第28話 ゴーストの脅威
望遠鏡の中に見えたその景色は、ディザードが想像だにしなかった驚くべきものだった――。
それは異常に興奮しながら動き回る数十匹のバリアントの群れと、その群れの中心に浮かぶ、二個のゴーストだった。それはゴーストが人間を乱心させるのと同じように、バリアントたちの心を奪い異常な行動に導いているように見えた。ディザードの額に汗がにじんだ。
(ゴーストは人間だけではなく、バリアントたちにも影響をあたえるのか? しかし、それでは解せない。ならば普通の動物たちにも影響を与えていたはずだ。しかし、そのような報告はいまだかつて聞いたこともない。いったいどういうことだ……)
「どうだ? わしの推測もあながち間違ってはないと思わぬか」
そう言いながらテクニア王が観察を続けるディザードの肩に軽く手を置くと、ディザードは我にかえったように望遠鏡から慌てて目を離し、それをテクニア王に返した。
「陛下が仰る通り、ゴーストがバリアントに何らかの影響を与えていることは否定できないようです。もし、そうなら、かなりやっかいなことになりそうです」
「そういうことになるな。この国の優秀なバスターたちでも、たちうちできなくなりそうだ。 ――ん? なんだ、あれは」
再び望遠鏡を覗き込んでいたテクニア王が驚きの声をあげた。
「いかがされました?」
「見てみろ!」
ディザードは渡された望遠鏡で草原を見た。
「おや? ゴーストが一個になってますね。先ほどは二個だったような……。どこかへ行ってしまったんでしょうか」
「ばかもの! 分からぬか。今、二個のゴーストが合体したのだ」
「えっ!?」
ディザートは前のめりになって再度ゴーストを観察しなおした。
「さっき見たときより、ゴーストが一回り大きくなっている……」
合体したゴーストは、その力を強めたのだろうか。バリアントたちの興奮した動きは先ほどより激しくなり、数匹のバリアントたちは狂ったように群れから飛び出してどこかへ走り去って行った。
「ゴーストは成長する……」
望遠鏡を持つディザートの手が震えた。テクニア王も動揺を静めるように深呼吸をした。
「ゴーストは何故か知らぬが、最近になってその数を急激に増やし力を強めておる。このままでは、この国はおろか、全ての国があいつらに飲みこまれてしまうぞ。もうルーウインなど相手にしてる場合ではない。ディザード。あれは、どうなっておる。いつになったら完成するのだ」
ディザードの顔が強張った。この状況で、まだゴーストを制御する道具が未完成だとは報告しづらかったからだ。しかし、制御とまではいかないが、消滅させる方法の可能性はフェイムの報告によって高まってきた。ただ、実験と開発はこれからだ。ディザードはどう答えるべきか頭を回らせた。
「どうした? なにを黙っておる」
「恐れながら申し上げます。賢明な陛下ならご理解していただけると思われますが、さきほどのようにゴーストは今だ正体不明な部分が多々あります。そのようなものを制御させるにはまだまだ時間がかかります。しかし、とりあえず、この国に現れたゴーストを退治、消滅させ、被害を食い止める可能性だけは高まってまいりました。まずは、ゴーストを退治する道具から完成させることから始めさせていただければと」
テクニア王の眉根が寄り、その目が鋭くなった。
「言いわけか……。つまり、何もできておらぬということか。ゴーストは制御できますと自信満々に言っておったのはおまえではなかったのか」
「も、申し訳ございません……」
現状をテクニア王に見破られたディザードは、弁解の余地もなく土下座した。テクニア王はディザードをしばらく睨み続けたあと、諦めたかのようにその表情を緩め小さな溜息をついた。
「おまえがただの学者なら、即刻処分していただろう。しかし、おまえには金鉱山を見つけてこの国を救ってくれた恩があり、あのゴーストどもをなんとかできるのもおまえしかおらん。だから今回は大目にみて、おまえの意見を取り入れよう。ただし、わしはゴーストを制御し兵器化させることは諦めておらんぞ。あれは、おまえが言ってたように、まさに労せずして他国を破る……いや、自滅させる強力な兵器になり、言い換えれば、それはこの世から無駄な戦争を抑止する効果もあるからな」
テクニア王は冷たい笑みを浮かべ、ディザードに背を向け、「急げ」と一言告げた。
「なにかあったの?」
部屋に戻ってきたディザードの青ざめた顔を見て、フェイムが心配そうに言った。
「フェイム。さきほど話してた、プレイズというバスターは今どこにいるんだ。そいつは今の自分にとって最後の頼みの綱だ。ぜひ会ってみたい」
「たしか、ソフィアに会いにゆくと言ってたわ」
「えっ? ということはソサリ村に行ったということか」
「たぶん。あの家から出ていなければ」
ディザードの表情が曇った。
