第27話 ディザードとテクニア十三世
テクニア城内には、兵舎の横に特殊研究所という名の王直轄の部署が設けられている。そこの主な目的は今までにない特殊な兵器の研究開発だ。
「ディザードさま! 先ほどルーウィンの前線基地が壊滅したとの報告が入りました」
息を切らして所長室に駆け込んできた主任研究員のポールが、所長のディザードに報告した。
「壊滅? まさかテクニア軍が攻撃したんじゃないだろうな」
「いえ、偵察部隊からの報告によりますと、現場には無数の食いちぎられた兵士の屍や、獣の大群の足跡が残っていたとのことです」
「獣の足跡? 武器を持った兵士たちを全滅させるような、そんなすごい獣がいたのか?」
「普通の獣では無理でしょう。たぶん、バリアントの大群だろうとの見解です」
「バリアントの大群? 変だな……。確かバリアントは、ほとんど群れて行動しないと聞いているが」
「それに関しては私も同じ疑問が残ります。しかし、状況から判断するとバリアントの大群以外に考えれられないとのことです。ただ、ちょっと気になることが……」
「気になること? なんだ」
「報告のあと、偵察部隊の一人が私にこっそりと話してくれたのですが、基地の近くでゴーストらしきものを見たような気がすると」
「見たような気がする? ずいぶん曖昧だな」
「ええ。だから本人も正式な報告にあげなかったそうです。でも、もし、それが本当だったら、ゴーストとバリアントの間に何らかの関係があったと思えませんか」
「おいおい、ポール。君は学者だろ。そんな短絡な質問をしないでくれよ」
ディザードは呆れた表情で椅子に腰を下ろし、小さなため息をついた。
「でも、否定はできないわ! 確かに最近のバリアントの行動は異常だから」
ディザードとポールがぎょっとしてその声の方を向くと、部屋の出入り口にフェイムが立っていた。
「なんだ、おまえか……。驚かせるなよ。いったい何の用だ」
「あら、ごあいさつね。せっかく父さんにとっておきの情報を持ってきてあげたのに」
「とっておきの情報?」
「そ! ついに見つけたわよ。ゴーストを倒せる人を」
ディザードとポールは信じられないという面持ちでお互いの顔を見合った。
「本当か!?」
「わざわざ嘘をつきに来るほど、あたしもヒマじゃないわよ。プレイズという名の若いバスターよ。左手にあたしたちと同じブレスレットをしてたわ。それを使ってゴーストを倒したの。あたしの目の前で。やはり、このブレスレットがゴーストを倒す道具だったみたい」
そう言いながらフェイムが自分のブレスレットをディザードの目の前にかかげると、ディザードは自分のブレスレットに視線を落とした。
「なぜ、ブレスレットを……?」
「ソフィアからもらったそうよ。彼女、プレイズがブレスレットを使えると見抜いたみたいね」
「ソフィアが……。それで、どのようにして倒したんだ」
「それが嘘みたいな話なんで、今でも信じられないんだけど、ブレスレットを目の前に構えて、あとは何も考えないだけなんだって。そうしたらブレスレットが光ってゴーストが破裂したの」
「えっ、たったそれだけで? 信じられない……」
予想だにしなかったその単純な方法に、デイザードの口が半開きになった。
「あとプレイズは、ゴーストは子どもが苦手かもしれない、とも言ってたわ」
「子ども?」
ディザードは白衣のポケットに両手を入れ、「なにも考えない……子どもが苦手……」と何度もつぶやきながら部屋の中をうろうろと歩き回った。そして、数分後、突然立ち止まると、白衣のポケットから手帳を取り出し何かを書き始めた。そして書き終えるとそのメモを手帳から破り取った。
「ポール。これを見てくれ」
メモを受け取り、目を通したポールが怪訝な表情をした。
「これは何の実験なんでしょうか。五歳から十二歳までの子どもたち百人集めるって……」
「詳しい説明は後でする。できるだけ家庭環境や性格や能力の異なる子どもたちがいい」
ポールはいまいちピンとこない表情で「わかりました」と言って部屋から出ていった。
「何をする気?」
「ブレスレットを使える方法を見つけ出す」
「方法? 何も考えないだけでいいって、プレイズが言ってたのに?」
「でも、うまくいかなかったんだろ?」
「えっ?」
