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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第26話 ソフィアに会いに行く

 次の日、居酒屋ローディーでフェイムはプレイズたちに報酬金を手渡した。


「はい、ご褒美よ。約束通り渡したからね」


 金貨が詰まった麻袋はずっしりと重く、それを四人の代表として受け取ったファートは、生まれて初めて持つ大金に緊張し、額に汗をにじませ手を震わせた。


「どう? ご感想は。普通の家族なら一年は楽に暮らせる金額だからね」

「すご〜い! おいらにも持たせて〜!」


 ファートたち三人は子供のように麻袋を取り合って、大金の感触を楽しんだ。そんな三人を微笑んで見つめるプレイズに、フェイムが手帳に目を通しながら質問した。

 

「ねえ、他にもゴースト退治の依頼があるんだけど、どう、やってみない? どれも報酬金がいいからひと財産築けるわよ」

「ひと財産か。悪い話じゃないね。でもその前に僕からも訊きたいことがあるんだ」


 フェイムは手帳から目を離した。


「君はバスターなのに、バリアントよりゴースト退治の方に熱心なようだけど、それは何か理由でもあるのかい?」

「理由? ……決まってるじゃない。バリアントよりゴーストのほうで苦しんでいる人たちが大勢いるからよ」

「もうひとつ。ゴースト退治の依頼は、その苦しんでいる人たちからくるの? そもそもあんな巨額な報酬金を普通の人たちがそうそう払えるとは思えないけど……。もしかして、すべてのゴースト退治の依頼主は君じゃないの?」


 予想もしてなかったプレイズの質問に、フェイムは目を泳がせた。


「ま、まさか! そんなことより……どうするの? 仕事引き受けるの、引き受けないの!?」


 まるで逆切れするかのようにフェイムの口調が荒々しくなった。


「引き受けたいのはやまやまなんだけど、その前にやっておきたいことがあるんだ。このブレスレットのことをある人に報告しようと思って」

「え、ある人? ――それって、もしかして……」

「そう。君の妹のソフィアさ」


 プレイズはフェイムやファートたち三人と別れ、居酒屋ローディーを出た。そしてその足でルーウィンのソサリ村へと向かった。身分証明書を持たないプレイズは、国境の関所を回避するために街道を避け、以前、ルーウィンからテクニアへ入った時と同じ道なき山の中を越えて行く事にした。


 テクニアを出て三日たった――。

 山を幾つも超えると、辺りは深い森林地帯に代わっていた。薄暗い森の中を歩いていると遠くでバリアントの鳴き声が幾度となく聞こえる。プレイズはその度に反射的に背中の剣に手を伸ばした。


(気のせいかな。以前よりもバリアントの数が増えてるような……)


 プレイズがバリアントに警戒しながら三時間ほど歩くと、景色は森林地帯から草原地帯に代わっていった。草原の真ん中を一直線に続く細い道を進んでいると、遠方から馬車の一団がこちらに向かってくるのが見えた。ルーウィンの兵士が乗っている危険性を警戒したプレイズは、道から外れて草むらの中に身を隠した。そして近づいて来る先頭の馬車を目を凝らし観察すると、中には兵士はおらず、家財道具一式を積んだ家族連れが乗っていた。


(どうしたんだろ。引っ越しかな? それにしては馬車の数が多過ぎる。変だな……)


 プレイズは再び道に戻り、先頭の馬車に向かって手を振った。御者の中年の男がギョッとした表情で慌てて馬車を止めた。


「すみません、急に止めたりして。ずいぶん大勢で引っ越しされてるようなので、ちょっと気になったもので」

「兵士のお方かい?」

「いえ、違います。そんな格好をしてますが、バリアントバスターです」


 男は安堵の表情で、後続の馬車の御者たちに向かって「だいじょうぶだ」と声をあげた。


「バスターのお方。もしかしてこの先へ行かれるつもりですかい。それだったら悪いことは言わねえ、引き返した方がいい」

「何かあったんですか」

「どういう理由か知らねえが、突然ルーウィンの兵士が来て、オラたちの住む村を前線基地にするとかで、強制退去を命じたんですわ。こっちも急に言われても行くあてがないので、兵士にそれだけは御勘弁をと食い下がったんですが、あいつら殺気だって剣をちらつかせるんで恐ろしいのなんのって……。まったく酷いもんですわ」


 男は溜まった不満を一気にぶちまけるようにプレイズに説明した。


「強制退去とは酷いですね。基地にするのは、あなたの村だけなんですか?」

「いいや。この先にある小さな村はほとんどだ」

「ソサリ村ってご存知ですか」

「ああ、知ってる知ってる。あそこなんか、一番最初にやられちまったよ。村ごと焼き払われて、今じゃ兵舎がたっとる」


プレイズは愕然とした。


「そこの住民は今どこへ?」

「さあ……。オラたちと同じように路頭に迷ってあちこちをさまよってるのかもなぁ。ほんとに王様も酷いことしやがるよ」


 男はやりきれない表情で深いため息をついた。

 プレイズは男に礼を言い、行くあてのない馬車の一団を見送った。


(これじゃ、ソフィアの行方は分からないな。たぶん彼女の事だから無事だとは思うけど……。しかし、村を潰してまで前線基地を作るとは、ずいぶんきな臭い話だな。ルーウィンは何を考えてるんだろう)


 目的を失ったプレイズはこれ以上進むのをあきらめた。そして、草原の中に入って体を大の字のして寝転んだ。真っ青な空に、ふたつの小さな雲がまるで連れ添うように流れて行くのが見えた。そしてしばらくすると、先に流れていた雲が消えていった。プレイズは久々に訪れた静かな時の流れの中で、父ファーテルの事を思い出していた。


(父上……。僕はこれからどうやって生きていったらいいんでしょうか。代々続くバリアントバスターの家に生まれ、父上の教えに従い、バスターとしての実績を積み、人々から賞賛される――。それが子供の頃からの僕の生き方でした。でも、今、思うんです……。それは僕が積極的にやってきた生き方ではなく、そうすることでしか自分の存在が認められなかったから、仕方なくやってたんだろうと……。でも、それも父上が亡くなってから一変しました。今の僕は丸裸にされて野に放り出された子どものようです……)


 プレイズが見つめる空がぼやけて歪みはじめた。目からにじんできたものを右手で拭くと、一匹のトンボが飛んで来てプレイズの額に止まった。


「もしかして、励ましてくれるのかい?」


 その声に驚いたトンボは空に向かって飛んで行った。プレイズは柄にもなく感傷的になっている自分に苦笑した。そして、しばらくぼんやりとしていると溜まっていた疲れが一気に出たのか、いつのまにか寝入ってしまった。


どれくらいの時がたったのだろうか――。

爆睡していたプレイズはまるで何かに叩き起こされるように突然目を覚ました。


(地響きだ! 何かがこっちに向かってくる)


 すかさず立ち上がり振り返ると、遠くから動物の群れがこちらに向かって移動してくるのが見えた。


(何だ? 牛の群れか? いや、違う……。あれはバリアントだ!)


 それは少なく見積もっても百頭は優にいるバリアントの大群だった。プレイズは我が目を疑った。いまだかってそのような数のバリアントの群れを見たことがなかったからだ。

 バリアントの群れはプレイズのいる場所からそれ、草原の端を怒り狂ったような雄叫びをあげながら山の方へ向かって突進して行った。


(あの先には、馬車の男が言ってたルーウィンの基地があるぞ。まさか、バリアントたちの目標は……)


 プレイズはこれから起こるであろう惨劇を想像し、息を呑み立ち尽くした。

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