第33話 シンパとエンパ
「フェイム。君はお祭りに行ったことがあるよね」
「お祭り? ええ、もちろん」
「どんな気分になる?」
「どんな気分って……もちろん楽しい気分になるわ」
「なぜだと思う?」
「なぜって……、そりゃ皆んなが楽しんでいるから、つい、こちらまでつられて楽しくなるんじゃない? ――ねえ、それとシンパとなんの関係があるの」
「大ありさ。その皆んなが楽しいと思っている心を伝える物質。それが、シンパなんだ。言い換えれば、人が共感したり同調したりするというのは、その物質の力が大きいんだ」
「はあ?」
フェイムはディザードの言ってることが、常軌を逸しているように感じられて思わず眉根を寄せた。
「突拍子もない話だから信じられないのも仕方ない。でも最後まで聞いてくれ。シンパは自然界に存在し、人の心の変化に反応して、それを他の人間の心に伝えることができるんだ。当然ながら、発信する人の数が大きければ、伝える力も大きくなる。さっき君に質問した、なぜ祭りに行くと楽しい気分になれるのか、その原因の一つがシンパということなんだよ」
やはり、話についてゆけなかったのだろうか。フェイムは相変わらず半信半疑の表情で首を傾げた。
「よくわからないけど、それって、人の心を繋ぐ見えない紐みたいなもの?」
「見えない紐? ああ、そんなものだ」
ディザードは黒板から離れ、そばにあった椅子にゆっくりと腰をおろした。
「それと……自然界に光があれば、闇があるように、シンパは人の心の光の部分を伝えることができるけど、闇の部分は伝えることは出来ない。闇の心を伝える伝達物質、それをエンパという。つまり、それがゴーストの元となっているようだ」
フェイムは今までの表情を一変させ、その目を丸くさせて身を乗り出した。
「そのエンパってどういう心を伝達するの?」
「人の心の闇の部分――つまり、怒り、憎しみ、嫉妬、妬み、恨み……数えだしたらきりがない。その心を伝える力はシンパの何倍もあり、すぐに他の人間に影響を与える事が出来るんだ。ゴーストはその心を大量に受け過ぎたエンパが物体化したものじゃないかというのが父さんの説だ」
「大量に受けた? そんなに心の闇の数って多いの?」
ディザードは窓から外の景色を見ながら、小さなため息をついた。
「ゴーストがそういう理由で生まれたのなら、そうみたいだな……。フェイム。この世から争いがなくならない理由がわかったような気がしないか?」
フェイムはそれには答えず、逆に質問を投げかけた。
「父さん。もし、シンパとエンパが接触したらどうなるの?」
「ほほお、いい質問をするじゃないか。シンパとエンパは相反する物質だ。だからシンパの力が強ければ、エンパの力を相殺してしまう事になる。エスティム父さんはその仮説を元に、シンパの力を何倍も増幅させる道具を作った。それがそのブレスレットだよ」
ディザードはそう言いながらフェイムのブレスレットを指さした。
「しかし、一番の問題はブレスレットの使い方だった。それに関する詳細は、何故か父さんの研究資料には書いてなかったんだ。仕方がないから、自分流に使い方を試してきたよ。それこそ数えきれないほどね。実際に祭りに行ってみたり、好きなことをして楽しい気分にしてみたり、ある時は遠い東の国の宗教にならって、心の中を無にできるという座禅というものをしながら。でも、いかなる方法をとっても、ブレスレットは全く反応しなかった。最終的にはブレスレット自体の構造を調べよう試みたが、結局、これが石である事がわかっただけで、それが何の石なのか今になってもわからないんだ」
フェイムがブレスレットに触りながらつぶやいた。
「まさか……、これが偽物ということはないよね」
「それはない。正真正銘の本物だ。なぜなら、これは父さんの研究室から盗ん――」
ディザードは急に話すのをやめ、気まずそうに咳払いをした。
「えっ? 今なんて言おうとしたの」
「いや、なんでもない」
フェイムはディザードが何かまずい事を言いかけたのではと思ったが、あえてそのことに関しては言及しなかった。
「いずれにしても、あたしたちにはこれを使いこなすことができがないという事だけは、はっきりしているということね」
「いや、同じ人間だからそれはありえない。これからの研究や実験のやり方次第で必ず使えるようになるはずさ。その為にもプレイズくんの力が必要なんだ」
突然、部屋のドアを慌ただしくノックする音が聞こえた。そして資料を持ったポールが息を切らせながら中に入ってきた
「所長! 例の実験結果が出ました」
結果を待ち続けたディザードが椅子から飛び上がるように立ち上がり、ポールの元へ駆け寄った。
「どうだった!」
「いました! 四人です。所長からお借りしたブレスレットを、わずかですが光らせた子どもが。この子たちです」
「四人も? 本当か!」
ディザードはポールが持っていた四人の資料をひったくるように受け取ると、食い入るようにそれらに目を通した。
資料にはその子どもの家庭環境、生い立ち、性格、能力、学力、趣味等が事細かく記載されていた。ディザードは四人に共通点がないか何度も読み直した。最初は期待に満ちたディザードの表情だったが、次第にそれは曇っていた。
「何度読んでも、共通点が見つからない……」
ディザードは力なく椅子に腰を降ろし、落胆の溜息をついた。
「所長、そんなにがっかりすることはないと思いますよ。今は共通点がわからないとしても、その四人の子がブレスレットを使えたのは事実ですし。そのうち分かるかもしれません」
「そのうちか……。そんな悠長な事を言っている状況ではないんだがな」
「あたしにも見せて!」
フェイムが興味津々の面持ちでディザードから資料を奪い取った。
「無駄だ。何度も読んでも共通点はないよ」
ディザードを無視してフェイムは資料に釘付けになった。
「所長。これからいかがしましょう?」
「そうだな。プレイズくんの体調がもどり次第、彼の話しを聞いてみて、それから四人の子の資料と再度照らし合わせてみよう。もしかしたら何かの手掛かりが見つかるかもしれないからな」
「そう願いたいですね」
「ねえ、父さん。ちょっと気になる事があるんだけど……」
ディザードとポールの会話にフェイムが割り込んだ。
「この四人の子だけど、一人の子は両親が早く亡くなって、あとの二人は片親で、そして一人は親の虐待を受けてたみたい……」
「それが、どうしたんだ」
「ポールさん。残りの九十六人はどうなの?」
「ちょっと待ってください」
ポールが手に持っていた九十六人の資料を近くのテーブルに置き一枚一枚調べ始めた。数が多いのでフェイムも手伝った。そしてしばらくして全てを調べ終わった二人が顔を見合わせた。
「どうした?」
「所長。残りの子どもたちは全て両親がいて特に虐待も受けてません」
「だから、それがブレスレットとどういう関係があるんだ。君も学者ならもっと科学的にものを考えたらどうなんだ」
真顔のディザードに詰め寄られたポールは「すみません……」とつぶやいてうつむいた。
「あらそうかしら。少しの違いにも疑問を持って検証する。ポールさんの姿勢は科学者として正しいと思うわ。自分の期待どおりの結果に執着するだれかさんよりも」
「なんだと?」
ディザードの表情が険しくなった。
「プレイズさまをお連れしました!」
突然聞こえた声の方へ三人が振り向くと、部屋の出入り口に敬礼する兵士と、その後ろにプレイズが立っていた。
「おお! 君がプレイズ君か。待っていたよ」
ディザードはブレスレットの謎究明への期待に胸を膨らませた。