実はフェイムは既にその方法を試して失敗していた。その事をディザードに簡単に見抜かれて気まずくなったフェイムは顔をそむけた。
「プレイズが言ったことを言葉どおり受け取っても、そう簡単にできるはずがない。何も考えない――その本当の意味さえ分かれば、おまえも私も必ずブレスレットが使えるようになるだろう。そして、私たち以外にも使える人間を増やすことで、ゴーストを制御することも可能になる」
「制御……? ちょっと待って! 制御ってどういうこと? やっとゴーストたちをせん滅できる可能性が出てきたというのに、いったい何を考えているの?」
食ってかかるフェイムにディザードは何も答えなかった。そして、窓際までゆっくりと歩き、外を見ながら自分に言い訳するかのように小さな声でつぶやいた。
「私の夢のためだ。不毛な戦争を抑止するために……」
廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえた。足音は部屋の前で止まり、出入り口に現れた一人の兵士が背筋を正して敬礼した。
「ディザードさま! 陛下がお呼びです」
ディザードは緊張の面持ちでテクニア王がいる城の展望台まで急いだ。
「ディザード、参りました!」
膝まづき一礼したディザードが頭をあげると、望遠鏡でルーウィンの方向にある山々を観察している王の姿があった。
テクニア十三世――。
その銀色の髪の眼光鋭い初老の王は、頭脳明晰で目的の為には手段を選ばない冷徹さがあった。気位も異常に高く、自分に逆らう者には容赦しない。また好戦的でもあり、十年前、政策の失敗により経済難に陥った自国の利益のために隣国のルーウィンに侵略戦争をしかけたことがあった。しかしルーウィンの圧倒的な戦力の反撃をくらい、あっけなく敗退した。本来なら、そのあとにルーウィンは報復としてテクニアに進撃、そして占領してもおかしくはなかったのだが、なぜかルーウイン王はそれをやめ、逆にテクニアと講和条約をかわした。その寛大な行為は両国民から偉大な王として賞賛される事となり、逆にテクニア王は非難され人望を失った。
しかし、実は講和条約はルーウィン王が真に平和を望んで結んだものではなく、その裏には用意周到な打算があった。つまり、形式的にはテクニアを独立国として認めながらも、テクニア国民の人心を掌握する事で精神的な支配に成功させ、テクニアを傀儡政権化させようというものだった。当時、その狡猾さを見抜いていたテクニア王は、その術中にはまったことが筆舌に尽くしがたい屈辱となり、ルーウィン王を激しく恨むようになった。
ところが、それから状況は一変した――。
ある科学者が、テクニアの山奥で金鉱山を発見したのだ。それによりテクニアは経済的にルーウィンより圧倒的優位に立つことができ、逆にルーウィンは政策の失敗で経済難となり国が傾き始めた。ルーウィン王はテクニア王に当然のように経済協力を要請したが、テクニア王はそれを無視した。それに激怒したルーウィン王は一方的に講和条約を破棄し、圧倒的軍事力をちらつかせながらテクニアへの侵略の準備を始めたのだ。
金鉱山を発見することでルーウィンを救った科学者――。それがテクニア王にその才能を買ってもらったディザードだった。
ディザードはもともとルーウィンのソサリ村に住み、父のエスティムと一緒に、自然に潜む未知なる力の研究をしていた。しかしある日、その研究の応用方法に関してエスティムと対立し、幼い長女を連れて家を出た。そして、自分の研究を世に知ってもらい、彼がいだく夢を現実のものとするためにテクニア王に自らを売り込んだのだった。
「ルーウィンの基地が壊滅した情報は耳に入っておるな」
テクニア王は望遠鏡を覗いたままディザードにしゃがれた声で訊いた。
「はっ。なんでも、バリアントの大群に襲われたそうで」
「どう考えておる」
「は?」
「わしが学者のおまえに訊きたいのは、なぜバリアントどもが、まるで狙ったように大群で基地を襲ったのか、その理由だ。心あたりはないか」
ディザードは「いえ、今のところは……」と小声で煮え切らない返事をした。
「そうか。わしはこれが原因ではないかと思っておるのだが、どう思う?」
テクニア王はそう言いながら望遠鏡をディザードに手渡し、山の麓にある草原を指差した。
望遠鏡を覗いたディザードは驚愕の声をあげた。
「な、なんだ、あれは……」




