものとは思えない地獄の光景が広がっていた。
「凄まじい……。しかしなぜ仲間同士で闘ってるんだ。ん? なんだあれは」
何かに気づいたハーベンは馬を止め、望遠鏡を取り出してバリアント達が争っている場からさらに西を見た。そこに見えたのは、宙に浮く今まで見たこともない巨大な赤い光の玉だった。
「どういうことだ!? 東の群れがルーウィン軍を避けて、西から来た群れに突っ込んでいったぞ」
望遠鏡で事の成り行きを見守っていたテクニア王が、展望台の柵から身を乗り出しながら声をあげた。同じく横で望遠鏡を覗き込んでいたディザードが答えた。
「どうやら東のバリアント達の目的はルーウィン軍ではなく、あの巨大なゴーストによって操られたバリアントの群れと思われます」
「まさか、東のバリアントたちは、ルーウィンの軍を守ったというわけではなかろうな?」
「それはわかりませんが、ゴーストが率いるバリアント達を敵視していることは明らかです」
「ルーウィンめ。つくづく悪運の強いやつらだな」
テクニア王は望遠鏡を外し、悔しそうに拳で柵を叩いた。すると、ディザードが柵から身を乗り出した。
「どうした?」
「陛下。バリアント達の動きが鈍ってきました」
テクニア王は慌てて望遠鏡を覗き込んだ。
「確かに……。今までの激しさが嘘のようだ」
「まさか、あの巨大ゴーストの力が全てのバリアントに影響をおよぼしたのでは……」
ディザードの予測は的中した。東から来たバリアント達も含め全てのバリアントが大人しくなり、いずれもがその頭を撤退してゆくルーウィン軍の方へ向け始めた。そして二倍になったバリアントの大群がルーウィン軍に向かってゆっくりと前進し始めた。
「今度こそ、ルーウィン軍の終わりか」
冷酷な笑みを浮かべるテクニア王にディザードが言った。
「恐れながら、陛下。喜んでいる場合ではございません」
「なんだと」
「あれは脅威です。あの巨大化したゴーストは、あそこにいた何千匹といるバリアントたちに対してその力を簡単に発揮しました。もし、あいつがこの国に向かってきたら……」
ディザードは予測され得る絶望的な光景を想像し、それからの言葉が続かなかった。テクニア王もディザードが言わんとすることがわかり、その顔が一気に蒼ざめた。
「ど、どうすればいい、ディザード。そのためにおまえを雇ったのだぞ。まだ、ゴーストを倒す方法はみつからんのか!」
テクニア王は不安と恐怖を、ディザードを叱責することではらそうとした。ディザードはそれに対して何も答えず、ただ茫然としていた。
「きさま何を黙っておる! 答えんか!」
はっきりしないディザードの態度に業を煮やしたテクニア王がさらに怒鳴りつけた。ディザードはテクニア王の方へ向き、焦点の定まらない目で答えた。
「申し訳ありません、陛下。あのゴーストを倒す方法は……わかりません」
「わかりません?」
「きさま、以前、倒せる可能性は高まったと言っておったではないか!」
「はあ……」
その気の抜けた答えにテクニア王は愕然とした。そして、それはすぐに怒りへと変わった。
「この能無しめ! それが今までおまえを信頼してきた主人に対する答えか!」
恐怖と怒りで逆上したテクニア王は腰に下げていた剣を抜き、ディザードに斬りつけた。