「まずいな……。あのあたりはルーウインの基地になってたはずだ。まさか、バリアントの大群に遭遇してないだろうな。いつ帰ってくると言ってたんだ?」
「聞いてないわ」
ディザードは白衣のポケットに両手を入れ、部屋の中をうろうろと歩きまわった。彼が熟考するときの癖だ。
「待っていても仕方がない。探しに行こう」
「えっ、バリアントの大群がうろついてるのに? 危険過ぎるわ」
「もちろん、それなりの準備はしてゆく」
「準備?」
「フェイム、バスターたちを百人ほど集められるか。バリアントの制圧部隊を作り、それを引き連れてプレイズを探す」
その突拍子もない提案にフェイムの目が丸くなった。
「百人のバスターって……。正気なの?」
「もちろんだ。プレイズはこの国の運命をも握っている重要な人物だ。それぐらいの体制で探しに行っても大げさではない。もし、バリアントの大群に襲われても対抗することができるだろう。もちろん経費は私がなんとかする」
フェイムは腕を組み、険しい表情をした。
「う〜ん。まず、百人も集めるのは難しいわ。仮に集まったとしても目立ちすぎて、まるでバリアントたちに私たちはここにいますよと言ってるようなものね。もうちょっと少ない方がいいかも。父さん。ここはあたしに任せてくれる? 必ずプレイズをここへ連れ戻してくるから」
「大丈夫か?」
「あら、忘れたの? 自分の娘が一流のバリアントバスターということを。甘く見ないでね。じゃあ、さっそくバスターたちを集めに行ってくるわ。選りすぐりのね」
「そうか。頼むぞ」
フェイムはディザードに向かって親指を立て、微笑んだ。
次の日――。
「ぜんぜん集まってないじゃない! どういうこと?」
居酒屋ローディーでバスターを募ったフェイムは、その結果を見て愕然とした。集まったのは、たったの五人だった。五人のうち一人は、もう引退した方がいいのではないかと思える老人で、二人は人の良さそうな中年男、残りの二人はいかにも経験の浅そうな若者のバスターだった。
カウンターにいた店主が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いやあ、いつもなら二、三十人ぐらいはすぐに集められたんだが、みんな仕事の内容を聞いて怖気ついてしまってね。百頭近くのバリアントの大群に勝てるわけない、自殺行為だと言って」
「も~! どいつこいつも意気地なしね。ねえ、あなたたち。今回の仕事の内容はちゃんと理解してる? 大丈夫?」
フェイムは、五人が報酬目当てだけの実力のないバスターではないかと警戒し、もしそうなら足手まといになるので断ろうと考えていた。フェイムの質問に老人のバスターが静かな口調で答えた。
「わしらはフェロン一家というものじゃが、ご存知ないかの?」
「フェロン一家? 聞いた事がないわ」
フェイムの素っ気ない返事に、五人は残念そうな表情でお互いの顔を見合った。それを見ていた店主が思わず口を出した。
「フェイム、おまえともあろうものがフェロン一家を知らないとは意外だったな。フェロン一家は複数で襲ってくるバリアント退治では有名な一家だぞ。フェロン、ちょっと軽く技を見せてあげたらどうだ?」
フェロンと言う名の老人バスターが穏やかな表情で「そうじゃな」と言ってうなづき、残りの四人に目配せしたその瞬間、フェロンは素早く剣を抜き切っ先をフェイムに向けた。フェイムも反射的に背中の剣を抜こうとしたが抜けない。ハッとして後ろを振り向くと、中年男の一人が剣を抑え、若者の二人が左右に立って剣をフェイムの背中に向け、そして残り中年男がまるでこの体勢を邪魔されないように、こちらに背を向けて後方を見張っていた。その目にも留まらぬチームワークが作る技にフェイムは息を飲んだ。
「わしらは、いかに効率よくバリアントを倒せるかを常に考えて闘うバスターじゃ。一頭で襲ってきたら一頭の倒し方。複数で襲ってきたら複数の倒し方。その状況に合わせて各々の役割や闘い方を変えて瞬時に動く――それを得意とする一家じゃ。どうじゃろ? 使ってもらえるじゃろうか」
その凄技に似合わぬ穏やかな口調でフェロンがそう訊くと、残りの四人もフェロンに合わせるように微笑んだ。
「も、もちろん。喜んで……」
フェイムは呆然とした表情でポツリと答えた。
「待ってくれよ〜! おいらたちも連れてってくれよ〜!」
突然、店のドアが開き三人の男が入ってきた。それはファート、ガンテ、トールキンだった。もっと腕がありそうなバスターの参加を期待していたフェイムは、小さなため息をつき落胆の表情を浮かべた。その表情に気づいたフェロンが口を開いた。
「一人でも多い方が心強くないかの? 見たところ皆さんお若いし体力もありそうじゃ。きっと役にたってくれると思いますぞ」
フェロンの意見にフェイムは反論できず、「あなたがそう言うなら」と言って、渋々ファートたち三人の参加を認めた。




