第32話 フェイムとソフィア
「しばらくそのまま寝かせておいてください。ゴーストの影響はなくなったので、もう大丈夫です」
倒れたプレイズを介護するフェイムに、ソフィアは落ち着いて言った。ファートたち三人は、ソフィアがフェイムの実の妹と知って、その容姿や雰囲気の違いに驚きを隠せず、なんども二人を見比べた。それがフェイムの気に障り、「なに、じろじろ見てんのよ!」と怒鳴られてしまった。
「ねえ。もしかしてさっきのゴーストはあなたが倒したの」
フェイムがソフィアの左手につけたブレスレットを指さすと、ソフィアは無言でこくりとうなづいた。
「ところで、どうしてプレイズはゴーストを倒せなかったのかな? 以前なら簡単に倒したのに」
「あのゴーストは成長型で、通常のものより倍の力を持っています。たぶん、プレイズさんにはそれに打つ勝つほどの力がまだなかったのでしょう」
「成長型? ゴーストって成長するの」
「はい。正確には合体して巨大化するという感じです」
「ソフィアはそいつが倒せるんだ」
「あれぐらいの大きさまでなら……。ただ、もしあれ以上のものだったら私も自信がありません」
ソフィアは左手のブレスレットを、右手でそっと握り締めた。
「へえ~。でも、すごいわね……」
同じブレスレットをつけても、今だにゴーストを倒すことができないフェイムは、羨望と嫉妬の感情が入り混じったひきつった笑みを浮かべた。
「ところでソフィア。あなた、今まで何をしてたの?」
「旅をしてました。お爺様の家を出て、旅をしながらゴーストのことを調べてたんです」
「ゴーストのことを? それで、何かわかったの?」
「はい、いろいろと……」
フェイムの目が輝いた。
「ねえ、父さんに会ってくれない? 父さんは今、テクニア王の下でゴーストに関する研究をしているの。世界をゴーストの脅威から守るために。あなたが来てくれたら鬼に金棒だわ」
フェイムは当然のようにソフィアが「はい」と言ってくれると思っていた。しかし、ソフィアの口から出た言葉はフェイムの期待を裏切るものだった。
「久しぶりにお会いできたお姉さまの申し出ですが……それは無理です」
フェイムの目が丸くなった。
「無理? どうして? 父さんは世界を救おうとしているのよ。お父さんに協力してあげようと思わないの。」
ソフィアはうつむきながら、小声でつぶやくように答えた。
「ごめんなさい……。自分の出世のために私とお爺様を見捨てた人の言うことが今でも信じられなくて……。本当は世の中のためじゃなくて、また自分の出世のためじゃないかと……」
「そ、そんなことはないわ! 父さんは本気でこの世界を守りたいと思っているはずだわ」
「はず……?」
「い、いや。そうではなくて……」
フェイムは口ごもった。
「いずれにしても、私にはまだ調べなくてはならない事があるのでお付き合いする事ができないのです。これ以上、ゴーストを増やさないために……」
フェイムはうなだれて露骨に落胆した表情を見せた。
「そうがっかりしないで、お姉さま。大丈夫ですよ。お父さまの研究はプレイズさんの協力があれば必ず進められるはずですわ」
ソフィアは寝ているプレイズを見つめた後、フードを下げ、フェイムたちに背を向けた。
「ちょっと待って!」
フェイムが立ち去ろうとしたソフィアの足を止めた。
「教えて。どうしてプレイズがブレスレットを使えるってわかったの?」
ソフィアは言葉を探すかのように、少し間を開けて答えた。
「似てたから……」
「えっ?」
「プレイズさんの心が私と似てたから。だから彼から素直にシンパを感じられたから」
「シンパ?」
フェイムはソフィアの言った事が理解できず、ポカンとした表情で立ち尽くした。
「何の事かわかりませんよね。詳しいことはお父さまからお訊きになってください。お父さまは、お爺さまが長年研究し続けたシンパの資料を持って家を出て行かれたので、わかると思います……」
ソフィアはそう言ってフェイムたちに一礼すると、その場から早足で立ち去った。
「ソフィア! ちょっと待ってよ!」
フェイムの呼び止める声も虚しく、ソフィアの姿は森の中へ消えていった。
「プレイズくんの体調はどうなんだ」
ディザードが心配そうな表情でフェイムに訊いた。
「まだ本調子じゃないようだけど、歩けるぐらいには元気になったみたい」
「そうか。それを聞いて安心した。彼に万が一の事があったら大変だからな」
「ねえ、父さん。ちょっと訊きたいことがあるの」
「なんだい、深刻な顔をして」
「シンパって何?」
ディザードの表情が固まった。
「どこで、その言葉を知ったんだ」
「ソフィアから教えてもらったわ」
「ソフィア!? あいつに会ったのか!」
「偶然にね。あたしたちがゴーストに襲われてるところを救ってくれたわ」
「ゴーストから救った? あいつはゴーストが倒せるのか!? そ、それでソフィアは?」
「調べる事があると言って去って行ったわ」
予想だにしなかった名前を聞いたディザードは、白衣のポケットに両手を入れ、落ち着きなく部屋の中をうろうろと歩き始めた。
「ソフィアから聞いたの。父さんはお爺さまのシンパの資料を持って出て行ったから知ってるはずだって。それと、ソフィアはプレイズにシンパを感じたからゴーストを倒せると思ったらしいわ。ねえ、教えてよ。シンパってなに?」
フェイムはディザードのもとへ駆け寄り、彼の腕を強く握った。
「説明しても君にわかるかな? 難しいし、長くなるぞ」
「じゃあ、簡単に手短に説明してよ。父さんはいつも言ってるでしょ? 頭の悪い奴は簡単な事を難しく言う。頭の良い奴は難しい事を簡単に言うって。父さんは頭がいいんだよね」
ディザードは苦笑いをして肩をすくませた。
「まいったな……。仕方がない。じゃあ、簡単に説明するか」
そう言うと、ディザードは黒板の前まで移動した。
「今から説明するのは、あくまで父さんが過去に研究した理論だ。だから現在においては必ずしも正しいとは言えないかもしれない」
「前置きはいいから早く!」
「おまえもせっかちだな。誰に似たんだ」
「父さんよ」
ディザードはやれやれと言った表情でチョークを握ると、黒板に図を描きながら説明を始めた。




