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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第29話 プレイズ捜索隊

 ソフィアとの再会を諦めたプレイズがテクニアへの帰路について、既に二日がたっていた。


(そろそろテクニアか。どうやらバリアントの大群には遭遇せずに帰れそうだ。もし、運悪く遭遇していたら命はなかっだろうな……。もしかしたら、これのおかげかな?)


 プレイズは歩みを止め、御守りにしている補聴石を胸ポケットから取り出し顔の前へ近づけた。


(でも……、もし運悪く命を落としたとしても、数え切れないバリアントを倒してきた僕にとっては当然の運命だったのかもしれないな……。今さら、運がいいとか悪いとかそんなこと気にしても仕方ないか。自分の運命に抗わず生きてゆくのが一番自然なのかもな)


 その時、異変がおこった――。

 三年前にファスト村のバリアント親子を退治して以来、ずっと光ることがなかった補聴石が光りはじめたのだ。プレイズは目を大きく見開き、それが気のせいではないことを確かめた。


(また使えるようになったのかな。しかし、なぜ今頃になって……。もしかして、僕自身に変化があったせいかな)


 プレイズはそれを両耳に入れ、遠くからバリアントの声が聞こえないか神経を耳に集中させた。しかし、聞こえるのは草原に吹く風の音だけだった。プレイズは耳から補聴石を取り出し、再び歩き始めた。


 それから、半日ほど歩いただろうか――。辺りはすっかり黄昏色に染まっていた。


(疲れたな。すこし休むか……)


 プレイズは思い切り背伸びをした後、そのまま草の上に仰向けに倒れた。暗くなった空に薄く光る月が見えた。するとその月をけたたましい鳴き声とともに大きな黒い影が横切った。


(バリアント!?)


 プレイズはすかさず身構え、補聴石を両耳に入れた。声が聞こえた。それはまぎれもなく空を飛んでゆく鳥型バリアントの声だった。


(ニンゲンタチガ クルゾ〜! ニンゲンタチガ クルゾ〜!)


 その内容は、まるで敵を発見した偵察部隊が仲間たちに緊急連絡しているかのようだった。バリアントは鳴きながらルーウインの方向へ飛び去って行った。


(人間たちが来るぞ? 誰かがこちらに向かっているのかな。まずいな。あいつが飛んで行ったのはバリアントの大群がいる方向だ。もしかしたら大群がこちらへ向かってくるかも知れない。早く知らせねば)


 プレイズは街道に戻り、テクニアへ向かって走った。




「なんか気になるわね、さっきのバリアント。あたしたちを襲わずに飛び去っていったわ」

「頭上を旋回しておったの。まるで我々を偵察するかのように」


 フェイムが編成した九人のプレイズ捜索隊は、草原を通る街道をルーウインに向かって馬を走らせていた。各々の馬には万全を期すために対バリアント用の武器が大量に積まれていた。


「プレイズ〜! プレイズ〜!」


 ファート、ガンテ、トールキンの三人はプレイズに気づいてもらうために大声で叫び続け、フェロン一家はバリアントの急襲を警戒して各々が違う方向に目を光らせていた。


「フェロンさん。質問があるの」


 フェイムが横で並走するフェロンに大声で訊いた。


「もし大群が襲ってきたら、どうやって闘うつもりなの」


 フェロンが皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして答えた。


「闘いやせんよ。たった九人でかなうわけがない」

「えっ、じゃあどうするの?」

「逃げるんじゃ。大群を出来るだけ引きつけた後、各自がばらばらの方向へ逃げ大群を分散させる。その際、広い場所で逃げ続けてもいつか追いつかれるから、出来るだけ狭い場所か、森の中へ逃げ込むんじゃ。そして逃げきった後、再び皆んなで合流する」


 フェイムは期待したものとは違う答えに拍子抜けになりながらも、その合理的な考え方に納得した。


「つまり、多勢に無勢。逃げるが勝ちっていうわけね」

「ただ、その逃げ方が難しいんじゃがな。ましてや夜ともなると……」


 最後に真顔になって念を押したフェロンの言葉に、フェイムは攻めることも逃げることも容易ではない死と隣り合わせな状況に自分たちがいることを再認識し、身を引き締めた。


「皆んな、止まれ!」


 フェロンの大声に全員が馬を止めた。何かを感じたフェロンは馬の上に立ち上がり、腰につけていた望遠鏡で月明かりの夜空ををしばらく観察した。そして確認したかのように「うむ」と唸ると、望遠鏡を外し全員に告げた。


