第36話 ルーウィンの進軍
「バーリー山って、あのバーリー伝説がある山のことかい?」
(はい、そうです)
プレイズは無言のまま考え込んだ。
(まいったな……。あそこは、近づくと呪われるから絶対行くなと父上から念を押された山だ。その詳しい理由は聞けなかったけど、噂では、その昔、世の中を破滅させようとした最初のバリアントの屍が封印された忌まわしき場所らしい。でも、それって本当だろうか。そんな場所にわざわざソフィアが僕を呼び出すだろうか? そもそもソフィアは僕がバスターということは知ってるはずだし……)
(どうされました? 急なお願いなので、やはり無理ですか……)
「いや、ちょっと待ってくれ! 行くよ、行く!」
(そうですか。ありがとう! では、バーリー山でお待ちしております……)
その言葉を最後にフェイムの声は聞こえなくなった。
(父上との約束を破るのは気がひけるけど、わざわざそんな場所に僕を呼び出すのはよっぽどの理由があてのことだろう。今さら呪いなんかに怯えてられるか。早速、フェイムに伝えて出かけるとしよう)
プレイズは脱いでいたバスターの装備に着替え、気合いを入れるように深呼吸して部屋を出て行った。
「なぜ止めなかった!」
「もちろん止めたわよ! でも、それを無視してさっさと出ていったのよ」
フェイムからプレイズの事を聞いたディザードはその顔から焦りの色を隠せなかった。
「こんな重要な時にプレイズ君は何を考えているんだ。そもそもソフィアはどうやって彼を呼び出したんだ」
「シンパの力を使って、心に話しかけてきたんだって」
「心に話しかけた? そんな事まであいつにはできるのか。まさか、信じられない……。しかし、よりによってなぜバーリー山に呼び出したんだ。あそこは誰も近づかない呪われた場所だろ」
「気になる? だよね。私もそう。だから、密偵に付けさせたわ」
「密偵? なるほど。さすが我が娘、ぬかりないな」
その時、城中に響き渡る大きな鐘の音が鳴り始めた。それは危険を知らせる打鐘式警報機の音だった。
「なにごとだ?」
慌てるディザードとは対照的に、フェイムは落ち着き払って鐘の音に聞き入った。そして、その鐘の音の組み合わせが作る暗号を理解し表情を強張らせた。
「軍隊の緊急出動命令だわ。何かがこの国に攻めてくる」
「まさか、バリアントでは……」
ディザードはすぐさま城の展望台へ向かって走った。
既に展望台には状況を確かめに来た王の側近たちでひしめき合っていた。ディザードがその中をかき分けながら前列まで進むと、その先頭に顔を赤らめ眉根を寄せて望遠鏡を覗き込む王の姿があった。
「ルーウィンめ……。宣戦布告もせずにいきなり攻め入るつもりか。卑怯者め!」
テクニア王は吐き捨てるように言うと、望遠鏡を床に叩きつけた。
ディザードはそれを拾いあげ、展望台の柵から身を乗り出して王が見ていた方角を望遠鏡で見た。そしてヒビが入ったレンズ越しに見えたその光景に手を震わせた。それはテクニアに向かって進軍する何千人ものルーウィンの軍隊だった。
「まさかあいつら、前線基地の全滅は、我が国の奇襲攻撃のせいだと思って、その報復に来たのではなかろうな」
王の推測に、横に立っていた黒髭の大男の軍務大臣バートルが緊張した声で王に答えた。
「それはないと思われます。全滅の原因はバリアントの大群のせいであることは現場を見れば一目瞭然のはず。たぶんルーウィンはそれを知っていながら、あえて我が国が奇襲したという口実を作りあげて攻め行ってきているかと」
「確かに、ルーウィン王は狡猾な男だ。それぐらいの事はやりそうだな。それにあの国はかなりの経済危機を迎えておる。いつかは我が国を侵略してくると思っておったが、まさかこんな形で――。ところで、バートル。何故ルーウィンがここまで進軍してくるのに気づかなかったのだ」
「恐れながら申し上げますと、常に偵察部隊は派遣しておりました。しかし、誰一人として戻ってくる者がおらず……」
「戻ってこない? どういう事だ。まさか裏切ったのではあるまいな」
「そ、それはありえません。全員、この国に忠誠を誓った信頼出来る者どもばかりです。たぶん……」
「たぶん? たぶんどうした!」
「バリアントか、ゴーストの犠牲になったのではないかと思われます……」
テクニア王はバートルのめったに見せない深刻な表情を見て息を飲んだ。
「それほどまで、あいつらは頻出しておるのか」
「はい。想像以上かと……」
テクニア王は再びルーウィン軍の方へ目を向けた。
「ならば……ルーウィンがここまで無事に来れたのは運が良かったのか? それともあいつらはバリアントやゴーストを寄せつけない方法でも知っておったのだろうか」
その時何かに気づいたバートルは、側にいた部下たちに向かって大声をあげた。
「応戦部隊の兵たちを今すぐ城内に戻せ! そして門を固く閉めさせろ!」
「どうした?」
「陛下、どうやら我が国は労せずしてルーウィン軍を全滅できそうです」
バートルは不敵な笑みを浮かべ、ルーウィン軍の右の方向を指差した。テクニア王はディザードから望遠鏡をひったくるように取った。
「あれは……」
そこに見えたのはルーウィン軍に向かって突進するバリアントの大群だった。バートルが大声で指示を飛ばした。
「バリアントの群れがルーウィン軍を全滅させた後、こちらに向かってくるかもしれん。兵たちに城の守りの準備をさせろ!」
「バートルさま! あちらをご覧ください!」
今度はバートルの部下の一人が、突進してくるバリアントとは逆の、ルーウィン軍の左の方向を指さした。全員が一斉にその方向を見てどよめいた。それは同じくルーウィン軍に向かって突進する別のバリアントの群れだった。バートルは表情を強張らせながらさらに部下に指示した。
「あいつらルーウィン軍を挟み打ちで完膚なきまでに全滅させるつもりだ。しかし、その後、合流したあいつらが一斉に城に攻めてきたらかなり厄介だ。最新の火器を用いて万全の態勢でのぞめ! あと、バスターたちにも援軍要請をしておけ!」
指示を聞いた部下たちが一斉に持ち場へ走った。展望台に残ったテクニア王とディザードたちは事の成り行きを固唾を飲んで見守った。しばらくして望遠鏡を覗くテクニア王が何かに気づいた。
「ん? 左のバリアントの群れの後ろに巨大な光が……」
ディザードはそれを目を凝らして見た。そして息を飲んだ。
「ゴーストだ。なんて事だ……。あんな巨大なゴーストは初めて見るぞ……」




