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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第31話 プレイズの危機

 次の日の早朝――。

 ロビンたち四人はフェロンを埋葬した後、その死を悼むためにしばらくこの場に残る事にした。フェイムは自分たちも残って弔いたいと願い出たが、ロビンがそれはフェロンが望んでいないだろうと丁重に断り、一刻でも早くプレイズをテクニアへ連れて帰ることをすすめた。

 フェイムはロビンたちの意を()んで、プレイズをフェロンの馬に乗せてテクニアへの帰路へとついた。


「ところで、どうして僕を探しに来たんだい?」


 馬上のプレイズが今さらながらフェイムに訊いた。


「あなたに一刻でも早く会いたい人がいるからよ」

「会いたい人?」

「あたしの父さんよ。父さんはゴースト退治の研究をしてるの。以前、あなたがゴーストを倒したことを話したら、ぜひあって話を聞かせてほしいって」

「君のお父さんがゴースト退治? なるほど、そういうことだったのか。君がゴースト退治にやっきになっていた理由がやっとわかったよ。じゃあ、ぜひお会いしてなにかのお役に立ちたいものだ」

「ところでプレイズ。ちょっと訊きたいことがあるんだけど。昨夜の闘いで、バリアントの本当のリーダーを見抜けたのはなぜなの」


 プレイズは胸元から補聴石を取り出し、それをフェイムに見せた。


「これのおかげだよ。この石はバリアントの鳴き声を人間の言葉に翻訳する石なんだ。これがあれば、やつらの動きを予測することが容易になる」

「本当なの? 信じられない……。どこで手に入れたの」

「僕の家の武器庫で見つけたんだ。なんでも僕の祖父が、君のお爺さまからもらったそうだよ」

「えっ? エスティムお爺さまから? お爺さまって、そんなものまで作ってたんだ。知らなかった……。それで、どういう理由で?」

「ゴーストを倒したお礼にね。ただ、自力では倒せなかったからエスティムさんから借りたある道具を使って倒したらしい」

「ある道具……」


 フェイムは思わず、左手のブレスレットに目を落とした。


「プレイズ。あなたの家系って、このブレスレットを使える能力をもっているのかな」

「さあね……」


 プレイズの素っ気ない返事に、フェイムはそれ以上、話すのをやめた。


「ところで、フェイム。僕もちょっと気になったことがあったんだ」

「なに?」

「昨夜の闘いの際、バリアントたちが言ってたことが、ちょっと変だったんだ。つまり、なんて言うか……まるで人間が悪口を言い合ってるような」

「悪口? 例えば?」

「金持ちは死んでしまえとか、威張りやがってとか、貧乏人のくせにとか……。どう考えてもバリアントが考えることじゃない。最初聞こえた時は、どこかに人間がいるのかと思ったよ」


 フェイムは怪訝な表情でプレイズの横顔を見た。


「だいじょうぶ? 疲れがたまりすぎて幻聴が聞こえたんじゃないの」

「そ、そうかな……」


 プレイズはフェイムに反論するほどの確証が持てず、それ以上そのことに関しては言及しなかった。

 

 それから――。

 フェイムたち一行はテクニアへ続く森の中の街道を半日かけて移動し、そして森を抜けて山の麓に差し掛かった。


「この山を越えたらテクニアね。あと、もう一息よ」

「フェイム~! おいらお腹がすいたよ~。少し休憩してゆこうよ~」


 フェイムの後ろからガンテが気の抜けた声で叫んだ。


「確かに昨夜から何も食べてないよなあ」


 同じくファートとトールキンもそれに同意するように「うんうん」と頭を縦に振った。


「実を言うと、あたしもお腹ぺこぺこだったんだ。じゃあ、ちょっとだけ休憩してゆこうか」

「やった~!」


 フェイムとガンテたち三人は馬から降り、各々の馬に取り付けた荷物から食料を取り出して地面にしゃがみこんだ。


「あら? プレイズは食べないの」


 ただ一人、プレイズだけが馬に乗ったまま食事をとろうとしなかった。


「ああ。食欲がなくてね。僕は見張りをしているから君たちはゆっくりと食べるといい」


 そう言ってプレイズは両耳に補聴石を入れ、警戒するようにあたりを見回した。


(変だな……。また、どこかから人を罵る声が聞こえてくる。やはり僕は疲れてるのかな。それとも……)