「砂塵がうっすらと見える。どうやらバリアントの群れが移動しておるようじゃ。こちらまでやってくるかはわからぬが、とりあえず準備はしておこう。全員、馬から降りて集まれ」


 実質的なリーダーとなったフェロンの指示にフェイムのプライドが少し揺れた。しかし、そんなプライドはここではなんの意味も持たない事をすぐに悟り、今は頼りになる彼の指示に素直に従うことにした。

 打ち合わせは入念に進められた。その内容の緻密さにフェイムは新鮮な驚きを感じていた。今までの彼女のバリアントとの闘い方は、自分の技の力量に委ねるものだった。まさに力技の倒し方だ。しかし、フェロン一家は個人の力量もさることながら、いかにして効率よく戦えるか、その戦術とチームワークに主眼を置いた闘い方だった。無理をしない。一人の犠牲者も出さない。不利になったら素直に撤退する――。その考え方に、自分をトップクラスのバスターだと自負していたフェイムは、バスターの世界の広さと同時に、自分の考え方の狭さを痛感した。側にいたファート、ガンテ、トールキンもフェイムと同様な事を感じていたのだろうか。フェロンの言うことを目を丸くして真剣に聞き入っていた。


「――という段取りで進める。草原のど真ん中で、しかも夜というかなり悪い状況じゃが、自分の役割を正確に行えばきっとうまくいくはずじゃ。皆さん、よろしいかの?」


 全員が声を合わせて返答した後、さっそく各々は準備に取りかかった。


「なんだあれは……」


 武器の準備をしながら何気に夜空を見上げたファートは、何かがこちらに向かって飛んでくるのに気づいた。


「バリアントだ!  昼間見たやつだ!」


 鳥形バリアントは「ギャアー」とけたたましい声で鳴くと、偵察するように頭上を旋回した後、再びもときた方向へ飛び去ろうとした。


「あいつは大群を先導しているかもしれん。ロビン! トーマス! 逃すな」


 フェロンが息子と思しき二人の中年男たちに目配せすると、男たちは目にも留まらぬ速さで弓を構え爆龍弾がついた矢をバリアントに向かって射った。二本の矢は火の粉を吹きながらバリアントに向かって正確に飛んでゆき命中し爆発した。羽が砕け散ったバリアントは地上に落下し、四方に響き渡るけたたましい鳴き声をあげて絶命した。


「みごとだわ!」


 フェイムが感嘆の声をあげると、同じ射手のトールキンもその腕に感動し「うー! うー!」と唸りながら称賛の拍手を送った。


「よくやった、ロビン、トーマス。これで時間稼ぎができたわい」


 皆んなが一安心したのもつかの間、今度はガンテが何かに気づき大声をあげた。


「たいへ〜ん! あっちから何かが走ってくる〜!」


 全員に緊張が走った。各々、ガンテが指差した方向を見て素早く武器を構えた。闇の中を目を凝らして見ていたフェイムが声をあげた。


「待って! バリアントじゃないわ……。あれは人間よ!」


 闇の中から次第に近づいてきた影は、フェイムたちの前で止まった。それを見たフェイムが声をあげた。


「プレイズ! 無事だったのね!」


 フェイムは驚きの表情をすぐに喜びのそれに変え、プレイズのもとに駆け寄った。プレイズは息を切らせてフェイムに話しかけた。


「君たちだったのか。バリアントが言ってた人間って」

「バリアントが言ってた……? どういうこと?」

「くわしいことはあとで話す。それより、すぐ、ここから離れたほうがいい」

「どうして? バリアントの大群がここまでやってくるには、まだ時間がかかるんじゃない?」

「呼んだんだ。君たちが倒したバリアントが仲間を」


 プレイズが言ったことにピンときたフェロンが夜空を見回した。


「しまった! 空から来よったか!」


 フェロンが見つめる方向を見上げた全員が動揺の声をあげた。夜空に浮かぶ月を背に、数十匹の鳥型バリアントの大群の影がこちらに向かっていた。

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