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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第34話 バリアント生誕伝説

「プレイズ君。私の事は娘のフェイムから聞いてると思う。是非、我々に協力してもらえないか。どうしても君の力が必要なんだ」


 ディザードの申し出にプレイズは「僕でよければ」と言って微笑んだ。


 それからプレイズはディザードとポールからの質問責めにあった。質問の中にはプレイズのプライベートに関わるものもあったが、彼はそれに嫌な顔一つせず真摯に答えていった。

――それから一時間程度で質疑応答は終了した。


「協力ありがとう、プレイズ君。とても参考になったよ。さすがに疲れただろう。君専用の部屋を用意しておいたからそこでゆっくりと休んでくれたまえ。ソフィア、彼をお連れしてくれ」


 プレイズはディザードとポールに頭を下げ、フェイムに連れられて部屋を出て行った。


「所長、彼も幼い頃に母親を失っていたようですね。あと、父親に褒められバスターとあだ名をつけられるくらい、父親から褒められる事が大好きで頑張ってたそうですが、心理学を学んだ私としては、なんかその辺りが気になります」

「気になる? どの辺りにだ」

「幼い頃のプレイズ君はかなり親の愛情に飢えていて、父親に褒められる事でその愛情が保証されると無意識に思っていたのではないかと」

「よくある話だな。それとブレスレットが使える事とどういう関係があると思うんだ?」

「妄想を言ってるんじゃない! ってと叱責されなければ、私の考えをお伝えしますが……」


 ディザードのは苦笑して「怒らないから、言ってみろ」と答えた。


「穴が開いてるんじゃないかと思うんです」

「穴? なんの穴だ」

「心の穴です」


 ディザードの眉根が寄った。


「怖い顔をしないでくださいよ。怒らないという約束だったでしょ?」

「すまん。続けて」

「つまり――、親の愛情を十分に受けられずに育った子どもの心の中にできた虚無感というんでしょうか。その心の穴にブレスレットが反応しているのではないかと思うんです。穴……というより、哀しみとでもいうんでしょうか」


 真顔で聞いていたディザードが苦笑した。


「君は学者より作家にむいているかもな。君の妄想……失礼、想像につきあうなら、私はそうじゃないと思うな。エンパが人の心の闇に反応するのなら、シンパは人の心の光に反応するはずだ。プレイズ君や四人の子どもたちは、たぶん純粋な心の持ち主なんだろう。親の愛情に恵まれなくてもそれでも健気に生きていった。その心の強さと純粋さがブレスレットを光らせたと思うぞ」

「純粋さ、ですか」

「ああ。純粋さだ」

「ならば、所長もフェイムさんも純粋な人間ではないということなんでしょうか?」


 そう言って皮肉っぽく笑ったポールをディザードが睨みつけた。


「し、失礼しました! まあ、あくまで妄想話ですから、お気になさらないでください。それでは私は実験の続きがありますので、これにて失礼します」


 冗談が通じなかったと焦ったポールは逃げるように部屋から出て行った。


(ポールめ。ふざけやがって……)


 ディザードは拳で机を叩くと、白衣のポケットに両手を入れて部屋の中をうろうろと歩き回り始めた。そしてしばらく何かを考え続けたあと、その足をぴたりと止めた。


(まてよ……。ソフィアも幼いころ母親を亡くしているな。それに、私も幼いあの子をおいてフェイムと一緒に家を出ていった。つまり、あの子は結果的に幼くして両親をなくしたということになる。確かに、その哀しみを創造すると……。いやいや、考え過ぎだ! ポールの言ったことはあくまで創造に過ぎない。学術的な根拠はまったくない)


 ディザードは今の考えを振り払おうと、頭を激しく左右に振った。そして、研究室に向かうために部屋から出ようとしたとき、何かを思い出して再び足を止めた。


「そういえば……。幼いソフィアも、私に褒められたくて、いろいろと家事の手伝いをしてくれてたっけ。でも、私はそんな彼女よりも長女のフェイムばかり可愛がっていたような気がする……。まさか……」


 ディザードは愕然とした表情で、その場に立ち尽くした。




 ソフィアは、ひとり、バーリー山を登っていた――。

 バーリー山はルーウィンとテクニアの国境にある高山である。まるで天に向かって伸びる剣の切っ先のような峰々と、この山に古くから伝わる忌まわしき伝説が、この山に人々を近づかせない雰囲気を醸し出していた。


「ふう……。疲れちゃった。少し休もう」


 山の中腹まで来たソフィアは、近くにあった岩に腰掛けて背負ったリュックを下ろした。そして中から一冊の古びた書物を取り出しあるページを開いた。


『バリアント生誕伝説』


――遥かな昔。人間と獣との間に一匹の生き物が生まれた。その生き物は獣のような肉体に人間のような知恵と心を持っていた。しかしその異形なる容姿のためか人々からはバリアント(変種)のバーリーと呼ばれて忌み嫌われ誰も近づかなかった。バーリーも人々に近づくことなく山の中にこもり、一匹で静かに生きていた。

 ある日のこと、人間達の世界に巨大な闇が生まれた。その闇は人々の心を悪しきものにし、そして戦争へと導いていった。それと時を同じくしてバーリーも山を降り人里に現れるようになった。人々は闇が生まれた原因はバーリーのせいであるとし、バーリーを倒すべくバスターという組織を作り立ち向かった。そして激しい戦いの末、バスターは見事バーリーを退治した。すると突然闇が消え、人々の心も元に戻り、世の中に再び平和が訪れた。バスターは再びこの忌まわしき出来事を繰り返さぬようバーリーの屍を山に埋め、魔道士の力を借りて封印した――。


「お爺様は、この伝説は嘘だって言ってた。本当はバーリーが闇を倒したんだって……」


 ソフィアは本を閉じリュックにしまうと、岩の上に立ちブレスレットをつけた左手を上げた。そして体を回転させながらブレスレットの向きをあらゆる方向に変えてみた。すると北に向いた時にブレスレットが何かに反応するかのようにわずかに光った。


「こっちだわ」


 ソフィアは岩から飛び降り、ブレスレットの光り具合を見ながら北に向かって歩き始めた。薄暗い山中の森をしばらく歩くと急に樹々が途切れ、目の前に人工のものと思われる土手に囲まれた岩場が広がった。するとソフィアのブレスレットがひときわ明るく光った。


「どうやら、ここがお爺様が言ってた場所みたいだわ」


 ソフィアは光るブレスレットを顔の前に構え、目を閉じた。すると、突然、岩場に転がる数十個の岩が光り始めた。ソフィアは目を開けてそれを確認すると、その光る岩を一望しようと土手の上に登った。そしてそこから岩場を見下ろすと、光る岩が組み合わさって何かの形を作っているのが見えた。


「いたわ。はじめまして、バーリー……」


 それは化石化した、巨大な人型バリアントの骨だった。

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