 プレイズは無意識に左手のブレスレットを右手で握り締めた。


「おい、ガンテ! もっとゆっくり食べろよ。まるで豚みたいだぞ」


 ファートが食料を貪り食うガンテの汚い食べ方に眉根を寄せた。


「むぐぐ……。しかたないよ~。すげえお腹がすいてるんだも~ん」

「しかたねえ奴だな」


 突然、ガンテが目を大きく見開き「うっ」と唸って食事の手を停めた。


「ほ~ら言ったことない。食べ物がのどにつかえたんだろ?」


 ガンテは何も言わずファートの後ろを指さした。ファートが怪訝な表情で後ろを振り向くと、森の中に赤い光の球が浮いているのが見えた。


「ゴーストだ!」


 ファートの叫び声に、全員が食料を放り投げて立ち上がり武器を構えた。プレイズは馬から飛び降りると、まるでそれを察していたかのように、ブレスレットを顔の前に構えてゴーストがいる方へ向かった。


「あのゴースト~、なんか、まえのより大きいよ~」

「は、早く、あの遊びを!」


 すかさずファート、ガンテ、トールキンの三人はゴーストが嫌がる子どもの手遊びを始めた。


「ファートとトールキンはバリアント〜。 おいらはバスター〜。 おいらの勝ち〜!」


 しかし、ゴーストはそれに全く動じず、ゆっくりと前進し始めた。


「どうして? ゴーストは子どもが苦手じゃなかったの?」


 動揺するフェイムたちをよそに、プレイズはゴーストの手前で止まり、いつものようにブレスレットを構え、目を閉じて無心になろうとした。


(うっ、なんか変だぞ……。いつものように無心になれない……。今までにない強い力が邪魔をする……)


(あいつなんか死んでしまえ……)

(成金のくせに威張りくさりやがって)

(あいつのことは絶対許さない……)

(ふん。卑しい身分のくせに……)


 頭の中に、ののしりやひがみ、ねたみ、恨み、差別の声のようなものが次々と流れ込んできた。プレイズはそれらを避けることができず、次第にその渦の中に飲み込まれていった。


「なんか、変だわ……」


 ゴーストを倒さず、ただ立ち尽くすだけのプレイズに異変を感じたフェイムは、ファートたちに向かって後ろへ下がるようにと手を振った。

 その時、プレイズがゆっくりとフェイム達の方へ振り返った。その顔を見たフェイム達全員が愕然とした。その表情は怒りに満ち、目からは精気が消え、今までのプレイズとはまるで別人だったからだ。


「いつも僕のことをバカにしやがって……」


 プレイズは吐き捨てるように言うと、背中から剣を抜いてその切っ先をフェイム達へ向けた。


「な、なにしてるの、プレイズ……」

「どうしたんだよ~! いつものプレイズじゃないよ~!」


 愕然として立ち尽くすフェイム達。すると何かを思い出したファートがつぶやいた。


「まるで、あの時のダムさんみたいだ……」

「あ、ほんとだ~。どうしよ~、どうしよ~。みんな、プレイズに殺されちゃうよ~。わ~ん、わ~ん!」


 状況に耐えきれなくなったガンテが子どものように泣き始めた。すると、その鳴き声に反応するかのようにゴーストがわずかに退いた。しかし、プレイズの表情は全く変わらず、剣を構えてフェイム達ににじり寄ってきた。


「しかたがない。闘うわよ! いくらプレイズが強くても一対四なら勝算はあるわ」


 フェイムの突然の指示にファートたちが動揺した。ファート達は悲壮な表情でお互いの顔を見合って何かを確認するようにうなずき合うと、各々が震える手で自分の武器を取り出し構えた。

 

 しばらくプレイズとフェイムたちの対峙が続いた――。


「死ね!」


 その声とともにプレイズがフェイム達に向かって駆け出した。身構えるフェイム達。その時、プレイズの後ろで爆発音が聞こえた。それと同期するかのようにプレイズの足もピタリと止まり、そして、まるで空気が抜けた風船のように力なく倒れた。


「見て! ゴーストが!」


 全員が我が目を疑った。フェイムが指さした方向にいたゴーストの姿が跡形もなく消え去っていたからだ。


「プレイズ~!」


 ガンテが倒れたプレイズを心配して駆け寄ろうとした。しかし、それをフェイムが腕を掴んで止めた。


「まだ近づくのは危険よ。しばらく様子を見た方がいいわ」

「いえ、もう大丈夫ですわ」


 突然、フェイムたちの後ろから声が聞こえた。全員が振り返ると、そこにいたのはリュックを背負い、フードつきのマントで顔を隠した旅人だった。フェイムが怪訝な表情でその旅人を見た。


「どなた? ここは危険だから、すぐ離れたほうがいいわよ」

「私の声をお忘れみたいですね。でも、仕方ないか。あれから10年近くたってますから」


 旅人はそう言いながら顔を隠していたフードを上げた。その顔をしばらく見ていたフェイムは、驚きのあまり持っていた剣を落とした。


「ソフィア!?」

「お久しぶりです。お姉さま」


 ソフィアはそう挨拶したあと、にこりと微笑んだ。その左手には今、輝きを終えようとするブレスレットがはめられていた。

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